純文学

小説 路傍の石 山本有三

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学業優秀にて中学に進学したかった主人公・愛川吾一ですが、父親の放蕩がゆえに丁稚奉公から人生をスタート、大人になるまで黙々と下積み生活は続く、という暗い小説ですが、私がたまたま此の小説を手にしたのは小学五年の時だったか、自宅の書庫に捨てられたように置いてあったのを遊んでいて偶然に発見したからでした。

ひとつの小説がひとりの人生を変える事もあるわけで、この小説には今でも感謝しています。もとより内容を知っていたわけではないのですが、数ページ読み始めるとぐんぐんと小説の世界に引きずり込まれてしまい、勉強部屋に隠し持ち、夕飯の後も読み続け、最後にはポロポロと涙しながら深夜には読了していました。自分の人生がどうあるべきか、という命題について小学生なりに思索するきっかけとなった小説でした。山本有三氏自身が若くして丁稚奉公をし、半ば自伝的小説である事も知ってから、すっかりこの小説のとりこになった小学生の私。

ところで、私は実は飛騨の寒村の貧しい農家のこせがれで、幼いころからずうっと家業を手伝わされ、サラリーマンの子供達を子供心に恨めしく思い続けていたのでした。小学校のグラウンドの傍らに我が家の田んぼがあり、私は学校が終わるとその田んぼで独り、草取りです。親の指示は絶対、逆らう事など許されません。そしてそのグラウンドでは同級生が野球をして遊んでいる、流れボールがよりによって私の前に落ちます、おーい・拾ってくれと私に叫ぶ同級生に投げ返してやると、いい肩してるな、とのよけいな一言。愛想笑いで答えながらも汗を拭うふりをする私。そんな日常で偶然に読んだ小説だったのでした。

このまま中学・高校と進学しても抜群の成績を挙げて担任から父に、『この子は優秀だから絶対に大学に進学させてやってください』、と言わせなければ私の将来は無いだろうと確信し、なんとか小学・中学・高校と全優を貫く事が出来たのでした。中高校生ともなると体格も大人ですから農作業の手伝いも本格的です。当然ながら中学、高校、大学時代にそれぞれ一回読み返し、その都度、学業で同級生を見返してやりたいという気持ちを新たにする事が出来ました。サラリーマンになり、わが子に小遣いをやるのが小学生時代の夢。

昨年に、人生も終活に入っている私なので、読み返してみました。五回目です。やはり、小学生時代の両目が大汗をかいたあの晩が思い出され、本当に感無量でした。今の私に残された命題と言えば、東京三鷹市の山本有三記念館を訪問する事。健康に気を付けて長生きさえすれば、いずれ素敵なチャンスがあるでしょう。

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