文化に差異はあれども、生きている限り「食べる」という行為は万種共通。
食べる対象に関しても、ありがたいことに夜兎族と地球人の間で大きく隔たりはないらしい。
調理器具にもさほど違和感を覚えないのだから、食に関してはかなり似通っているのだろうか。だとすれば、少なくとも食べ物に困る事はなさそうだ。
まぁ食べ物って大事だからね。
一人頷いては、他人の家のフライパンを握った。
 
 
 
 
ゆめみるうさぎ 3 〜終末世界に傘を差す〜



 
目の前には、白米を山と盛った茶碗。そして数々の野菜を盛り合わせたサラダ。魚のソテーに、肉とタレを絡めて炒めたもの。
その他諸々、テーブルに乗り切らない程の料理を前に、と神楽は揃って上機嫌に箸を進めていく。
対して、向かい側に座る男二人は、何やら微妙な表情だ。
 
「あの、もしかしてこれ、不味かった? ご飯も少ししか食べてないし」
「不味くはないです。むしろ美味しいんですが…」
「飯は普通こんなモンなの。って言うか、お前らが食べすぎなんだよ」
 
そうなのかな。
首を傾げたが隣の神楽を窺うと、「コイツらの言うことは気にしなくていいアル」と返された。
これも種族の違いかと一人納得し、は再び箸を動かす。少なくとも美味しいと言ってもらえたのだから、特に問題ないのだろう。
調味料はいまいち使い勝手がわからず、匂いを嗅いだり舐めてみたりして適当に使ってみたのだが、意外と何とかなるものらしい。
自己満足で頷きながら食べていけば、気付いたときにはテーブルの上には空になった皿しか乗っていなかった。
 
「ごちそうさま。美味しかったネ!」
「ありがとう。そう言ってもらえると、作った甲斐があるわ」
「ウチの冷蔵庫が空になったけどな……」
 
正面の男にボヤかれたのは、比喩でも何でもない事実だ。
その前に、冷蔵庫の中身が限りなく少なかったという事実もあるが。
けれども、一度の食事で冷蔵庫の中身を空にしてしまったことに違いはない。
そしては、無銭飲食をして平気な顔ができるような無神経さは持ち合わせていない。
とはいえ地球での通貨など今すぐ持ち合わせているわけでもなく。
う〜ん、と首を捻った挙句、が男へと差し出したのは一枚のカードだった。
 
「今、手持ちないから。そのカードこの星でも使えると思うから、食べちゃった分、引き出してきていいよ」
「ちょっ、マジか!!? コレってアレだろアレ!!」
「全宇宙共通のクレジットカードですよ! しかもブラックカード!!」
「あ。やっぱり使えるっぽいんだ。良かったー」
「カード一枚で大騒ぎするなんて、貧乏人丸出しアル」
 
食後のおやつにと神楽から貰った酢昆布を齧りながら、ひとまずは安心する。
カードがあれば、大抵は何とかなるはずだ。星によってはまったく使えないところもあるため不安がないわけではなかったが、これで金銭面における不安は解消された。
これからするべきことは、今後の行動拠点となる宿を決めることと、目的地を探すことくらいか。陽が落ちてから。
流石にもう、太陽が昇っている時間帯に、目的もなく外をふらふらと歩き回ることはやめようとは思う。と言うよりも、今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。それはあまりにもバカバカしい。
陽が沈むまでこの家にお邪魔させてもらえるようお願いしようかと思案していると、呆れたような視線を向けられていることには気付いた。
何かしただろうか。首を傾げていると、更に呆れたような溜息を吐いて、目の前の男が手にしたカードをひらひらと揺らす。
 
「お前さ。いくらなんでも、名前も知らない相手に、こんな大層なモン気軽に渡してんじゃねーよ」
「あ、そっか。そういえば自己紹介もしてなかったっけ」
「イヤ、そういう問題じゃなくて」
「えっと、改めまして、と言います。よろしくお願いします」
「あ、その、こちらこそよろしくお願いいたします。僕は」
「このダメな眼鏡が新八アル。そっちのダメなモジャモジャが銀ちゃんネ」
「だから何、ダメって」
「眼鏡とモジャモジャね。うん、覚えた」
「覚えるのそっち!!?」
 
冗談だと笑えば、二人とも疲れたような顔をする。
そんな他愛のない掛け合いが、酷く心地好いと思う。普段、殺伐とした環境にいるせいだろうか。
残り小さくなった酢昆布を飲み込み、は一人満足する。
 
「そういうワケで、知り合ったからいいんじゃない? 一応それなりに稼いでるし、支払いできなくなることはないと思うから」
「それなりって、どんな仕事したらブラックカード持てるんだよ」
「んー。宇宙海賊」
 
もう一つ、と神楽から差し出された酢昆布を片手に、はにこりと笑って言い放つ。
にとってそれは事実でしかなく、隠すようなことでもない。確かに宇宙海賊などという肩書きは一般人にとって脅威の対象になるだろうが、単にそれだけの話だ。害がないとわかれば、それなりの友好関係は築いていける。
だが、何気なく口にした職業、その瞬間に満ちた恐怖と敵意、そして殺気が入り混じった空気に、は首を傾げた。
宇宙海賊というものは、それほどに負の感情を持たれるものだったのだろうか。ショックだなぁ、と呑気に構えたまま、は酢昆布を齧る。
 
