目の前には、『万事屋銀ちゃん』の事務所。
万事屋なんだから、頼めば何だってやってくれる。はず。

「だって本人も、そう言ってたしね」

いつもなら、手土産片手に、気楽に上る階段を。
今日に限ってわたしは、緊張しながら上る羽目になってしまった。
片手には、いつも通りに手土産―――お菓子を持って、だけど。



レンタル彼氏
 
 
 
「おはよー」
「あ、 ! おはようアル!」
さん、おはようございます」
 
勝手知ったる『万事屋銀ちゃん』なんだから。
玄関開けて、声をかけながら上がり込むと、事務所内には、神楽ちゃんと新八くん。
銀さんの姿が見えないってことは……まだ寝てるんだろうか。あの堕落人生まっしぐら男は。

「銀さんは、寝てる?」
「あ、はい」
「じゃあこれ、新八くんと神楽ちゃんだけで食べていいからね」
「ほんとアルか!? 、大好きヨ!!」
「わたしも神楽ちゃんのこと大好きだよー!」
 
う〜ん。本っ当に神楽ちゃんってば可愛いなぁ。妹にしたい可愛さだね。
抱きついてくる神楽ちゃんの頭を撫でて、擦り寄ってきた定春(いつ見てもデカい犬だなぁ)の鼻を撫でて。
どうしようかと、ちょっと考える。
別に、叩き起こせばいいだけの話だけど。
そこまでするような事でもないし。これは。
新八くんに勧められるまま、ソファに腰を下ろして、ふと気付いたこと。

「そういえば新八くんも、万事屋の仕事してくれるのよね?」
「はぁ。やりますけど」

う〜ん。
眼鏡。年下。見ようによっては、ちょっと可愛い顔立ち、かな。
でも年下はヤバくないか? いやでも、誤魔化せば何とか……

、頼みごとアルか?
 だったら、そこのメガネより、私の方がいい仕事するネ!」

う〜ん。
確かに神楽ちゃんは可愛いけど……犯罪だ。さすがに。

「ごめんね。神楽ちゃん。確かに頼みごとなんだけど。でもこれはね、男じゃないと頼めないんだ」
「酷いアル! 、それは男女差別アルヨ!!」
「でもわたし、神楽ちゃんにはわたしの妹的ポジションという、生涯離れることのない位置に居てほしいって言うか」
「わかったヨ! 私、の妹になるネ! それで、ずっとずっとと一緒にいるヨ!!」
 
やっぱり神楽ちゃん、可愛いなぁ。本当に養子縁組しちゃいたいくらい。
擦り寄ってきた神楽ちゃんを、思わずぎゅうっと抱きしめてたら。

「あの、さん。それで、何か依頼なんでしょうか……?」

あ、忘れるとこだった!
それが肝心な話だったのに。っていうか、そのために来たのに。
まったく、それもこれも、神楽ちゃんが可愛いから!
……じゃなくって。

「んーとね。新八くん」
「はい」
「わたしの彼氏になってくれる?」

「ちょぉぉぉおおっと待ったぁぁぁぁああ!!!」


バンッ


派手な音を立てて襖が開けられて。
その向こうには、この『万事屋銀ちゃん』の主が立っていたりしたわけだけど。

―――それでね。報酬はこれくらいで」
「え、い、いや、あの、その、、さん、今のは」
〜〜っ!! 私とのことは遊びだったアルか〜〜っ!!?」
「やだなぁ、神楽ちゃん。神楽ちゃんは生涯の妹で、こっちは一時的な相手よ?」
「そっか! なら許すアル」
「おい待て。聞けよ、俺の話」

ああ。せっかく無視してあげたのに。人が気を遣ってあげたのに。

「銀ちゃん、最低アル」
「せめて、自分の姿を確認してから登場してくださいよ」
「社会の窓が開いてます」

神楽ちゃん、新八くん、わたし。三人に指差されて、銀さんは「おわっ!?」とようやくチャックを閉めてくれた。
せめて、いつもみたいに中途半端に着物着てくれてたら、そんなの見えなかったんだけどね。
って言うか、寝起きでしょう? 
寝起きで着替えも中途半端な状態で、花も恥らうお年頃な乙女の前に出てくるな。この糖尿予備軍。
 
