神様。この状況はなんなのでしょうか。
目の前に銀さんがいます。
しかもドアップで。
ここは万事屋の事務所なのだから、銀さんがいるのはおかしくないのだけれども。
おまけにさっきまでキスされていたのだから、ドアップなのもおかしくはないのだけれども。
  
だけど、神様。

―――どうしてわたしは、押し倒されていたりするのでしょうか。



後・レンタル彼氏



わたしが銀さんと、そういう意味で『お付き合い』というものを始めたのは、一ヶ月くらい前。
それまでも万事屋にはよく遊びに来てたから、変わったことと言えば、キスするようになったことと、それから――
 
―――そろそろ観念しねェ?」
「……やだ」
 
こんな感じで、やたらと迫られるようになったこと。
そ、それは、ね。
仮にも恋人なら、『そういうコト』をするっていうのは、わたしにだってわかってる。
だから、いつかはそうなるんだろうな、とは思うけど。
でも。
わかってはいるけど。
……いくらなんでも、最初がソファの上っていうのは……何か、違う。ものすごく違う。
 
「悪ィけど、銀サン、もう限界なんだわ」
 
って言われても。
それはあくまで銀さんの都合であって。
なら、わたしの都合だって聞いてもらいたい。
そう思うのは、間違っていないと思う。
 
「あ、あのね……いきなりソファで、っていうのは、間違ってると思うんだけど」
「ん? なら布団に行くか?
 でもなー。あの布団、しばらく干してないんだよなー。ま、いいよな?」
 
よくない。
何もかもがよくない。
もっとこう、雰囲気とか雰囲気とか雰囲気とか!
ソファにしても干してない布団にしても、あまりにも雰囲気っていうものが無さすぎるの!
少しは乙女心を考えろ、この糖分中毒患者!!
それなのに銀さんは「で、どっちがいい?」なんて、まったくわかってないようなことを聞いてくる。
ああ、もう。わたしだって女の子なんだから!
 
「どっちもイヤ」
「あ?」
「は…初めての時のことは、もっと色々と夢見てたんだから!」
 
思い切って、言ってみる。
銀さんに乙女心の機微を悟ってもらうなんて、絶対に無理だ。
それが最近、ようやくわかってきたから。
ああ、それにしても。
どうしてわたしが、こんなこと言わなくちゃならないんだろう。
それなのに銀さんときたら、わたしが何を言いたいのか、一瞬わからなかったらしい。目を瞬かせてた。最低だ。
 
「あー、そーか。お前、初めてだったか」
「……そーですか。銀さんは初めてじゃないからね! どいてよ、帰る!!」

余裕綽々な銀さん。なんか悔しい。
わたし一人で、ドキドキして。
おまけに、銀さんがわたし以外の人と付き合ったりしてたって……それは無い方がおかしいんだって理性ではわかってる。
それでも、面と向かってそれをほぼ肯定されてしまうのは、なんだか面白くない。我ながら、自分勝手な理屈。
銀さんにも腹が立つ、だけどそんな自分にも腹が立つ。
そんな気分を抱えたわたしは、今すぐにだって帰りたくなったけれど。
生憎と、銀さんがどいてくれない限り、起き上がることだってできやしない。
睨みつけてはみたものの、やっぱりというか、効果無し。
どころか、にやにや笑うものだから、余計に腹が立ってくる。
 
「なァ? それってヤキモチ?」
「そーですよ、ヤキモチですよ! いいからどいてよ!!」
 
自棄になって叫ぶと、どういうわけだか銀さんの笑いが止まった。
……わたし、何か変なこと言ったっけ?
よくよく考えてみれば、この隙に逃げ出せそうなものだったんだけど。時すでに遅し。
銀さんの反応に首を傾げてるうちに、不意にぎゅうと抱きしめられてしまった。
 
「ちょっ…銀さん!?」
「……ヤベェ。今、お前のことがすげェ可愛く思えた」
 
……はい?
ちょっと待って。わたしさっき、なんて言ったっけ?
ヤケクソで叫んだだけなのに。
どうしてそれが「可愛い」なんて表現になるんだろう。
もしかしなくても、銀さんの感性って、変。絶対に、ものすごく、変だ。
こんな状況下でも、思わず心配してしまう。
だけど次の瞬間には、心配するだけ損だと痛感させられた。
 
―――ひゃぅっ!?」
「お、いい声」
 
い、いい声って、いい声って……!!!
突然、首筋のあたりを舐められて。思わず出た変な声が「いい声」って……やっぱり、銀さんが変だ。
って呑気に思ってる場合でもなくて!
もしかしなくてもわたし、完全に貞操の危機?
いや、恋人相手に、貞操も危機もあったものじゃないとは思うけれど。
って言うか、このままじゃ結局、ソファの上で初体験!!? ムードゼロ! むしろマイナスな勢い!!
 
「や、やだっ! 銀さん、待っ―――ゃぁっ!」
「無理だから。んな可愛いこと言われても据え膳食わなかったら、男が廃るじゃん」
 
廃っていい! この際、男が廃ってもいいから!!
廃ってても、見捨てたりはしないから!!
そう、叫びたいくらいなのに。
首筋に唇を這わされて。
着物の裾から入ってきた手に、脚を撫で上げられて。
背筋を駆け抜けた感覚を、何て呼べばいいんだろう。
わからない、初めてのその感覚に。わたしは意味のある言葉を口に出すことすら覚束ない。
 
「やっ、やめ―――っ!!」
「だから、無理だって。無理無理。ここまで来たら、ぜってー無理だから」
 
無理とか言うな!
やだっ、初体験がソファの上だなんて、情緒も何もないじゃない!
そういうものを銀さんに求める方が間違っているのかもしれないけれど。
でも、夢くらい見てたっていいでしょう!?
だ、誰か助け―――
 
―――に何するネ!!?」
 
足元、つまり部屋の入口から声が聞こえたと思ったら。
次の瞬間には、何か鈍い音とともに、身体が軽くなってて。
あ、銀さんがわたしの上からいなくなったんだ、とわかった途端、今度は別の誰かに圧し掛かられてしまった。
……なに? 今日のわたし、厄日? 天中殺?
 
! !! もう大丈夫ネ!! 変質者は私が追い払ったアルヨ!!!」
 
誰かと思ったら、神楽ちゃんだった。
あー……多分、外から帰ってきた神楽ちゃんが、この光景を見て、銀さんを殴り飛ばすか何かしたんだろう。
助かったと言えば助かったんだけど……もしかして、神楽ちゃんに見られたとか?
それって、教育上大問題なんじゃないだろうか。
 
「てめっ、神楽っ!! いきなり何すんだ!!?」
「銀ちゃんこそに何するネ!? は私が守るアル!!」
 
わたしのことそっちのけで喧嘩を始めた二人。
ようやく身体を起こせたわたしは、崩れた着物をささっと直す。
それにしても。
無理だろうと不可能だろうと、神楽ちゃんや新八くんがいることを考えると、やっぱり、雰囲気とか状況って言うのはそれなりに考慮してもらわなくちゃ困ると。
そんなことを、わたしは思った。
……つまりそれは、雰囲気とか状況が整っていたら、『そういうコト』をしてもいいっていうことで…………銀さんには、絶対に言わないけれど。



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続きを書くとしたら、次で最後です。裏・レンタル彼氏、と。
いつになるやらわかりませんし、書くかどうかも未定ですが。設定だけはあるんですけどね。