「へ〜。ここが地球ねぇ」 船から下りたの第一声は、そんなものだった。 ターミナルの内部は、どこの星も然程変わりないらしい。数多の星の種族がごく自然に歩いているのは、この星特有の光景だろうか。異種族をこれほどまでに受け入れている星はあまりないはずだ。 侵略された、というにはあまりに平和な光景。 そういう不可思議さも含めて、この地球と言う星なのだろう。 しかしはそんなことを確認するためにわざわざ地球まで来たわけではないのだ。 入国手続きを済ませ、足早にターミナルの出口へと向かう。 自分でも浮かれているな、と苦笑したくなるほどだが、それでも軽い足取りは止まらない。 地球の日差しは強いのだと阿伏兎は言っていた。気をつけなければと、傘を開こうとしたのと、足を一歩外へ踏み出したのは、ほぼ同時。 「ふぇ……っ?」 ぐらりと揺らぐ視界。 一体何が起こったのか認識する間もなく、の意識は失われてしまった。 ゆめみるうさぎ 1 〜終末世界に傘を差す〜 ふらふらと、危なげな足取りで歩いているのは、全身一切肌を露出させないほどに着込み、顔には大きなマスクとサングラスをかけた、如何にも怪しげな風体をした人物。 おまけに、雨など一滴も降っていないカラリと晴れ渡った空の下、大きな番傘をさしているのだ。 その姿を見た人々は一様にギョッとし、そのまま関わらないようにと目を背ける。 だが、当の本人はそんなことを気にしてはいない。と言うよりも、気にする余裕がない。 「……やっぱり日が沈んでから出れば良かった」 口に出た呟きはあまりにも小さく、周囲の人々に聞こえることはない。もし聞こえたとすれば、その異様な風体とはあまりにギャップのある少女の声に驚愕したことだろう。 辟易すべきは、自身の熟慮の無さか、強いどころではない日差しにか。それとも、これだけの殺人光線をして「結構強い」と過小評価していた阿伏兎にか。 だが彼にしてみれば実際、その程度でしかないのかもしれない。神威のお供でそれこそあらゆる場所へ行く羽目になっている阿伏兎にとっては、この日差しは耐えられないほどではないのか。 しかしにとってはそうではない。 こういう時、自分はつくづく甘やかされていると実感してしまう。 『第七師団団長補佐』などという肩書きを押し付けられているものの、阿伏兎ほど連れ回されているわけではない。留守を言いつけられた時の神威の行き先は、決まって、夜兎にとっては死地にも等しい日差しが注ぐ場所だと、は薄々気付いていた。 そんな扱いに反発して神威と喧嘩したことは、一度や二度ではない。一度など宇宙船を大破させ、二人揃って阿伏兎に酷く叱られたものだ。 それはともかくとして、おかげでは太陽の日差しへの耐性がまったく無い。夜兎族としてそれは目立って不思議なことではないのだが、こうして地球に来てみると、自分には自殺願望でもあったのだろうかと思わずにいられない。何せ、ターミナルから一歩足を踏み出した途端、その日差しにやられて気を失ったのだから。 介抱してくれた地球人に申し訳ないやら恥ずかしいやらで、意識が戻るや、慌てて外へ出てしまったが―― ふらふらと歩くに、しかし明確な目的地はない。 阿伏兎から地球の話を聞いて、とうとう我慢できずに衝動のまま飛び出してきてしまったのだ。 ただただ、青い空と一面の花畑が見たいがために。 肩に下げた鞄の中には、幼い頃から手放したことのない絵本。その中に描かれた、抜けるような青空と色とりどりの花が溢れた、一場面。 大多数にとってそれは、とるに足らない風景なのだろう。 けれどもにはそうではないのだ。憧れて、焦がれて、それでも手の届かない風景。 それでも一度でいいから見てみたいと、そう思わずにいられないのは夜兎族としては異端なのかもしれない。何しろ、この状況に辟易しても尚、その光景を見たいという思いは消えないのだから。 どうやら自分は相当の馬鹿だったらしい。神威のことを言えた立場ではない。 しかし、このままふらふらと歩き続ける程の馬鹿ではない。ひとまず休める場所――できれば宿を探そうと周囲へと首を巡らせる。 途端、くらりと感じる眩暈。 (あ、これマズイ……) ターミナルから足を踏み出した瞬間と同じ感覚。 しかしそれがわかったからと言って、には為すすべも無い。ぐらりと傾く身体。周囲からあがる悲鳴。 ドンッ、と何かがぶつかったような鈍い衝撃。続いて、奇妙な浮遊感。 どうやら何かに撥ね飛ばされたらしい。 受身をとらなければ、と薄れゆく意識の片隅で考え。 しかし地面への衝撃を待たずして、の意識はそこで完全に途切れたのだった。 →2 「終末世界に傘を差す」の続編ではないけれども同じシリーズと言いますか。 神威は名前しか出てきてませんけど。 4,5話で完結できると思いますが、きっと最後しか登場しません。いいのか、これ(笑) ('12.04.29 up) ![]() |