殺戮人形が嗤う夜 =幕間= 「―――うがぁっ!!?」 「コイツに文句言う暇があるなら、テメーら自身でカタをつけてきたらどうだ?」 言外に「無理だろうがな」と匂わせれば、どうやら意図は伝わったらしい。 蹴り飛ばされた者を含め、その場にいる男たちは苦い顔をしたが、それでも言葉を発することなく逃げるように立ち去っていく。 後に残ったのは、高杉と、一人の少女。 江戸の中心からは離れた場所にあるこの小屋は、その少女が一人で住まう家だった。 しかし家の中には最低限の質素な調度品が辛うじて置かれているのみで、年頃の少女が住んでいるようにはとても見えない。 だが、少女が身の回りに頓着していないことは、高杉もよく知っていた。今ある調度品ですら、高杉が揃えてやらなければ存在しなかったかもしれない。 「テメーもテメーだ。あの程度のヤツら、その気になれば斬れるだろーが」 「…………」 床に座り込んだままの少女は、俯いたまま、高杉の言葉に応えることはない。 もっとも、先程まで男らに詰られ足蹴にされて尚、少女は身動き一つせず、表情一つ変えなかったのだが。 薄暗い部屋の中、言葉も表情もなく座り込む少女は、まるで壊れた人形のようにも見える。 (実際、壊れてんだがな) 人形ではない少女―――は、確かに人間であり、生きている。 けれども、心は壊れている。 笑うことも泣くことも無ければ、痛みに呻くこともない。必要以外に話すことも動くことすらない。死んでいるのと何ら変わりないと嘲ったのは誰だったか。 しかし、喜怒哀楽を失った彼女が、唯一『楽』の感情のみを取り戻す瞬間がある。 殺戮の、瞬間。 手にした刀で、銃で。 人間の命を容易く断ち切るその時だけは、愉悦に歪んだ笑みをその顔に乗せるのだ。 普段はまるで生気を感じさせない人形である癖に、他者の命を奪う時にだけは解放されたかのように愉しげに表情を歪める。 『死神』も『殺戮人形』も、実に言い得て妙だ。 だが、それでいいと高杉は考える。 余分な感情を削ぎ落した少女だからこそ、迷いも躊躇も無く刀を振るい、引鉄を引けるのだろう。 その矛先が向くのは、家族を裏切った幕府の人間。憎悪を愉悦に変えて、壊れた心が望むままに殺戮を繰り返す少女。唯一、それだけが生き続ける目的だとでも言うように。 死神として、殺戮人形として。暗躍する少女に、だから余計な感情は不要なのだ。 別の感情がその心に宿るなど、あってはならない。 「沖田の利き腕をやったらしいじゃねェか」 途端に、それまで微動だにしなかったの身体が、ピクリと動く。 今まで一度たりとて標的を殺し損ねることなどなかったが、対峙した沖田には手傷を負わせるに留まり、肝心の標的については掠り傷すらつけることができずに逃がす始末。 先程の男たちも、そのことを詰っていたのだろう。 それでも、真選組一の実力を持つ沖田に傷を負わせるだけでも、並大抵の人間ではできないはずだ。しかもの方は掠り傷一つ負っていない。 たとえそれが、「幼馴染」という関係性に依った結果なのだとしても。 「次は、間違いなく殺れるな?」 高杉の言葉にハッと上げられたその顔に走るのは、明らかな動揺。 頷くまでに間があったことからも、が沖田の―――幼馴染の存在に揺さぶられているのがわかる。 壊れたはずの心が、失ったはずの感情が、その内に宿ろうとしている。 の心が壊れる切っ掛けが、目の前で両親を殺されたことにあるとすれば、その心を取り戻す切っ掛けもやはり両親の記憶なのだろう。そして「幼馴染」という存在は、両親が生きていた頃の幸せな記憶に直結しているはずで。 だがおそらく、それだけではないのだろう。の動揺は。 (無理だな、コレは) 頷いたものの、実際に沖田を前にしてが本気で刀を向けられるとは高杉は思わない。 次にが沖田と相対することはきっと、が死ぬことを意味するのだろう。 それがわかっていても尚、少女は止まる術を知らない。他に生きる目的など知らないのだから。復讐のため、殺戮のためだけに生きているのだから。 高杉とて、それは似たようなものだ。だから哀れむつもりなど無い。同情するつもりも毛頭無い。 だが容易く切り捨てることもできず、惜しいと思う。 その壊れた心も、歪んだ感情も、一心に破滅へと駆けるその姿も。 「―――死ぬんじゃねェぞ」 の小さな頭をくしゃりと撫でながら口にしたそれは、他人の生死に頓着することを止めた高杉の、偽らざる本音だった。 → 高杉のは、アレです。なんか保護者的な感情。多分。きっと。 実は意外に面倒見の良い高杉とか。 ('11.08.29 up) ![]() |