「私、何もしてないよね?」
「冗談言ってんじゃねーぞ、姉ちゃん……夜兎族で、おまけに宇宙海賊っつったら、春雨か?」
「よくわかったね」
 
考えてみれば、『春雨』という宇宙海賊の評判はよろしくない。物騒なことも手荒なことも何だって手広くやっているからこそ、恨みつらみも相当買っていることは、とて知っている。興味はないが。
それでも、こうもあからさまに敵意を向けられる覚えはない。ということは、春雨に何かされたのだろうか。それならば納得できる。
目の前に銃口を突きつけられ、それでもは呑気に構えて酢昆布を齧っている。別に神楽のことを侮っているわけではない。が、たとえ発砲されたとして、避けることは可能だ。それは純然たる事実で、だからこそ焦る必要がない。
 
「今度は何の用アルか!? 神威のヤツ、今度は何をするつもりネ!?」
 
殺気だった神楽の言葉に、事の経緯はわからないものの、大雑把には把握できるような気になった。
神威が地球に来ていたのは事実としてある。その際、神楽と接触したのだろう。そこでどのようなやり取りがあったかはわからない。が、昔の兄妹の様子を思い出す限り、そして目の前の神楽の様子を見る限り、良好な再会とはいかなかったのだろう。
むしろ、最悪な。
 
「神威ってば何かしたの?」
「私の頭をどついたアル。おまけに殺されかけたネ」
「…………」
 
憮然とした面持ちで答える神楽に、は無言で立ち上がる。
瞬間、室内に満ちる静寂。それと同等の殺気。それが自ら発しているものだとは自覚していた。身に馴染むことはない、けれども覚えのある感覚。
ああ。今なら何でもできそうな気がする。そんな感覚に、鮮やかに微笑んでみせた。

「ちょっと神威殺してくるね」
「―――イヤイヤ! ちょっと待ってくださいよ! そんな散歩に行く程度のノリで『殺す』とか言わないでくださいよ!!?」
だから仕方ないアル」
「仕方ないで済む問題!?」
「俺としては、アンタとヤローがどうなろうとも構わねェけどよ。そもそもアンタ、なんで地球に来たんだ?」
 
どうも春雨とは関係なさそうだしな。
銀時にそう言われて、ハッとは本来の目的を思い出す。
神威の仕出かしたことにイラっときたあまり、すっかり頭から抜けてしまっていたが。勢いのまま春雨に戻っていたら、何のために地球までやってきたのかわからなくなってしまう。倒れ損以外の何物でもない。
何につけても勢いだけで行動してしまうのは自分の悪い癖だ。今度からは気をつけよう。無理かもしれないが。
脳内の反省会を一瞬で終わらせ、は気を取り直すと再びソファへと腰を下ろした。
 
「そうそう! 神威なんかどうでもいいの。後で絶対殺すけど。じわじわ弄って死の恐怖を味わわせてやるんだから。そんなことより大事な用事が!」
「どうでもいいのに殺すんですか」
 
ツッコミともとれる呟きは無視した。相手も返答など期待していないだろう。
ソファの横に置いてあった荷物を見つけると、は鞄の中から一冊の本を取り出した。
何度も何度も読み返して擦り切れてしまった、子供向けの絵本。そして、開き癖のついてしまったページ。
開くつもりがなくとも自然と開くそのページに描かれているのは、青く澄んだ空に、色とりどりの花が咲き誇る野原。色鮮やかなワンシーン。
そのページを、は三人へと見せた。
 
「これ! こういう景色が見たいの!」
「……花畑、ですか?」
「それだけアルか?」
「うん」
「それだけって、バカだろ」
 
呆れたような視線は、しかしにしてみれば慣れたものだ。
この話をすれば、ほとんど同じ反応が返ってくるのだから。
呆れたり馬鹿にしたりしないでくれたのは、神威くらいのものだったかもしれない。
絵本のそのページをそっと手でなぞりながら、は思い返す。内心では呆れていたのかもしれない。馬鹿にしていたのかもしれない。それでも「つれていってあげる」と手を差し伸べてくれたことに違いはない。
案外いいヤツだったんだなぁ、と思う。脳内お花畑なくせに、どこまでも夜兎の血に従順で、前しか見ていないようなバカだけれども。
どうやら、バカなのはお互い様だったらしい。
 
「でも、それでも、さ。見てみたいって思っちゃったんだから、仕方ないじゃない」
 
自分がバカだとは自覚している。確かに、絵本の世界に憧れて死地に飛び込むなど、正気の沙汰ではないだろう。
わかっていても止めることのできないこの感情。
きっとこういうのを『恋にも似た』と表現するのだろう。恋をしたことなどないから、真実そうなのかはわからないが。
 
「……『仕方ない』で済ませられる問題じゃないと思うんですけど」
には何を言っても無駄アル」
「ま、そんな顔されたら、それこそ『仕方ない』で済ませるしかねーだろ」
 
そんな顔とはどんな顔なのか。
不思議に思ったが顔を上げれば、苦笑するかのような表情の三人。呆れてはいても、馬鹿にはしていない、その表情。
つい先程までの殺気が嘘のようだ。
敵意も削がれるような馬鹿馬鹿しい発言をがしたというのも、理由の一つなのだろう。だがそれ以上に、目の前の人たちは人が好いのだと、は思う。
ふと、はまるで関係のないことを思う。
この地球の、この場所に留まることを選んでいる神楽は、きっと幸せなのだろう、と。


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神威が出てこない(笑)
最後には出ます。ちゃんと。出てくれないと終われません。

('12.09.23 up)