最近、やけにがそわそわしている。
と思っているうちに、今度はお登勢の店へと毎日通うようになってしまった。
どういうことなのかと疑問に思い覗きに行くと、「なんでもないの!」と慌てた様子を見せる。
だが、取り繕ったところで隠せないものはある。
店に漂う、甘ったるい香り。
自他共に大の甘党と認める銀時が、その香りの正体に気付かないわけがない。
そして、数日後に迫っている毎年の行事。
二つが結びつくのは至極当然の結論。
嬉しさを隠し切れずニタニタと笑えば「銀ちゃん、気持ち悪いアル」との神楽の冷たい言葉。
だが、そんな言葉も気にならないほどに銀時は浮かれていた。
十中八九、はバレンタインチョコを作っている。
しかも銀時に隠そうとしているのは、それが他ならぬ銀時のための物だからに違いない。
誰よりも可愛くて可愛くて仕方が無い妹。
そのからバレンタインチョコを貰えそうなのだ。嬉しくないわけがない。
かくして、やけに上機嫌なまま数日が過ぎ―――
 
 
 
 
大人と子供の理想関係 〜義理も本命も真剣勝負!〜



 
「銀ちゃん。ちょっとお出かけしてくるね?」
 
が万事屋から出て行って数時間。
銀時は、不貞腐れた面持ちでパチンコに興じていたりした。
とは言え、その目は視点も定まらず、パチンコ玉が次々とはじき出されては消えていく様をただ呆然と眺めているのみ。
せっかくのバレンタインデーに何をやっているのか。
一抹の侘しさはあるが、それ以上に衝撃的な現実を目の当たりにしてしまったのだ。
が万事屋を出た折。てっきりお登勢のところにチョコを取りに行ったのだと思ったのだ。
待ちきれずに玄関を出て下を眺めていると、ややあってチョコが入っていると思しき紙袋を手にしたが出てきた。と思ったら、そのまま歩いていってしまうではないか。
どういう事なのかと、こっそりと後をつけていってみれば。
到着した先は、なんと真選組屯所。そして出迎えに出てきたのは沖田。
二言三言話すと、は手に持っていた紙袋を沖田へと渡し。そのまま屯所の中へと入っていってしまったのだ。しかも、沖田と手を繋いで。
その光景に、銀時の頭にイヤな考えが過ぎる。
もしかしてが懸命になって作っていたのは、沖田のためのチョコだったのではないか。
と言うよりも、それしか考えられないではないか。
にこにこと笑って手渡していたの表情といい、屯所内へと招き入れられていた事といい。
銀時が気付かないうちに、そんな仲に進展していたと言うのか。
ちっとも面白くない。
面白くないどころか、不愉快だ。
可愛い可愛い、それこそ砂糖漬けのような甘さで可愛がっている妹が、よりにもよって真選組のドS男に引っ掛かっているのだ。愉快になれるはずもない。
いっそ乗り込んで連れ戻そうかとも思ったのだが、その場にいる理由をに訊かれれば言葉に詰まるしかない。
もし銀時に後をつけられていたことを知ったら、はどう反応するだろうか。
怒りはしないだろう。だが、少なからずイヤな思いをするには違いない。下手をすれば、嫌われる原因の一端にもなりかねない。全国の娘を持つ父親がそうであるように。
 
「え。俺、お父さん? お父さんなワケ?」
 
そういえば、と銀時は思い返す。
以前も同じ思考に至ったことがあった。
記憶を辿れば、その原因は今回と同一人物。
との仲が気まずくなったりしたら、その原因は間違いなくヤツのせいだと銀時は確信する。
それ以前に、との関係を壊さないことが最重要課題ではあるのだが。
しかし十代前半の妹というのは扱いが難しいのだ。いや、が決して扱い難い妹というわけではない。むしろ従順素直で可愛らしく優しい自慢の妹で、男なら誰しも放っておかないような―――
 
