簡単なことだった。
お酒を飲ませれば、あの人は簡単に正体を失う。
そこをつけこめば、誘いをかける事なんてあっという間。
 
そして私は、あの人に抱かれた。
 
ただそれだけの事。
一夜限りの、あの人自身すら知らないであろう、私だけの秘密―――そのはず、だったのに。
 
 
 
 
ロマンチカ・リアリスト



 
「ひぁっ、ぁあんっ、やぁあっ!!」
 
もう何度目になるかわからない突き上げに、私は抗う術すら持てない。
快楽に耐えるためにシーツを握り締める力すら残っていない私は、ただされるがまま。腰を持ち上げられ、幾度も抜き差しを繰り返され、嗄れた喉で嬌声をあげさせられる。
散々に中をかき回され、痛いほどの快楽に苦しんで。
いっそ気を失えたならば、どれほど楽だろうか。
けれどもそれは、決して許されない。
イきそうになった途端、止められる動き。私の中を占有していた物が、ずるりと引き抜かれる感覚。
どうしてか、なんて、もう考える必要すらない。
それは何度も繰り返されたこと。決まりきった一連の流れ。まるで脚本をなぞっているかのように、次に起こることを私は知っている。
 
「そろそろ言ったらどうだ」
 
支えを失って、うつ伏せのままぐったりとなる私の身体。その耳元で囁かれる低い声。
視線を動かすことすら億劫な今の私には、声のした方に顔を向けることもできない。
それでも手に取るようにわかる。
今の土方さんの目が闇く光っているだろうことが。
恐怖すら感じるというのに、逃げ出すことも叶わない。仮にこの身体が動いたとしても、きっと逃げることなどできないのだろう。
 
―――どうして昨夜、俺に抱かれに来た?」
 
たった一晩で、幾度も繰り返された問い。
それに対する私の答えは、沈黙。
そもそも答えるつもりは無いのだけれど、答えようとしたところで、今の私の状態では口を開く事すら満足にできない。
与えてもらえない快楽を求め、悲鳴をあげているかのように疼く身体。
何度も達する寸前で止められ、体力も根こそぎ奪い上げられ、気まで狂いそうで。
終わらせてほしい。
願いはしても、そのための言葉を出すこともできない。
懇願したところで、終わらせてくれるとも思わないけれど。それは土方さんが望む言葉ではないから。
けれども私は、この人が望む言葉を口に出すつもりは無い。この先、一生。
そう決めて。それでもたった一度でいい。思い出が欲しくて。
昨夜の事は、ただ一夜の思い出。それで終わるもの、だったはずなのに……
 
「忘れたとでも言うつもりか?」
 
耳に届く舌打ち。同時に視界が一転する。
目に入るのは、土方さんの顔。どこか酷薄な表情に、背筋に震えが走った。
忘れたわけじゃない。ただ、言えないだけ―――
もちろん、そんな言い訳が通用するとは思ってもいない。
 
「なら、思い出させてやろうか」
 
見下ろしてくる視線は冷たくて。
きっと仕事中はこんな目をしているのだろうと、場違いなことを思う。
けれども、そんなことを考えられたのは一瞬。
首筋を指先でなぞられ、ビクッと身体が跳ねる。
散々限界まで追い詰められた身体は、そんな些細な行為にすら過敏に反応してしまうらしい。
そのまま指先は、身体の線をなぞるように下へとゆっくり下りていく。
指の動きが止まると、今度は口唇が。同じように首筋をなぞり、辿り着いた先の鎖骨のあたりを強く吸い上げられた。
思わずあがる声。それが気に入りでもしたのか、何度もその周辺を舐められ、吸い上げられ。その一方で胸を痛いほどに揉まれ。
襲いくる快感に私の身体は跳ね、堪えきれない声があがる。
そして同時に沸き起こる疑念。それは次の瞬間、あっさりと確信へと変わった。
 
