純文学

博士の愛した数式 小川洋子 新潮文庫

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題が気になっていた小説なので読んでみました。ネタバレを簡単に、交通事故で重症の記憶障害だけを患い義姉に養ってもらう初老の数学者と彼を世話する子連れでシングルマザーの若い家政婦、この三人だけが主な登場人物の設定で、彼女の一人称で綴られた日常の世話物語。一貫して書かれているのは数学者の純粋な心、それによって親子の心が昇華されていくという話。数学者が語るのは主に数論。数式とはオイラーの公式。どうも彼はその公式を若い頃の業績で解決したらしい、という暗喩が小説の後半のテーマでもあるようです。

さて、一つ残念な事といえば、記憶障害という明らかに医学の問題を扱った小説であるにもかかわらず、この観点からは矛盾だらけの内容、というところでしょう。しかも巻末にあげられた若干の参考文献は数学の入門書ばかり。ところで作者は1962年のお生まれ、小説が出たのは2003年。この間にNHKスペシャルの大型企画『驚異の小宇宙 人体II 脳と心』が放映されました。1993年から1994年です。DVDが販売されています。



このNHK企画が小説のモチーフ・ヒントという事ではないでしょうか。小説の内容とすべてピタリと辻褄があっていますが、参考文献には上がっていません。

オイラーの公式についてはいくらでもネット情報がありますが、数学好きの高校生なら理解している事でしょうから、あまり小説向きとは言えないですね。この小説では数論が主に扱われているのはある程度、納得が出来ますが、そもそもが数学は小説にはなじまないでしょう。数学は科学の女王です。物理学者ですら理解するのは大変な仕事です。むしろ小説が扱うべきは医学です。医学は不確定性の学問、人間そのものが対象、つまりは小説も医学も対象が同一なのですから。結論ですが、お医者様・養老孟子先生がほんの少しでもこの小説を監修なさったら良かったのにね。

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