結局、銀さんにレンタル彼氏をやってもらった。 どういうわけだか、銀さんが「俺にやらせろ」って譲らなかったから。 年齢的にも、新八くんよりも銀さんの方が、確かに違和感はないけど。 伯母さんも、付き合ってる人がいるって銀さんを紹介したら、不満そうだったけど諦めてくれた。 だから、レンタル彼氏はもう終わり。 またいつもみたいに、万事屋に遊びに行ったところで、何もおかしくはない。 はず、なんだけど――― 続・レンタル彼氏 はぁ。 我ながら、辛気臭い溜息。 家に篭もってるのもなんだから、とりたてて目的も無く外に出てみたけど。 目的もなく歩き回ったところで、気が晴れるわけでもなし。 それはね。 外に出た瞬間、真っ青な空の色を見て、ちょっと気分よくなったりはしたんだけど。 だけど、それも少しの間だけのこと。 しばらく歩き回れば、ますます気が滅入ってくる。 何がって。 ……万事屋へと続く道を、ことごとく避けてる自分に。 どうして避ける必要があるんだか。 万事屋へ行けば、新八くんが、美味しいお茶(安物らしいけど、それでも新八くんが丁寧に淹れてくれるから美味しいのだ)を出してくれるし。 神楽ちゃんと定春は、元気で、本当に可愛くてたまらないし。 それから――― ボンッ 音を立てて火がついたみたいに、顔が真っ赤になった気がして。 思わず、きょろきょろと周囲を見回してしまった。 そんなことする方が余計に怪しいんだとは、百も承知してるんだけど。 ああ、恥ずかしい。 銀さんのせいじゃない。 あんな真剣な顔するから。 あの時、キスなんかしてくるから――― 「あ? ? じゃん?」 ドキンッ 瞬間、高鳴る胸。 その声は、とても聞きなれたもので。 同時に、今は絶対に聞きたくないものでもあって。 だからわたしは、聞かなかったことにする。 聞かなかったことにして、歩む速度を速める。 「あれ? ー? おーい、ちゃーん?」 無視。知らない。わたしには聞こえない。何も聞こえない。 ああそうだ。今のわたしは『』なんて名前じゃない。そういうことにしておこう。 もうほとんど走り出しそうな勢いで、足を速める。 だけど。 神様。ずるいです。卑怯です。どうして。どうして――― 「待てよ! 待てっつってるだろ、!!」 ……どうして、銀さんの方が、わたしより足が長くて歩幅も大きくて足も速くて、そして今、わたしの腕を掴んでるんですか。 理不尽です、神様。わたしには、逃げる自由も無いんですか。 「お前なァ。どーして逃げるわけ? って言うか最近、俺のコト避けてない?」 銀サン、傷ついてるんだけどー? なんて間延びした口調のくせに、腕を掴むその力に容赦はなくて。 その力を振り払って逃げ出すことなんて、わたしの力じゃ絶対にできない。 ああ神様。だからずるいって言ってるじゃないですか。不公平です、こんなの。 「腕、痛いから離してほしいんだけど」 「やだね。お前が俺のこと避けてる理由を言うまでは、絶対離さねェから」 「避けてないから。気のせいだから、それ」 「ほー。そーいうコトは、俺の顔を見てから言えよ」 説得力ねーよ、という銀さんの言葉は、実に正しいとわたしでさえ思う。 思うけど……説得されてくれなくちゃ、わたしが困るの!! こうなったら、最後の手段! 「―――ってぇっ!!? って、おいっ! テメー、コノヤロー!!」 銀さんの足を思い切り踏みつけて。 腕を掴む力がふっと抜けたその隙に、わたしは駆け出した。 どうしてわたし、銀さんから逃げてるの? 今更ながらにそんな疑問が湧いたけど、考えるのは後回し。 だって、銀さんの顔見たくないんだもの。会いたくないんだもの。会いたくない―――……? ―――本当に? 逃げ出しておいてなんだけど、本当にそうなんだろうか。 