大人と子供の理想関係 〜本当に大事なものはプライスレス〜



「明けましておめでとうございます」
 
今年もよろしくお願いします、と。畳の上に正座して改まって頭を下げるに、銀時もつい頭を下げてしまう。寝起きの布団の上という、何とも締まらない場所ではあったが。
顔を上げればはにこにこと笑っている。
そういえばと一緒に新年を迎えるのは何年振りであろうか。
それを思うとに対して申し訳なく思うものの、それでも今年はがにこにこと笑って側にいることを思うと、やはり嬉しくてならない。
まだ幼いのに文句一つ言わずに銀時を待っていてくれたのためにも、今年は存分に側にいてやろう。
新年の決意をそう固めたところで、銀時はふと違和感に気付いた。
違和感と言っても、極々些細なもの。間違い探しでもするかのようにぐるりと室内を見回したものの、答えは目の前にあった。
 
。その着物……」
「あ、あのね。お妙ちゃんがくれたの。昔着てたやつだけど、って」
 
ほんのりと頬を染めたのは、いつもと違う着物に気付いてもらえたためだろうか。
可愛い? と聞かれ、思わず銀時は頷く。は着物が可愛いかどうか聞いたのだろうが、普段よりも晴れやかな着物に袖を通して喜ぶの姿こそが可愛いと銀時は思うのだ。
だが理由はなんであれ、褒めてもらえてますます嬉しくなったらしい。破顔し、飛び跳ねるようにしてが立ち上がる。そんな様相は、年相応の子供らしくて微笑ましい。
 
「あのね! お登勢さんがおせち料理くれたの! 早くみんなで食べよう?」
 
そう言うと、はぱたぱたと居間へと走り出していってしまった。
その後ろ姿を見送って、それにしても、と銀時は溜め息をつく。
貰い物のお下がりの着物であれだけ喜ばれてしまうと、何やら不甲斐無い気持ちにさせられてしまう。
もちろんに何か意図があるはずも無く、素直に喜んでいるだけなのだろうが。
かと言って、高価な着物を買ってやるだけの金が銀時にあるはずも無し。
新年早々浮かない気分になりながらも、を待たせるわけにはいかないと銀時は着替えを済ませる。
そして居間へと出てみれば、目に入ったのはテーブルの上にところ狭しと並べられた重箱と、すでにして一心不乱におせち料理に取り掛かっている神楽の姿だった。
今までにもお登勢からおせち料理を貰ったことはあるが、ここまで豪勢だったことは一度たりとて無い。
これも効果だろうか。依頼で銀時たちが留守にする間、がお登勢の店の掃除など手伝っているらしいから、その礼も含まれているのかもしれない。
そのは、ソファに腰を下ろし、膝の上に乗せた箱の中身を確認しているところだった。
目に止めた銀時が一体何なのかと問うよりも先に、台所から茶を手に現れた新八が「宅急便、何だった?」とに声をかける。どうやらの膝の上に乗っている箱は宅急便で送られてきたものらしい。
それにしても正月からご苦労なことだ。勤勉な宅配員に感心しつつ、銀時はの横に腰を下ろす。が開けているということは、万事屋宛ての荷物だろうか。
何かいいものでも入っているかと銀時が箱の中を覗き込んだのと、が箱の中から包み布を取り出したのはほぼ同時か。
幾重にも包んであるらしいその布をは丁寧に解いていく。
そして最後に出てきたのは、硝子細工の簪だった。
硝子細工と言っても、硝子玉の中に金粉や縮緬で華をあしらったその細工は、繊細な彫りといい透かし具合といい、一見して安物などではないとわかる。
更に箱の中から手紙らしきものを発見したの隣で、簪を手に一体誰が送りつけてきたのかと銀時は思う。これは明らかに宛てだ。簪を差す人間などここには他にいないのだから。
 
「これ、『かるばん くれいん』の簪ですよ!?」
 
簪につけられたタグを見て驚きの声をあげる新八。それは知らない者などないほどに有名で、尚且高級なブランドだ。
のことを知っていて、尚且こんな高級品を惜し気もなく買える人間となれば……
 
