日本で初めてのパソコンオンライン検索

(まず間違いなく、医者としては
日本で初めてパソコンで)
オンライン文献検索した話

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文責  山本内科耳鼻科院長 山本秀平 (2003/9/5)

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大学病院の勤務を始めた1983年の秋の事です。 その年にNECPC−9801Fという本格的16ビットパソコンが発売されました。 日本の大衆パソコン時代の幕開けです。 同機の周波数は3MHzと、現在のパソコンの千分の一でした。 機能はそれ以下でした。 パソコン雑誌という出版物もぽちぽちと出始めました。 そこに偶然にも話題がふたつ重なりました。

ひとつめはあるパソコン雑誌に掲載された、電話回線を利用したコンピュータ通信技術論の論文です。 シリアルポートのピン理論が書いてあります。

ふたつめは丸善書店からのダイレクトメールです。 多分パソコン購入者のリストへ出されたのでしょう、 当時カルフォルニア州にある Dialog Computer という医学文献商用データベースが 法人会員に限っていたサービスを拡大し、個人会員も募集するが日本では当社が代理店となった、 ご興味ある諸氏に詳細な資料をお送りしますと。 当時、天下の大学図書館には Dialog の端末はあったのですが、まさか個人が独占的に利用出来るとは。

瞬間的にこれは面白いと思ったのです。丸善の資料はすぐ取り寄せました。数百ページで英語でした。 ぎっしりと書かれたわけの判らない技術マニュアルでした。数週かけてこつこつ読みました。 理論は少しずつ判ってきました。早速登録の手続きをしました。

次はハードウェアです。シリアルポートのクロスケーブルが必要です。 名古屋中を捜しましたが、通信販売なども見ましたが商品は有りませんでした。 まだ日本にはこの製品を作っているメーカーはない事を知らされました。 自作するしかない。 大須電気街へ行き、部品、ケーブルにハンダコテを買い込み、中学技術家庭科以来久しぶりにコテを握りました。 めでたく完成した自作ケーブルは見た目には不合格でしたが、テスターでは合格でした。

次はNEC本社にも問い合わせ音響カプラーを購入しました。 モデムの元祖です。 受話器とクロスケーブルをつなぐAD/DA変換機で300 baud という、死ぬほど遅い代物でした。 あれっ、どうしてNECはクロスケーブルを販売していなかったのでしょう。なぞです。

ほどなく、丸善書店から手紙がきました。 そこにはまばゆいばかりの私の個人パスワードが印刷されており、思わず武者震いがします。

最後に必要なもの、そう通信ソフトです。 ところが当時、日本には通信ソフトはおろか、ワープロソフトというジャンルも何もなかったのです。 但し、勝算はありました。 NECPC−9801Fは実は数種の通信プロトコルを ROM 搭載した先駆的な機種だったのです。 これを利用しました。ソフトなしの挑戦です。

とにかく立役者は揃いました。 幾晩もあれこれ、夜中にやってみました。 (失礼ながらあえてお書きしますと)大学病院の恩師、先輩、同僚中、私に教える事ができる者も、意義を正しく理解できる者もいなくて、孤独な挑戦でした。 が、ほどなくある晩にパソコン画面が突然変り、 とブリンクしたのです。 冒頭にある1983年の秋から何ヶ月か後のある深夜でした。もう無我夢中でした。 パスワードを入力、ただちに必要な情報のキーワードを入力すると数秒後に何千件ヒットと、また画面表示されるではありませんか。 確かに国際電話を利用して私は今、アメリカのコンピュータと会話しています。

キーワードを追加、ヒット件数が150(いや200だったかな)を切ったところで、 プリンタに電源投入、タイトルとアブストラクトを印刷するコマンドを打ち込んで、 後は一行、また一行とひたすらに排紙されるものを読み始めました。 例のROM 通信プロトコルにはフロッピーディスク操作機能が搭載されていませんでした。 また、ハードディスクが発売される何年も前の事でした。 唯一印刷のみが手段だったのです。

ところが、その印刷は丸一日に及びました。すこし寝て朝には出勤しましたが、昼休みに自宅に戻ってみるとまだ印刷中でした。 おかげで文献検索は一日で終了、すぐに論文が書けましたので、便利さを確かに感じました。 翌月にはKDDから国際電話丸一日の使用料、数万円の請求書が来ましたが、私にとっては勲章でした。

ところで、その後、時は流れ、ゴア副大統領の情報 super highway 政策に ならい、National Library of Medicine (http://www.nlm.nih.gov/) はインターネットに無料公開されるに至りました。 昔日の間です。私は医療従事者として本当にこの事だけは合衆国政府に感謝しています。 人類の共通財産です。 ところで準備に数ヶ月かかり、印刷に一日かかった事を今、私は数秒で出来ます。 現在あたりまえの如く MEDLINE/PubMed を利用して見える皆さん、その昔こんな苦労話があったんですよ。


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