円形広場  
 

誓子・蛇笏の「満洲・朝鮮」旅行「「

 私は、山口誓子と飯田蛇笏の「満洲・朝鮮」旅行の跡を訪ねて2007年5月末にソウル、2008年7月末に中国東北地方(満洲)を旅した。誓子と蛇笏が旅した季節と合わない点はご容赦願いたい。
 私の句は『玉門関』(ふらんす堂、2010)から引いた。
 誓子……1934(昭和9)年11月7日〜12月2日
   旅程:神戸〜大連(金州(南山)−旅順)−奉天(瀋陽)−鞍山製鉄所−撫順炭鉱
       奉天−(奉天13:52発、新京17:30着のあじあ号にて)−新京(長春)−ハル
       ビン−(飛行機)−奉天−朝鮮縦貫〜神戸 
   成果:句集『黄旗』(昭和10年2月)
 蛇笏……1940(昭和15)年4月3日〜5月4日
   旅程:下関〜釜山−京城(ソウル)−撫順−奉天−(奉天13:50発、21:30着のあじ
       あ号にて)−ハルビン−新京−奉天−錦州−北京−天津−大連(旅順)〜
       神戸?
   成果:句集『白嶽』(昭和18年2月)

 蛇笏は、朝鮮の自然は「余りに人心に狎れ過ぎた感じである」が、そのような自然の中で、「兀として蒼天を衝く白嶽などの存在は、極めて比類稀なものである」という。
 春北風白嶽の陽を吹きゆがむ
                蛇笏
 ソウル(旧・京城)の景福宮より
 白嶽(北岳)を望む

    昌慶苑
 鵲は樹に園啓蟄の光あり
                蛇笏
  鵲(カチ)は、朝鮮ガラスともいわれる。私が昌慶苑(昌慶宮)の隣の昌徳宮をを訪れたときも、カチはたくさんいた。(写真)
 拡げられた羽は透通り、美しい。
                昌徳宮



 日時計の影が異質な物を指す
               久仁裕


          昌徳宮の日時計  


  博文寺に詣でゝ
 道中の香煙に会ふ春彼岸
               蛇笏
 博文寺は、伊藤博文を祀った京城の寺。
  現在はソウルシーラ(新羅)ホ
  テル
  

 
 昭和9年11月7日、船で神戸を発ち、11月10日、大連に着いた誓子は、ここから大連に上陸したのであった。

大連港船客待合所(昔の面影を濃厚に残している)

 
 淋しい夏路面電車の乗り心地
               久仁裕





  レトロな市電が走る大連の街

 外套や二百三米突の丘の上に
                 誓子
 爾霊山昼月繊く吹き消えず
                 蛇笏
 青空は空虚の極み爾霊山
               久仁裕

*爾霊山:にれいざん。203の音
 を借りてを乃木大将が「爾霊山」
 と名付けた。



 爾霊山頂にある203高地を巡る 激戦による戦死者の慰霊碑 
 (題字は乃木大将)

 
たゞ見る起き伏し枯野の起き伏し
                 誓子

 誓子は、季語「枯野」で満洲を俳句的世界に包摂しようとした。


     爾霊山から旅順港を望む

 
 露軍こゝに凍てね港を見し堡塁  加農砲天地凍れる夜を昼を
                 誓子 



 203高地に残るロシアの150ミ
 リカノン砲

 
 乃木少尉落葉松枯れし地に
  ますかや          誓子
 揚羽飛ぶ乃木保典は死んだまま                久仁裕               

  203高地に残る乃木保典少尉  の戦死の碑

 
   星ヶ浦ホテル
 芝枯れて瑠璃照壁のごと海は
                  誓子 
 星ヶ浦(現・星海湾海水浴場)は大連市民の海水浴場として賑わった。
                 黄海

 霾の陽に祈祷の鐘のきこゆなり
                 蛇笏

 霾(ばい)は、黄塵万丈と形容される黄砂。蛇笏はうしろめたく思いつつ「いちどくらゐは霾に接してみたいと思っていゐた」というのである。
 
新京(現・長春)偽満洲国軍事
 部旧址(興亜式建築様式


  
 長春に思うことあり蓮の花
                久仁裕




          
長春の南湖公園

  
 西方に垂天遠き枯野見き
                 誓子
 春耕の鞭に月舞ひ風吹けり
                 蛇


 誓子・蛇笏は共に特急あじあ号
 の旅を楽しんだ。

  
 冴え返るキタイスカヤの甃

                  蛇笏
 甃は「いしだたみ」。蛇笏は、昭和15年4月13日、佐々木有風の案内でロシア人が造った街、キタイスカヤ(現・中央大街)を訪れた。
  ハルビン(哈爾濱)中央大街
 

  
氷る河見ればいよいよしづかなり
                 誓子
流氷に真昼翳さす旅愁あり
                 蛇笏

 キタイスカヤの行きどまりは、松
 花江(スンガリ) の流れ

 
 ストーヴや処女の腰に大き掌
                  誓子
 歓楽の春の玉沓をすべらする
                  蛇笏



            夜の中央大街

 
 中央大街愁いに沈む珈琲啜り

                久仁裕



 中央大街の喫茶「露西亜」でモカ
 を飲み、しばし休息。

 
 北陵の春料峭と鳶の声
                 蛇笏

 
瀋陽(旧・奉天)にある清朝の初代皇帝ホンタイジ(愛新覚羅皇太極)の昭陵(北陵) 

 
 枯原に畜類を白き石としぬ
                 誓子
 石獣のほとりの草の萌えそむる
                 蛇笏

 瀋陽(奉天)
 昭陵(北陵)を守る石獣。たくさん ある 

 
 枯野来て帝王の階をわが登る
                 誓子
 
 
 昭陵(北陵)隆恩殿。私が訪れた
 ときは、皇帝の登った中央の階 
 段は柵で閉ざされていた。 


陵寒く日月空に照らしあふ
                 誓子
巣にひそむ春さきがけの鵲を見ぬ
                 蛇笏
 昭陵(北陵)の一番奥の方城。
 方城の後ろに墳丘がある。 


      −終り−


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