てんきゆき



「あ、銀ちゃん、雪だよ!」
 
どことなく楽しそうなの言葉に窓の外を見やれば、確かに白く小さなものがいくつも舞っている。
雪にしては違和感を覚える、と感じたのも道理。外は快晴、とまではいかずとも、晴天であったのだから。
青空の下を舞う雪というのもおかしなものだ。だが窓際までやってきて納得する。遠くに見えるのは雪雲。きっと風に流れて雪がここまで届いたのだろう。
雪雲も決して広がっているわけではない。この雪は積もることなく消えることだろう。
それにしても晴天の雪というのも、なかなかオツなものかもしれない。
 
「なんか変な感じだよね。お天気なのに雪が降るのって。魔法みたい」
 
も子供ながらに不思議さを覚えているのだろう。だがそれよりも雪が降っていることが楽しいのか、にこにこと嬉しそうに外を見ている。
雪などそうお目にかかれるものでもない。晴天下の雪であれば尚更だろう。
 
「天気雨なら、『狐の嫁入り』っつーんだけどなァ。天気雪ってのは俺も初めてかもしんねー」
「てんきあめ?」
「晴れてんのに雨が降ってること。それを『狐の嫁入り』っつーんだよ」
「きつねさんがお嫁さんになる日なの?」
「そーゆーコト」
 
初めて聞いた話なのか、は興味深そうに銀時の話を聞いている。
なぜ天気雨を『狐の嫁入り』と言うのか。その理由まで問われては困る銀時だったが、どうやらはそこまでは気に留めなかったらしい。
 
「じゃあ今日は、誰がお嫁さんになる日なんだろうね」
「雪だからなァ。犬か? 喜んで庭駆け回るくれーだし」
 
だが化かし合いならば狸かもしれない。むしろこんな頓狂な天気には、そちらの方が相応しいだろうか。
窓の外を眺めながら銀時が一人で呟いていると、「じゃあ」とか細いの声がした。
 
「じゃあ……わたしがお嫁さんになれる日は、どんな天気なんだろうね」
「…………なに。嫁さんになりたい相手でもいるのか?」
 
聞き捨てならないの発言に、内心穏やかではない銀時。
できることならば、単に花嫁に対する憧れ故の発言だと思いたかったが、見下ろせばは俯いたままコクリと頷く。
相手はどこのどいつだ、と問い質してやりたい。ついでにその相手とやらを抹殺したい。
が、そこまでいっては流石に世間一般の兄が妹に対して持つ感情ではないだろうと、辛うじて言葉を飲み込む。胃が消化不良を起こしそうではあったが。
まったく、それもこれもこの頓狂な天気のせいだと、銀時は誰にともなく胸中で恨み言を吐く。雪など降らなければ、のこんな発言は無かったはずだ。
苛立ちを押し隠し、再び窓の外を食い入るように見ているの頭を撫でる。
舞い落ちる雪をさして「本当、魔法みたい」と口にするその横顔は、素直に感動しているようで、それでもどこか切なげにも見えた。
ああ、こんな表情もするようになったのか。
いつまでも幼いままだと思っていた小さな妹は、少しずつではあるがそれでも確実に大人へと成長しつつあるのだ。
そしていつか誰かと恋に落ちて、嫁ぐ日が来るのだろう。その相手が、今が望んでいる相手になるかはわからないが。
だが相手が誰であれ、十中八九気に入らないことは目に見えている。それ以前に、を手放すなど今の銀時にしてみれば以っての外だ。
世の兄や父親というものは、誰しもこんな気分を味わうのだろうか。それとも―――
それとも。
もし。
仮に。
今、頭の上に置いている手を動かして。
その肩を抱き寄せたならば。
小さな身体を抱きしめたならば。
何か、変わるのだろうか―――
手を離し、詮無い衝動に駆られたのはほんの一瞬。
未だ窓の外を見つめているをそのままに、銀時は窓辺から離れた。
を抱きしめることは、簡単なことだろう。おそらくもさして抵抗しないに違いない。それは普段と大差ない行為ではあるのだから。
だが行為自体は普段通りでも、そこに別の感情が伴えばどうなるか。
おそらく今後、を『妹』として見られなくなる―――と、そんな確かな考えがあったわけではないのだが。それでも、何かが決定的に壊れてしまう、そんな予感はしたのだ。
だから銀時は、耳にすることがなかった。
窓の外を祈るような瞳で見つめるが口にした、小さな小さな呟きを。
 
 
 
「こんな魔法みたいなお天気の日だったら……わたし、いつか……いつか、銀ちゃんのお嫁さんになれるのかな……」



<終>



……アレ? なんかオチが……オチがシリアス風味……

('08.02.26 up)