純文学

フェルマーの最終定理 サイモン・シン 青木薫訳 新潮文庫

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全国の大学受験生の皆様へ

本日は2020/01/19 時刻は午前11時過ぎ、皆様は二日目のセンター試験のまっ最中です。この時の為にある本を一冊、上記、三日がかりで読み上げ、本稿をお書きします。私の流儀としては、ウエブに上梓するものは全て随筆ですから、多少の乱筆はお許しくださいね。早速に本題。

フェルマーの最終定理は幾世紀も天才数学者と言われた方々がその解法を試みるも失敗した、数学界の難問中の難問、これが遂に二十世紀に解決し記念出版された本です。解いたのは英国人の数学者アンドリュー・ワイルズ。1953年生まれ、実は私と同い年です。彼は小学生の時に図書館で数学の本を読んでいる時にこの問題に知り合い、また、古今の数学者がこの難問題に挑戦しつつも挫折した事を知り、大人になったらこの問題に挑戦したい、と人生の目標を立てたのでした。この辺からして如何に同い年とは言え、私とは根本的に人間が違うのですが、少しおこがましいですが、彼と私には強烈な相似点があると言ってもよいでしょう。それは無類の数学好きそして愛妻家、という事。ただし歩んだ人生は正反対のようです。

アンドリューはケンブリッジに進学、数学を選び、学位を取得、米国プリンストン大学教授となり、業績を積み上げるのですが、これで人生を終わらせるわけにはいかないと考え、子供のころからの夢・フェルマーの最終定理の解に専念する事を妻ナーダに打ち明け、自宅での隠遁生活に入ります。紙と鉛筆、ひたすら思索だけの屋根裏部屋生活です。数学史の膨大な資料を吟味し、更には自身の独自理論を発展させつつ、問題を追い詰めます。何年かかるか彼自身、わかりません。その一見して苦しくも彼にとって至福の独学研究期間は七年に及びました。遂に完成。百ページに及ぶような論文の業績の骨子を母校ケンブリッジで発表、講演は三日に及び、これで講演を終了します、の言葉で締めくくり彼は一躍、世界の注目を浴びます。ニュースが世界を駆け巡ります。

然し、その発表後、ひとつの問題点が指摘され、天国から地獄へ、彼は再び苦難の思考生活に逆戻りです。結局は更に丸二年かかったのですが、奇しくも妻の誕生日に突然に解法がひらめき、解はそれまで彼を支え続けてきた妻への至福の贈り物となったのです。読む人の誰をも魅了する劇的なドラマ、これほどの幸せを人間は味わう事が出来るでしょうか。ハッピーエンドです。かくしてフェルマーの最終定理の解法は人類の英知の証として後世に残る事になるのです。本当に素敵な本でした。

実は、文庫本ですが500ページ近い大作かつとても難解ですが、有難い事に数式はほとんど出てきません。然もフェルマーの最終定理の解を知るには現代数学の全ての知識が必要ですし、高校数学程度では理解は不可能な内容ですが、有難い事にこの本を熟読玩味すれば数学史の知識が得られます。私にとってはなけなしの知識の整理にとても役立ちました。受験生の皆様の中には二か月後に東大、京大等に進学なさって存分に数学を学ぶかたがいらっしゃるはず。そんな方には是非とも本書を入学式前にお読みいただけたらと思います。

私の事を少しお書きしましょう。小学生時代はアンドリューと違って遊んでばかりでした。中学時代にキチンと勉強しだすのですが、大好きなのが数学でした。教科書を見ればすぐに内容は理解でき、百点以外の点数を取った事がありませんでした。数学の担任からは、授業は受けなくてもよいから、私の代わりに皆に授業をしてあげるか図書室で他の勉強をしなさい、と言われ、図書室を選びました。地元の進学校・岐阜県立斐太高校に合格し、入学前に数一の教科書の半分を予習してしまい、入学後は予習の一辺倒。高二の三学期では既に高三の内容を独学し終え、独学で重積分を開始しました。数万人が受験した全国模試で私だけ満点で、これが日本一という事なのかと実感した事もありました。点を積分すると線になり、線にパイを掛けると円周になり、円周を積分すると円の面積になり、円の面積をさらに積分すると球の体積になります。私にとっては自明の事でしたが、どうして高校教科書には記載されないし、教師もその事を教えて下さらないのだろう、不思議でしかたありませんでした。アンドリューと私が決定的に違っていた点、それは学問の女王、実はとても怖い面の多い数学という学問と心中しようとしたのがアンドリドリューで、心中したくないと考えたのが私、この一点です。

私はたまたま高二で医学を志しました。決心した日の事も覚えています。米国テレビ映画、インターン、が夜に週一でやっていました。日本の医学部を卒業後、渡米し、ドラマに描かれた世界に飛び込みたい、という人生の目的を定めたのです。家が貧しく、高校時代に高山市の姉妹都市コロラド州デンバーにAFS留学できるチャンスもあったのに。こうなったら、社会人になり自分で稼いでチャンスを作るしかありません。私の夢が叶ったのは33歳の時、つまりは16年かけて実現したのですが、結果的に16年であって、夢をあきらめず長く暗い先の見えないトンネルを一人でトボトボと歩き続けた結果だったのです。以下が私の人生の岐路となった映画です。



もうひとつ決定的な相違点があります。彼は小学生だった時の夢を叶えた人ですが、私は高校時代の夢を叶えた。1980年後半に彼はプリンストン大学でフェルマーの最終定理に没頭し、私はニューヨーク州立大学病院で医師として働きつつ放射性医薬品の研究に没頭していた事がわずかの相似点ですが、私など彼の足元にも及びません。ただし私は、この素敵な本に巡り合い、三日間に渡って丹念に一字一句を読み終え、今、とても幸せです。

末筆ながら、受験生の皆様へ、夢は決して諦めないで下さい。また、食わず嫌いの文系の人々にも読んでいただきたい。数学は本当に面白い学問です。

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