rat heterotopic heart transplantation
の拒絶反応の核医学的数理モデル
の確立にかつて奮闘した町医者物語

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文責  山本内科耳鼻科院長 山本秀平 (2003/9/16)

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1986年からニューヨーク州立大学バッファロー校薬理教室に留学しました。 スポンサーはメルク社の財団でした。 薬理教室では私が赴任する前からラットを用いて心臓移植の実験を行っていました。

ボスはエドワードカー主任教授、各種放射性医薬品を開発してこられたエクスパートです(参照 )。 私の相棒は二人でした。 一人は心臓外科医助教授ジャコブで附属病院で患者さんの心臓移植を筆頭で行っていた男です。 もう一人は講座技師のメリーキャロル女史です。

もともと三人の所へ私が入ってきましたので、 私の任務はジャコブからラットの異所性心臓移植を学び、 メリーさんから放射性医薬品の扱い、尾静脈への注射、臓器の放射活性測定の方法を学ぶ事から始まりました。

ラットの心臓移植といっても手技はいたって簡単です。 インターネットに各種情報がありますので簡単に述べます。 まず摘出心の肺動静脈は結紮します。 そして摘出心の大動脈基部を腹部大動脈に、右心房を下大静脈に、それぞれ縫い付け移植心とします。 実はたったこれだけです。

つまり移植心という vessel tube を用いて腹部大動脈と下大静脈の間にシャントを作成するのです。 何のことは無い、補助循環どころかその逆です。 手術を受けるラットにとっては心臓はシャントの存在の為に返って負担を与えられるという迷惑極まりない手術です。 移植心は冠動脈から大心静脈にいたる経路で血液循環しますので立派に生着します。 また、移植心の左心房、両心室は死空間となりますので、いずれ潰れてしまいます。 いずれ移植心はピクピクと腹腔で拍動し続ける単なる心筋塊です。

このようにラットが標準モデルとなっている点は三点、 (1)手術が簡単、 (2)拒絶反応が出現するとこの移植心筋塊の動きが鈍ってきますので、腹部を観察すれば推定できる、 (3)大型動物に比し、勿論、はるかに安価という事です。 貧乏なラボには持って来いです。 誰でもすぐに始められる実験系といえましょう。

ジャコブは外科医ですのでこんな手術は朝飯前、数匹を次々と手術します。 ところが、私は元々臨床家、生まれて初めて基礎医学に飛び込んだ訳で、どうにもだめでした。 始めは手術がへたくそで失敗の連続、それにかわいいラットを見ていると殺生がどうにもつらくて、帰国しても続ける気持ちになれませんでした。 メリー女史は尾静脈に放射性医薬品を注射していましたが、これも私は大の苦手でとにかく尻尾は細いし、漏れたらいけないし、難作業でした。

ジャコブもメリー女史も心優しく私の気持ちを十分に察してくれました。 予算にも限りがあるし、私がトレーニングすると無用な殺生が増えるだけ、結局、私はひたすら二人の手伝い役に回りました。 勿論、三人で口裏を合わせました。 秀平は十分に技術習得した、教える事は何も無いという事にしてもらったのです。 カー教授は最後まで気づかれませんでした。

ところで私は医学部の籍でしたが、実は同大学には pharmacokinetics, pharmacodynamics の領域で 全米をリードしていた薬学部がありました。 せっかくの事です、薬学部及び薬学部大学院の講義を聴講しました。 また当時は丁度、薬学にコンピュータが入って来た時代、 NONLIN が産声をあげたのです。 キャンパスの一角にコンピュータ室があり、あれこれ教えてもらいました。

薬学部では最初は早口講義が判らず、講師が冗談言っても皆といっしょに笑えないし、やはり語学のハードルは高かったのです。 スラスラとノートを取る隣の学生を恨めしく思いつつ、それでも頑張りました、 微積分、フーリエ解析など、十何年ぶり教養部以来の数学の復習も入ってしまいました(参照)。 おかげで私の薬学の知識は急速に増えました(文末書籍)。 momentum theory を知った時、思わずこれだと思った事もありました。

ところで試験もちゃんと受けなさいというカー教授、そっ、そうですね、と思わず体が凍りつく私。 どうしよう。 と言う事で期末試験の準備では落ち込んでしまいました。 物事には必ず終りがある、試験さえ終われば一晩位はぐっすり寝られるからと自分自身を励まし続けました。 人生で最も試験勉強というものを一生懸命にこなした時代でした。

試験結果と言えば、解けない問題もありましたので決して優秀な成績では無かったものの、 単位は何とか全て取得できました。 一応、カー教授にも、奨学金のスポンサー・メルク財団にも義理は果たせたわけです。 従いまして実は医学部ではなく、薬学部にある私の学籍簿が私にとっては貴重な成果、精神的財産なのです。

話を戻しますが、移植心の拒絶反応を早期診断できる放射性医薬品を探ると言う事で、その選定、企画にカー教授は執念を燃やしてみえました。 そして私の任務は薬学部で覚えたての数理モデルであれこれデータを整理する事でした。

教授の指揮のもと、ジャコブが手術、メリー女史が注射、秀平がデータ整理と理論付け、絶妙の四人コンビです。 当時、開発が進んでいた各種イソニトリール製剤、インジウムでラベルした血小板、他数種の薬剤をテクネで染めて、注射、移植心の放射活性を調べて病理結果と比較しました。

が、どうにもこうにも成果はほとんどゼロでした。 それに教授は医学の発展に繋がらないゴミ論文は書かぬほうが良いとの人生観の大学者でした。 核種も、薬剤も、理論も外れの連続、あっという間に二年は過ぎ、帰国の時期を迎えてしまったのでした。 一つの計画で二、三ヶ月は過ぎてしまうのです。

教授からはグラント作文、つまり研究計画を立て予算を取ってくる方法(米国流学問法)の指導を受けました。 もっと米国に居られるという確信ばありました。 が実は財団との契約は米国に居着かないというものでしたので、ルールに従い帰国の道を選びました。 わかってはいても別れが切なかった思い出です。 やっと祖父母に再会できると、当時幼稚園児の娘だけはおおはしゃぎでしたが。

Textbooks for PHC-411 Course Fall Semester 1986
and Postgraduate Course Spring Semester 1987
(1).Applied Biopharmaceutics and Pharmaokinetics. Leon Shargel et al. Appleton-Century-Crofts, 1985 (2).Fundamentals of Clinical Pharmacokinetics. John G. Wagner, Drug Intelligence Publs., Inc., 1979 (3).Pharmacokinetics : Second Edition, Revised and Expanded, Gibaldi and Perrier, Marcel Dekker, Inc., 1982 (4).Principle of Drug Action : The Basis of Pharmacology, Goldstein et al., A Wiley Biomedical-Health Publication, 1974 (5).Physical Pharmacy. Martin et al., Lea and Febiger, 1983

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