夜兎族は太陽に余程嫌われているらしい。
きっと遠い昔に、ご先祖様が太陽に喧嘩を売ったのだろう。そしてそのツケが子孫に回ってきているに違いない。
窓の外に広がる青空。
小さく切り取られた世界の外にあるはずの太陽を思い、は溜息をついた。
 
 
 
 
ゆめみるうさぎ 4 〜終末世界に傘を差す〜



 
「……スミマセン。そろそろ溶けて死にそうです」
「オイ。まだ5分と歩いてねェだろーが」
 
呆れた声を出されたところで、限界に変わりはない。
銀時もそれをわかっているのか、呆れつつもすぐにの腕を取り、近くの路地へと入り込む。
太陽の光からは遮られたその空間に座り込み、は大きく息を吐いた。
表通りへと向ければ、ややオレンジがかった空の下、当たり前のように人が往来しているのが見えた。
彼らを羨ましがればいいのか、夜兎族のこの体質を恨めばいいのか。いっそ遠いご先祖様を恨めばいいのか。
憧れの景色をこの目で見るためには、日の光に耐性をつけなければ始まらない。
おかげで毎日、夕方頃になると外へと連れ出される始末だ。5分もすれば音を上げてしまうが。
それでも。
 
「最初は、重装備してても、家の外に出た瞬間に倒れてたんだから! 進歩してるでしょ?」
「威張れるモンじゃねーだろ」
 
冷たく言いながらも、座り込んだの頭を銀時はくしゃりと撫でる。子供扱いされているようで気に入らないが、銀時なりに褒めているのだと思うと、まぁいいかと享受してしまう。
しかし、これでは先が思いやられる。
いつまで地球にいられるかはわからないが、ここにいる間に、太陽に慣れることができるのだろうか。
少なくとも今のにとっては、正直なところ、それこそ夢物語としか思えない。
それでも、最初から諦められるくらいならば、そもそも地球まで来たりはしていない。
足掻けるだけ、足掻いてみたいと思うのだ。
最初から最後まで夢物語なのだとしても。夢だからこそ、現実にしたいと頑張れる。
決意を新たに、は傘を手に立ち上がった。
 
「さ。休憩終わり!買物行こ!」
「今度は5分でへばるなよ?」
「……ガンバリマス」
 
無理だ、という言葉は飲み込んだ。
が、どうせまた5分で溶けそうになるのだろうとは、予感していた。
 
 
 
 
「なんで買物行くのに2時間もかかるんだか……」
「……スミマセン」
 
すでに太陽は地平線の向こうに沈んでいる。
おかげで帰路は楽なものだが、店に行くだけで1時間以上かかったのは、流石に付き合ってもらっている手前、申し訳ないとは思う。
しかし、一人で外に出てしまえば、何かあった時の対処ができないのも事実だ。
一応、厄介になっている間の家事を手伝い、生活費についてもカードを渡しているが、それにしても万事屋の面々は人が好いものだと思わずにいられない。銀時など偽悪ぶっているだけなのだろうと、数日の付き合いでしかなくともわかってしまう。本当に悪人ならば、そもそも神楽が懐いてはいないだろう。
 
「銀ちゃんって、絶対に損する性格してるよね」
「損させてるお前らに言われたくねーよ」
 
ボヤく銀時に笑いながら、ふとは思う。
他愛のないやりとりばかりが繰り返される、穏やかな日常。
いつまでも続けば、これは幸せなことなのかもしれない。
そんな日常は、夜兎の血の宿命と宇宙海賊の肩書きとは縁遠いものだろうが。
無理だとわかっている。手に入らないとわかっている。
しかし、だからこそ望んでしまうものをまた一つ見つけてしまった気がして、はこっそりと溜息を吐いた。
 
 
 
  *  *
 
 
 
それから更に数日が過ぎ。
家の中を掃除し、一休憩入れていたは、窓の外を見上げて、不意にこの休暇の終わりを悟ってしまった。
具体的な何かを見つけたわけでも、聞こえてきたわけでもない。
それでもわかってしまったのだ。
 
「……なに上司直々に来ちゃってるのよ」
 
神威がこの星に来ている。
勿論、連絡があった訳でもない。それでも何故だかわかってしまう。存在感だとか気配だとか、そういったものだろうか。
その目的は推測するしかないが、少なくとも第七師団の予定に、地球に来ることは入っていなかったはずだ。大体、ついこの間、神威が来たばかりなのだから。
となると、十中八九、を探しに来たのだろう。自惚れだと言われるかもしれないが、それ以外に神威が地球に来る目的などないはずだ。
地球に行くということは、神威どころか誰に伝えたわけではない。けれども、阿伏兎から地球の話を聞き出したことが知られれば、が急な休暇届を出してどこに行ったのか、神威にはわかってしまうだろう。
地球まで来たら、神威ならこちらの居場所を探し当ててしまうに違いない。が、その姿が見えなくとも神威の存在に気付けるように。
こうなってしまえば、タイムリミットは目の前。
今日、万事屋の面々は、珍しく入った仕事の依頼で出払っている。
外は快晴。陽はまだ高い。
 
「私、自殺願望でもあるのかなぁ」
 
笑いながらは、マントを羽織ると、愛用の番傘を手に取った。


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次で終わるといいなぁと思ってます。
思うだけならタダです。

('12.10.30 up)