「ィやぁっ、ぁあっ、あぁん……っ!」
「イヤ? 昨夜もそう言ってよがってたじゃねーか」
 
いきなり胸の頂を吸われ、喘ぐしかできないその頭の隅で抱く確信。
―――これは、昨夜の行為の再現だ。
手の動きも。口唇の辿り方も。愛撫の仕方、何もかもが、昨夜のそのままに。
異なるのは、土方さんが今日は酔ってはいないということ。そして何度も達する寸前にまで追い上げられたせいで過敏になった私の身体。
たった一晩で散々なまでに快楽を教え込まれた私の身体は、触れられただけでも快感を見出してしまう。
昨夜以上に襲いくる快楽。荒れ狂う波に飲まれて、気が狂いそうになる。
嗄れた声で喘ぎ、次々と与えられる新たな快感を一つ残らず追い求め。
どろどろに溶けた中へ舌を差し込まれても、今は羞恥よりも快感が勝っている。
卑猥な水音に耳まで犯されて。昨夜は耳を塞ぎたくなったその音も、今日は快楽を煽る要素になっている。
いつの間にか差し込まれた指は、慣らす必要も無いほど溶けきっているにも関わらず、一本だけ。
昨夜の再現なのだとわかっていても、もどかしい。
―――きっと、私が諦めて何もかもを告白してしまえば、こんな風に焦らされることもないのだろう。
もういっそ、何もかも話してしまいたい。そして楽になりたい。
そう思う一方で、辛うじて一欠けら残っている理性が、それだけは駄目だと訴え続ける。
だって。立場が違いすぎる。
この人は真選組の副長で。私はただの通いの女中でしかなくて。名前も顔すらも覚えてもらっていない、そんな程度の存在でしかなくて。
愛してもらえるあてなんか、どこにも無いのに。
むしろ迷惑なだけだろう。私なんかに「好きです」なんて打ち明けられても。
だから私は決めていた。絶対にこの思いは口にすまいと。隠し通そうと。
拒絶されたが最後、立ち直れなくなりそうなほどに、好きだから。愛しているから。だから、言わない。私が、私であるために。
二本に増やされた指で中を掻き回されて、飛びそうになる理性。最後に残ったプライドが、辛うじてそれを繋ぎ止める。
 
「もう思い出しただろう? 言えよ―――どうして俺に抱かれた?」
 
指が引き抜かれ、代わりに比べ物にならないほどの熱と質量を持ったモノが入口にあてがわれる。
昨夜はすぐにも挿入られたソレが、今日は焦らすように入口をなぞるばかり。
実際、焦らしているのだろう。
私の返事を待って。私の口を開かせようと。
見下ろしてくる冷たい視線を、逃げる事も叶わずに受け止めて、考えてみる。
促されるままに話したら。私の本心を、想いを聞いたら。この人は、どんな顔をするのだろうか。
一笑に付すのだろうか。何も聞かなかったことにするのだろうか。
何にせよ、私が惨めな思いに駆られるのは間違いない。
この人の前で、そんなことには耐えられない。だから、言わない。お願いだから、言わせないで――― 
 
もう、何もかもが限界だった。
身体も、心も。
決して与えられないものに、追い詰められて。締め上げられるようで。
 
唐突に視界が歪んでぼやける。
どうしたのだろう。
わかるのは、ただ、これであの視線から逃れる事ができたと。
快楽を求めて疼く身体。じくじくと痛む心。それら私の身体と心を苛む苦痛に比べれば、それは些細な安堵でしかないのだけど。
どう足掻いても逃げられるはずがないのに、目を逸らすことすら許してくれなかった視線が見えなくなった今、一時だけでも平安が欲しくて、私は目を閉じる。
不意に、頬に触れる温もり。優しい、温もり。
それが手の形をしていると認識できたのは、けれども一瞬のことだった。
 
「ぁああんっ!! やぁっ、あぁああっ!!!」
 
突如として襲った激しい突き上げに、私は耐え切れずに悲鳴をあげる。
思わず見開いた目に、映るものは何もない。滲んだ視界では、何も捉えることができない。
今更に、自分が泣いていることに気付く。
その理由まではわからないけれど。理由を探る余裕など、今の私にあるはずもない。
身体を引き裂かれるんじゃないかと思うほどに、熱いモノが私の中を抉るように突き上げる。
最奥を何度も突かれ、気も狂わんばかりの快楽の波が、全身を駆け巡る。
一滴残らず快楽を搾り取らんとするかのように、土方さんを締め付ける私の内。
訪れる絶頂。真っ白になる視界。
ようやく満たされた瞬間だった。
ふっと、気が緩む。
視界は暗転し、意識も朧になっていく。
だから。
 
―――
 
私の名前を土方さんが呼んだように思えたのは、きっと気のせいなのだろう。
土方さんは私の名前なんて知らないはずだから。都合のいい幻に決まってる。
だから。だから―――
 
―――……」
 
その後に耳にした言葉も、幻。
でも、幻でも構わない。
心の奥底では願っていた夢。
心地よさすら感じる倦怠感を覚えながら、私の意識は夢という闇の中に落ちていった―――



<終>



10万HIT記念…って、もう11万も越えちゃってるんですけどね?
あらヤダ。いつの間に(ヲイ)
リク内容が土方さんでエロいのだったので、好き勝手書かせていただきました。
えー。続きってほどの続きではないのですが、一応、土方さん視点でちょろっと書いてしまいました。
気になる方は、こちらからどうぞ。
堂々と続けて書かないのは、続いてるくせに、一人称から三人称へ変わってて、据わりが悪いからです。
いや……そういうの、なんか気持ち悪いじゃないですか。
途中で人称変わるのってタブーだと思うので、堂々と置けません。だからこっそり……あと、短いしね。
ちなみに、エロくないので。そういう期待はしないでくださいまし。