「って、問題はそこじゃねェ!!」
「え? そこ以外に問題ってあった?」
「無いヨ。は無事に私のものアル」
「……僕はもう、どこから何をどうツッコんでよいのやら」

おーい、新八くーん。なんだか元気ないぞー?
君にはこれから、わたしの彼氏になってもらうという使命があるんだから。

「だから、なんで新八がの彼氏になってんだ!?」
「あ、そうそう。それ説明しなきゃね。一応」

説明、開始。
まずは、仲人大好き伯母さんの話から始まって、親類縁者、みんな彼女にやられた話。年頃の親戚は、みんなして恋人作っちゃって。残るはわたし一人。伯母さん、私にターゲット・ロック・オン!って感じ?

「わたし、まだお見合いなんかしたくないし」
「はぁ。だから彼氏」
「そう。レンタル彼氏」

とりあえず、見せ掛けでいいから彼氏作って、伯母さんを牽制したいってわけ。
だから、神楽ちゃんには無理なんだよね。
新八くんなら、まぁ……なんとか。

「って……ぼ、ぼぼ僕が、さんの彼氏っ!!??」
「無理アル、。このメガネじゃには釣り合わないヨ」
「そーそ。だから。彼氏なら、この大人な銀サンがなってあげますよー?」
「銀さんエロそうだから、やだ」

それはさ。最初はそのつもりだったけど。銀さんに頼むつもりだったんだけど。
やっぱりね。
いくら『レンタル彼氏』だからって、社会の窓を開けて現れるようなオープンエロ男は、ちょっとね。
さんの自尊心が許さないですよ。

「あのなー、。男がエロくなかったら、人間は増えていかないんですよー?」
「大丈夫。いざとなったら、女だけでも人間は増えるから。賭けたっていいし」
「イエ、賭けなくていいです。男にも生存権をください」

そこで銀さんに頭下げられても困るんだけど。
呆れたわたしは、銀さんから新八くんへと視線を移す。

「無理でも、やってもらわなきゃ困るの。わたしのために。ちゃんと報酬は払うから」
「は、はぁ」
「一緒に居てくれるだけでいいんだよ? それでお仕事完了だよ? とってもステキなお仕事でしょう?」
「……。お前、『彼氏』ってものをわかってねーだろ」
「悪かったね―――っ!!?」

どうせわたしは、『彼氏いない歴=年齢』の女ですよ!
だけど、『モテない歴=年齢』の天パー男には言われたくない!!
そう、言おうと思ったのに。
ぐい、と顔を横に向けさせられたと思ったら。
驚く間も無く、銀さんの珍しくも真剣な顔が間近に迫ってきて―――
 


―――お前な。キスする時は、目閉じよう。開けてても燃えるが、基本は閉じること」
「な、ななな、なな何、なに―――
「あ? ナニまでしたい? チャン、大人だねー」
「何言ってんだアンタぁぁぁああっ!!!」
「私のに何するネっ!!?」


ドゴ バキ ガスッ


新八くんと神楽ちゃんにフクロにされてる銀さん。
本当ならわたしも、そこに混ざるべきなんだろうけど。
だって今の―――わたしの、ファースト・キス……
それなのに。
キスされる寸前に見てしまった、銀さんの真剣な顔が、頭から離れてくれなくて。
あの真剣な顔がかっこいい、と思ってしまう自分がいて。

「……どうしよう」

誰も聞いてないってわかってるけど、思わず口に出してしまう。
唇には、銀さんの温もりが残ってる気がして。そっと、自分の手を当ててみる。
そんなことしてる自分が恥ずかしくなって、頬が火照るけど。
でも、どうしよう。
もしかしたらわたし、銀さんのこと、好き、になっちゃう、かもしれない……
 
 
 
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銀さん夢なのは最後だけじゃないか!
前半はむしろ神楽夢ですね。
いや、私、神楽好きなのです。はい。