「あ、これ晋ちゃんからだ!」
 
だが現実は常に想像の斜め上を行く。
手紙を読んだが嬉しそうに告げた呼び名は酷く懐かしいものではあったが、その人物自体は少しも懐かしくなどない。むしろどうしてお前が、などと突っ込んでやりたい。
呼び名だけではわからなかったのだろう。銀時の様子をいぶかしむ新八も、が差し出した手紙を銀時から回されて、同じように引きつった表情を浮かべた。
 
「ぎ、銀さん……何だってこの人が……」
「俺が聞きてェ……」
 
何故がここにいると知れたのか。
が迷子になった時の一件を知らない銀時は、それが不思議でならない。
だがもちろんはその点については気にすることなどなく、簪を眺めながら嬉しそうにしている。確かに陽光を受けて煌めく精巧な硝子細工は見目美しく、神楽ですら食べる手を止めて「キレイアル」とと一緒になって眺めている。
 
「銀ちゃん。これ、高くないのかなぁ……?」
 
としてはそちらの方が気になってしまうらしい。
散々綺麗だと嬉しそうに眺めてしまってから、これだけ綺麗なのだから高いものなのではないかという不安がの胸の内に湧いたらしい。
贈り物は嬉しいが、あまり高級な物では礼のしようがない。特になど、何ができる訳でもないのだから。
実際、高級ブランド品なのだが。
しかしが気付いていないのならば、真実を告げる必要はない。に気を遣わせることなど、高杉にしても本望ではないだろう。
勝手に解釈すると、銀時は笑いながらの手から簪を取り、その頭へと差してやった。
 
「アイツに、んな金なんかねェって。田舎帰った時に見つけた土産物だろ」
 
さりげなく取ったタグは、に見付かる前に処分するよう新八にこっそりと手渡した。
可愛いと褒めてやれば、安心したようにが笑顔を見せる。神楽も一緒になって「キラキラしててカッケェアル」と目を輝かせるものだから、ますます嬉しくなったらしい。
物欲しげな目を向けてくる神楽は無視することにして、銀時はに目を向ける。
晴れやかな着物を着て。可愛らしい簪を差し。豪華なおせち料理を口にし。
 
「オイ。そこの破魔矢どうした」
「あ、これね。総悟くんがくれたの。お仕事の時に神社の人に貰ったけど、二つもいらないからあげる、って」
「ご利益があるって噂の、先着10組限定のヤツらしいですよ」
 
さっきテレビでやってましたから、と新八が小声で付け加える。
今度は限定品ときたものだ。
ますますもって銀時は気落ちしてしまう。
誰も彼もからが愛されていること自体は構わないでもないが、だからといってこうもに物を贈られては兄である銀時の立つ瀬がない。これでは銀時がに着物一枚買ってやれず、豪華な食事もさせてやれない甲斐性無しと言われているようなものだ。
確かにおおよそ間違ってはいないのだが。
正月からドツボに嵌りこんでしまった銀時を、しかし神楽は気にも留めず、新八は処置無しとばかりに料理に手をつけ始める。
ただ、だけが。
 
「はい、銀ちゃん。おせち美味しいよ」
 
にこにこと笑って、小皿に取り分けた料理を差し出してくる。
いつだっては銀時のことを気にしてくれているのだ。今まで一緒にいられなかった分を埋め合わせるかのように、遠慮しながらもべったりとくっつきたがっているのが銀時にもわかる。
もちろんいつかはも兄離れをするのだろう。
だがその日が来るまで、にとっての一番が銀時であるならば、それでいいのではないか。
偽善的な考えだとわかってはいるが、正月くらいは偽善も許されるだろう。
 
「これ食ったら、初詣にでも行くか?」
「うん!」
 
出せる甲斐性などこの程度でしかないが、それでもは本当に嬉しそうに頷くものだから。
少しは気が良くなった銀時は、の手から小皿を受け取ったのだった。
正面で目を輝かせている神楽に初詣先でたかられるであろう未来は、敢えて見ない振りをしながら……



<終>



本年もよろしくお願いします。
ちなみにブランド名は気にしない方向で。ハイ。
わかる方だけわかってやってくださいませ。オンリーイベント開催決定祝いってコトで(どれだけ遠回しな祝い方なんだ)

('08.01.01 up)