自分で自分の考えてることがよくわからなくなってきて、わたしは思わず走る速度を落としてしまう。 それが、次第に歩く速度と同じになって、いつの間にか立ち止まって。 「お前な、男はデリケートなんだよ。いきなり踏みつけることねェだろーが」 不意に後ろからかけられた声。 もちろん、その持ち主は銀さんで。 反射的に逃げようと思いかけて―――自分が、狭い路地、しかも袋小路に逃げ込んでいたことに今更気付く。 後ろには、銀さん。 逃げる隙なんて、あるはずがない。 逃げ出せなくて。でも銀さんの顔を見ることなんてできないから、振り向くことはしない。 ……『できない』? 『見たくない』んじゃなくて……? もう本当、自分で自分のことがわからなくなってきた。 わたしがわかってないんだから、銀さんはもっとわからないんだろう。わたしの考えてることなんか。 「で、振り向きもしないってわけか。 そーかよ。そんなに俺にキスされたのが嫌だったのかよ」 お前がウチに来なくなったの、あの時からだろ――― 銀さんには、お見通しだったらしい。 だけど、違う。 違う。 そんなんじゃない。わたしは――― 「悪かったな。もうしねェよ。 だからたまには万事屋に来いよ。神楽の奴が寂しがってんだよ―――」 「違うのっ! 違うっ、わたし、は…………」 銀さんが立ち去りそうな気配を感じて、わたしは思わず振り向いてしまった。 見ることなんてできない、って思ってたはずなのに。 それでも、銀さんが居なくなってしまうことの方が嫌だった。 振り向いた先には、当然ながら銀さんが居た。驚いたような銀さんが。 そして、銀さんの顔を見てしまって、痛感させられた。 わたし、は……… 「違うのっ、嫌じゃなくて……嫌じゃ、ないの…わたしは……っ」 ………銀さんが、好き。 きっかけは、銀さんの真剣な顔と、その直後のキス。 だけど、それを認めたくなくて、わたしは逃げ回ってた。銀さんを避けてた。 だって……銀さんが、わたしのこと好きになってくれるわけ、ないじゃない。 あのキスだって、冗談だとか、からかい半分だとか、そういったものに決まってる。 でなくっちゃ、こんなにあっさり行ってしまいそうになったり、しない…… ……言えるはず、ない。好き、だなんて。 やっぱり銀さんの顔を見ていられなくなって、わたしは俯いてしまう。 ああ、やっぱり逃げ出したい。今すぐここから居なくなってしまいたい。 自分で銀さんを引き止めたようなものなのに、なんて矛盾。 「―――つまりそれは、俺がにキスしても構わないって、そーいう事だよな?」 「……え―――っ!!?」 その言葉に、思わず顔を上げたなら。 いつの間にかすぐ目の前に、あの時と同じ、なんだか真剣な銀さんの顔。 そして、驚く間もなく重ねられた、口唇…… ほんの一瞬の、出来事だったのだけれども。 今の、どういう意味……? きっとわたしは、間の抜けた顔で銀さんを見上げてるんだろう。 その銀さんは、「だからキスの時は目を閉じろって言っただろ」とか「これで言い損になったら、マジでヘコむから」とか、よくわからないことを呟いて。 明後日の方向を見て頭を掻いてる銀さんのその言葉が、わたしに向けられたものだとようやく気付いた時には、わたしは銀さんに抱きしめられていた。 「―――好きだ。」 耳元で囁かれた言葉を信じるかどうか。 そんなことは、後回し。 わたしにできたのは、再び口唇が重ねられるその前に、目を閉じることだけ――― → NEXT(3) タイトル考えるのが面倒(爆) ここまで来たら、次は「裏・レンタル彼氏」でも書くかー、などと思わないでもないけど、無理…… でも書いてみたいです……(駄目人間) ![]() |