医学の歴史小話
人工心臓ペースメーカの発祥の病院
Buffalo Veterans Administration Medical Center

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文責  山本内科耳鼻科院長 山本秀平 (2003/9/3)


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右の写真の病院はアメリカニューヨーク州のバッファローという町にあります Buffalo Veterans Administration Medical Center と言う名前の一病院です。 筆者はかつてこの病院で循環器の医師として二年余勤務していた事があります。 心筋シンチグラフィーという検査を毎日していました。

英語の堪能な方は名前から病院の種類がピンと来る方があるかも知れません。 が、しかし、一応日本語訳しますとベテランというのは何かが上手な人という意味ではなく、 歴戦の勇士と言う意味です。戦いのベテランです。 つまり、この病院は主に退役軍人さんの福利厚生を目的として1950年に設立された病院です。

この病院では設立後、循環器の外科医、内科医、生理学者らにより、 1960年代から精力的に人工心臓ペースメーカの動物実験が行われ、機械の改良が加えられ、体外式で患者に応用され、機械がついに完成し、 とまさにこの病院で今日の人工心臓ペースメーカの基礎が築かれました。牽引役となったのはシェクター先生でした。

埋め込み型心臓ペースメーカの製品化の後、この病院で直ちに世界で初めての人類に対する手術がおこなわれました。 第二例以後もこの病院での手術は続き、 その後、全米各地はいうに及ばず、世界各地から、心臓ペースメーカを学ぼうと 研究者、外科医、内科医がこの病院に留学しました。 そしてやがてこの治療が世界全体に普及し、人の命を救う医療として確立したのです。

私が赴任したのは、そのはるかに後、1986年の事でした。 主任教授 Dr. Edward A Carr が私とお互いに挨拶の後、彼は病院を案内し、真っ先にその事を話してくださいました。 私はそこで初めて知った次第で、思わず興奮した事が懐かしく思い出されます。 彼から院内には往時の功労者の業績をたたえたホールがあると聞き、昼休みにすぐ訪れたのは言うまでも有りません。

その後の人工心臓ペースメーカの発展は目覚ましく、彼らバッファロー学派の業績はつい歴史に埋もれてしまいがちです。 しかしながら、医学の歴史に名を残す、いわんや医学の歴史を切り開く事は私のような常人には到底、真似の出来ない事ですので、 私はせめて常に先人の苦労に敬意を払い、ありがたく思う気持ちで今、ペースメーカの患者さんの診察をしています。

尚、余談になりますが、写真のように晴れた日には病院の最上階からナイアガラの滝の水煙が見えます。 またこの病院の正面の通り、ベイリー通りをはさんで歩いてすぐの所に ニューヨーク州立大学医学部バッファロー校があります。 従いましてこの病院は実質的には医学部の附属病院、教育病院となっており、 医学部スタッフの殆どは同病院のスタッフを兼ねています。 私もそうでした。 病院の裏に見える緑地は Grover Cleveland Golf Course、バッファロー出身の クリーブランド大統領の名前をいただくゴルフ場です。

References

Schecter DC : Background of clinical cardiac electrostimulation. V. Direct electrostimulation of heart without thoracotomy. NY State J Med 72: 605, 1972

Schecter DC : Background of clinical cardiac electrostimulation. VII. Modern era of artificial cardiac pacemakers. NY State J Med 72: 1166, 1972


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