「だからって俺のに手ェ出してんじゃねェェェ!!!」
「あ? あ、イヤ、その、スミマセン……」
 
隣に座っていた見知らぬ男の胸倉を掴み上げた銀時だったが、謝罪の言葉を聞きひとまずは手を離す。
とばっちりを食らった形となったその男は、びくびくとしながら銀時の様子を窺うが、当の銀時はそれを気にするどころではない。
が成長して、それで好きな男ができたというのなら、相手次第では許してやらないこともないだろう。多分。
だがそれはまだまだ先の話。
今のは幼い上に、よりによって相手が―――
 
「ざけんなァァァ!! なんで相手がドS王子なんだコノヤロォォォ!!!」
「すっ、スミマセンンンンン!!!」
 
再び隣の見知らぬ男に掴みかかると、男は泣きながら侘びを入れる。
その男を突き放してパチンコ台に向き直るものの、いつの間にか玉切れになっていたらしい。
手持ちの玉は空。つまり今日も負け。
ますますもって、面白くない。
今日は厄日かと舌打ちしながらパチンコ店を出ると、どういう偶然なのだか、ちょうど目の前を沖田が通りかかったところだった。
厄日どころの話ではない。今日は大殺界だ。
せめて気付かずに通り過ぎていってくれればよいものを、こういう時だけは妙に目聡いのだ。「旦那じゃねェですかィ」と沖田が足を止める。
イライラする心情に比例するように、ふつふつと銀時の内に沸き起こる殺意。
ああ、そうだ。の幸せを思うなら、今の内にいっそのこと亡き者にしてしまえばよいのではないか。
そんな思考すら過ぎるあたり、相当重症なのだろう。
銀時の胸の内には気付かないようで、沖田は「のチョコ、美味かったですねィ」などと話しかけてくる。
「俺は貰ってねェよ」と吐き捨てるように言うと、沖田が眉根を寄せる。
おかしい。
普通であれば、勝ち誇ったようににやにや笑われるのがオチであろうに。
何かあるのかと、銀時もまた眉根を寄せる。
 
「旦那……もしかして、昼前からずっと戻ってねェんじゃねーですかィ?」
「それがどうしたってんだよ」
 
嫌な予感がする。
違う。予感自体は嫌なものではない。嫌になるとすれば、それは自分自身のことか。
余計な行動を起こし、余計な思考を巡らせた。そんな自身に対して嫌気がさして。
けれども今は、自身にすら構っているどころではない。
沖田の話が終わるや否や、銀時は弾かれたように駆け出し―――
 
 
 
 
 
 
「あ、銀ちゃん! お帰りなさい!」
 
息せき切って玄関まで出迎えたは、いつものように笑っていた。
もう遅い時間だというのに、文句一つ言わず。ただにこにこと笑っている。
その手には、紙袋。
それは沖田へ持っていったものとはまた違った、一回り大きな紙袋。
あのね…ともじもじしていたのも束の間。思い切ったように、「はい!」とが紙袋を手渡してくる。
 
「バレンタインのチョコ! あのね。お登勢さんも総悟くんも美味しいって言ってくれたから、大丈夫だと思うんだけど……」
 
恥ずかしそうに顔を赤らめて。やや不安げな表情を見せながらの言葉は、自信が無さそうに次第にか細くなっていく。
銀時が戻ってくるまで、きっとそわそわしながら待っていたのだろう。今も緊張した面持ちで、銀時の言葉を待っている。
そんなが、愛おしくて仕方が無い。
 
『午前中、俺のところにがチョコ持ってきたんですけどねィ。旦那にあげたいけど、その前に味見してくれって』
 
俺は毒見役にされたんでさァ、と肩を竦めた沖田の意図はわからないが。
つまらない誤解と嫉妬で悶々と悩んでいたのは何だったのか。
受け取ったチョコを手に、わしゃわしゃとの頭を撫でる。
「ありがとな」と礼を言えば、は心底嬉しそうに笑う。
可愛い。本当に可愛い妹。
だから。
 
「んじゃ、一緒に食うか?」
「うん!」
 
もうしばらくは、この妹を独占していたい。
そう思ってしまうのは、兄心ゆえか。それとも―――



<終>



銀ちゃんがおバカです。そして沖田隊長が大人です(笑)
というわけで、バレンタインネタでした。珍しくすらすら書けた文章でございます。
やっぱりこのシリーズは書きやすいです〜。