プロテオームを研究する学問プロテオミックス

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文責  山本内科耳鼻科院長 山本秀平 (2003/9/25)


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昨年、ヒトゲノム計画達成宣言が出るや、ついにダーウィン以来の生命およびヒト進化論の研究が幕を引いたと考えた人がいました。 まさに人知の勝利、生命現象はすべて遺伝の賜物、遺伝子が解析された以上、 後はスーパーコンピュータが早晩、病気の原因を全て解明してくれるだろうと筆者も早合点していました。 ( a priori reasoning )

が、とんでもない誤解でした。学問はやっと今、始まったばかりのようです。 約十万個のヒト遺伝子は同数の蛋白構造を決定しますが、これら蛋白集団が綾なす生命現象の理解は、 ゲノムが解析できただけでは到底、歯が立たず、依然、神秘のベールにつつまれた未だに人知の及ばぬ世界なのでした。

ところでジーン gene が一つの遺伝子を表す言葉なので、その遺伝子の塊、あるいは遺伝子の完全カタログといってもよいでしょうか、 要は完全遺伝子リストがゲノム genome ( gene + chromosome )、そして genome を研究する学問がゲノミックス genome +ics = genomics です。

一つの gene が解析されると対応する一つの蛋白がコンピュータシミュレーションで三次コンフォメーションまで 画面に現れ、 genome は蛋白の完全カタログ protein + ome = proteome プロテオームを提供できる事になりました。 この蛋白の完全カタログを研究する学問が proteome + ics = proteomics プロテオミックスです。 proteomology とはなりませんでした。

何の事はない、ワトソンクリックモデルが世に出る前は蛋白が遺伝子の本態として最有力視されていたので、振り出しに戻っただけ。 学問は第二段階が始まったばかりの今世紀なのです。 ヒトゲノムプロジェクトは、ヒトプロテオミックスプロジェクトの段階に突入し、益々コンピュータの能力が問われています。

ところでイックス ics が学問を示す suffix であろう事は誰でも容易に察しがつきます。果たしてそうでしょうか。
以上ドーランド医学辞典からです。医学辞典なので残念ながら mathematics, physics は守備範囲外。

大胆な仮説をひとつ、上記のようにもともとは多様な響きであった医学言語を イギリス人がイックスは学問らしい響きということでかってにイックスに統一しちゃった。 どう思われますか、皆さん。

二十一世紀に新たなイックス、プロテオミックスが産声を上げました。 またプロテオミックスは以上四例のどれにも当てはまらないように思います。 第五番目の活用語として改訂新版に掲載すべく、ドーランド編集室では検討中なのでしょうか。 英語は唯一の国際医学言語だと言う事でしかたが無いのですが、もっとましな名前がなかったのでしょうか。 ミックスジュースが顔負けのプロテオミックスは名前負けです。

既にその名前と共に一人歩き、じゃなかった、全力疾走しているプロテオミックス。 どの企業も社運がかかっています。

Copyright (C) 2003 Shuhei Yamamoto, M.D. All Rights Reserved

付記 (2003/10/2)

財団法人岐阜県国際バイオ研究所(GiiB)の田中雅嗣先生からご指摘をいただきました。 先生はヒトミトコンドリアの遺伝子解析で世界的に有名な研究者で、数々の業績を出されました。 ヒトミトコンドリアゲノム多型データベース の管理者の方です。先生のお手紙によれば(以下原文のまま)

" さて、micsの件ですが、 omeは全てのという意味だと思っていました。 geneの総体がgenome(生体を構成する全ての遺伝子の一揃い) messenger RNAの総体がtranscriptome proteinの総体がproteome となります。

イギリス人やアメリカ人の研究者はやはり理科系人間で、ラテン語やギリシャ語の素養がないので、人文系の蘊蓄が分からず、ラテン語やギリシャ語のキメラとして変な学術用語を作ってしまったのでしょうか?

私は、蛋白質の研究から入門したので、まだgenomicsの分野にどっぷり漬かっています。 ミトコンドリアゲノムは小さいので、小規模の研究室でのgenomicsができましたが、それ以上は大変です。 塩基の変化によって生じたアミノ酸置換の影響を分子動力学でシミュレーションして機能的変化を推定するシステムを作ってもらいましたが、これは過去を引きずったこだわりです。

genomics, proteomicsとかtranscriptomicsは湯水のごとくお金がいるので、big scienceになってしまいました。これらは名前から判断すると、life science*をeconomicsの観点から見たために生じた学問分野だと思います。 genomeをeconomicsの観点からみるとgenomicsになる transcriptomeをeconomicsの観点からみるとtranscriptomicsになる proteomeをeconomicsの観点からみるとproteomicsになる。

proteomicsやexpression levelの研究は滅多やたらと知らない蛋白質や遺伝子が出てくるので、文献を頼りに度素人の科学者が取り組むことになります。ITが必要ですが、所詮は素人衆団ですから、解釈の誤りや、大事な現象を見落とすこともあります。昔に帰って、それぞれ自分の好きな蛋白質を選んで研究する、medium size grantで何とか生きていける、small scienceが今後もっと大事になると思います。その上に、「たこつぼ」に閉じこもるのではなく、ネットワークを利用して世界の研究者と協力して取り組んでいくことが必要です。

*life scienceという言葉は、アメリカの国家戦略を表す言葉に思えます。アメリカは生物学や医学・農学・工学を超えて生命科学を国の生きる道として設定しました。遺伝子改変(GM)作物や医薬品開発などの分野で、アメリカは世界の頭脳を吸収して開発を行い不動の地位を得てしまいました。日本でいくら研究投資をしても、アメリカの企業にお金が流れてしまいます。日本の医学生物学はアメリカに何もかも乗っ取られてしまったように感じます。思考能力さえあれば、キットを買うだけで最新鋭の研究が可能です。全研究の外注だって簡単です。お金をだせば、ベンチャーがノックアウトマウスも作ってくれます。

ヨーロッパ的な態度、効率が悪くてもじっくりと我が道を貫く研究姿勢が必要です。"

という事だそうです。田中先生、有難うございました。

田中先生が構築された " ヒトミトコンドリアゲノム多型データベース " (上記)には詳説があります。
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