
山本内科耳鼻科院長 山本秀平 (2003/10/12)
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今回のテーマは一夜漬けです。しかも試験ではなく、よりによって学会発表がテーマです。
今の時代、猫も杓子もマイクロソフト社のパワーポイントというソフトを用いての学会発表が主流となり、
実質上の標準となっています。
学会当日、発表練習ブースでは、皆さんノートブックに向かってみえますが、
こんな直前でも思わぬ字句の間違いに気づきすぐ手直ししてホッとしている先生、あるいは
思わぬ論理の間違い、盲点に気づき、そこを突かれたらどうしょうと一瞬、体が凍り付いている先生
がお見えになるのではないでしょうか。
さてパワーポイントの出現前はリバーサルフィルムのスライド発表が長きにわたって実質上の標準でした、
最大の問題は現像です。どうしても業者さんに依頼せねばなりません。
勿論、昔とて大都会ではDPEショップがあり、一日、二日で現像してくれました。
しかしながら、どんなに遅くとも前の日まではスライドが出来ていないと学会に出張できません。
従いまして少なくとも学会の二日前にはスライド原稿が完成しで、撮影し、現像所に持参せねばなりません。
これでは一夜漬けとはいえません、少なくとも二夜づけです。
尤も私は発表原稿は行きの新幹線の中で、まだ加筆していましたが。
以上が前置きです。さて1980年半ばに大学病院での勤務生活が始まった頃、二つのことが偶然、重なりました。
一つはNEC−PC9801Fという大衆パソコン時代の到来、
パソコンの話というと、当時はお絵書きソフトはおろか、パソコン雑誌すらなかった時代です。
あるのは本体付属品の n88-BASIC のフロッピーデイスクのみでした。
この言語を覚え、統計処理プログラム、画面表示プログラムを全て独力で書き上げました。
何から何まで自作、そうしますと有り難いことにバージョンアップも思いのままです。
もう一つはコダック社が特殊リバーサルフィルムとそれ専用の手動現像機を発売したのです。
専用現像機といっても弁当箱程度の大きさで値段も当時数万円だったか忘れましたが、自宅で出来るのです。
しかも数分です。
機械部分も少なく、人の手で取っ手を一定の速度で回してハイ現像出来上がりです。
ハサミで乾いたフィルムをカット、マウントにはさんであっという間にスライドの出来上がりです。
出来上がりは外注のものと変りませんでした。
たった七色なれど多色です、言う事なし。
ところで当時も実は既に簡易スライド現像機は医局にありましたが青一色フィルムで、出来は評価に耐えられませんでした。
パソコン場面の撮影ですが日中はパソコン画面に外の光が入るので、もっぱら夜中です。
部屋の明かりを消し、部屋の障子を取っ払い、二部屋とし、
三脚上で 200 mm の望遠レンズを装着したカメラを用い、なるべく遠くから撮影しました。
近接撮影では画面がゆがむからです。
当時はどの学会に行ってもこのような私の方法、パソコン画面を撮影しスライドとする方法と出会ったことがなく、
不思議な思いにかられたものでした。
しかも私は新発売の現像機で一夜漬け準備でやっているのに。
多分、パソコンで即時発表の日本の元祖といえば、私なのでしょう。
例えば、学会場にNEC−PC9801Fが用意してさえあれば、
その場で自作プログラムを操作、画面をただちに撮影、ただちに現像、ただちにフィルムカット、マウント、と
その場でスライドを作成できなくもなかったのです。
その後、米国に留学しました。学会発表の機会が暫くありませんでした。
帰国後は後輩の発表指導が仕事となり、自ら発表の機会がなくなりました。
さらには開業して、その仕事すらなくなりました。
ところで、先程、日本コダック社のホームページを具に拝見しましたが同現像機の後発品がないのです。
おそらく製造中止となったのでしょう。
大変な優れものでしたが、需要が少なかったからでしょうか。
世の中には私のような物好きが少ないのかとも思いました。
ところで、ニューヨーク州ロチェスター市がコダック本社です。
私の留学先、同州バッファロー市から200kmほど離れている町です。
こんな距離は目と鼻の先、当時何度も車でロチェスターを訪れました。
なにせ本社です。大変に立派な写真博物館があります。これがお目当てでした。
George Eastman House
International Museum of Photography and Film
900 East Avenue Rochester, NY 14607
http://www.eastman.org/
ここに、かつて私の愛用したリバサーフィルム手動現像機は新モデルとしては陳列されていませんでした。
がしかし今、かつての名機として陳列されている可能性があります。
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