それは、もう何年も前の出来事―――
大人と子供の理想関係 〜優先順位は譲れない〜
「銀時。荷物が来てるぞ」
「気ィ利かせて飛脚に受取拒否ってこいよ、ヅラ」
「ほう。ならば俺が貰うぞ」
攘夷戦争の真っ只中。戦地に送られてくる荷物など、あるはずがない。
送られてきたとすればそれは、ろくでもないものと相場は決まっている。
心当たりの無いものには手をつけない。それが戦場においては常識だ。それは桂とてわかっているはずだ。
しかし、心当たりの無い銀時宛てに送られてきたものを貰いたがり、何より、「ヅラ」呼ばわりされても訂正しない。
どういう風の吹き回しだと、背を向けて寝転がっていた銀時が慌てて跳ね起きるのと、「銀時はのことがいらないようだぞ」という言葉が耳に届いたのは、ほぼ同時。
「え……」
「テメェッ!! を荷物扱いしてんじゃねーよ!!!」
桂の言葉ですでに涙をその目に滲ませているの姿が目に入るや否や、銀時は桂の元から引っ手繰るようにしての身体を自分の腕の中に収めてしまった。
可愛くて仕方が無い、小さな妹。
なぜこんな場所にいるかを問い質すよりも先に、ろくでもない男から取り戻すのが先決なのだ。
抱きしめて頭を撫でてやれば、それだけでの顔には笑顔が戻る。そこがまた銀時には可愛くてならない。
「それで? どうしてここに来たんだ?」
「あ、あのね。あのね……おばあちゃんが、お友だちと旅行にいくんだって」
の言う『おばあちゃん』とは、留守中にの面倒を頼んでいる老婆の事だ。
お世辞にも性格が良いとはとても言えないような老婆ではあるのだが、かと言って悪人だというわけでもない。単に性格が捻くれているだけであり、主にその被害を被るのは銀時である。にとってはむしろ『やさしいおばあちゃん』なのだから、何も心配するところはない。のだが。
銀時がの事を過剰なまでに心配しているのを知った上で、時折こういう行動に出られるのだから困る。
旅行だと言うのならば、も連れていけばいいだろうに。こうしてを置いていくのは、たまには大好きな兄と過ごさせてやりたいと思うへの親心が半分。残り半分は、戦場でを抱え込む羽目になる銀時を笑いたいという程度のものだろう。
勿論、銀時の傍にいれば何が起ころうともが怪我を負う事はないだろうとの信頼の上での行動ではあるのだろうが。
タチが悪いと、思わずにはいられない。だが仮に文句を言ったとしても、「なんだい。に会いたくなかったのかい?」とにやにや笑って言われるだけだ。それがわかるから、余計に腹立たしい。
しかしそれをに悟られると、気を遣われかねない。この幼い妹に。
いいように遊ばれているとは思う。亀の甲より年の功とは言うが、年の功で他人を手玉にとって遊ぶのだけはやめてほしいものだ。
「でもね、でもね。ほんとはここに来ちゃ、銀ちゃんのめいわくになるかな、って思って。だから、ひとりでおるすばんしようと思ったんだけど」
「案ずるな、。たとえ銀時が迷惑がっても、俺のところに来ればいつでも歓迎するぞ」
「近付いてんじゃねーよ、ヅラ。気持ち悪ィんだよ。って言うか俺がのこと迷惑がるワケねーだろ」
「ヅラじゃない、桂だ」
必要以上に近寄ってくる桂を手で追い払いながら、いつもと変わらぬ応酬をする。
が、の話には続きがあったらしい。「でもね」と遠慮がちに言葉を続けた。
「なんかね。ちっちゃい子にへんなことする人が出てあぶないからって。おばあちゃんが銀ちゃんのところにいなさいって言うし、それに、やっぱりこわくて……」
多分は、どういう危険性なのかよくわかっていないのだろう。それでも周囲が危険だと言うものだから、幼いながらにそれは嫌なものだと察しているのに違いない。
怯えたようにしがみつくの小さな身体を抱きしめながら、銀時は桂と顔を見合わせる。
詳しい事はの話からだけではわからない。だが要するにこういう事なのだろう。
近所に変質者が出没する、と。
何だってそんな時期に呑気に旅行に行くんだと、老婆を恨みたい気分にもなる。
だが考えようによっては、ここの方が安全なのかもしれない。いっそほとぼりが冷めるまでを手元に置いておきたい程だ。
一つ、問題があるとすれば。
「おお、! 来ちょうたが! 相変わらず可愛いのー」
「そこにいたらバカが移るぞ、。こっちに来い、おやつもあるぞ」
「たっちゃん、晋ちゃん!」
ここにも変質者がいるという事実だ。
桂を含め、計三名。を狙う危険人物という意味では、銀時にしてみればこの三人も変質者と大差ない。むしろこの三人の方こそ、が懐いてしまっているという点において危険度が高いとも言えよう。
銀時の腕から抜け出して二人へと駆け寄るの姿に、軽く殺意を覚えずにはいられない。勿論その殺意はに対してではなく、を手懐けた三人に対してのものだが。
の身を思えば、この場も決して安全とは言い難い。ならばどうするのが得策か。
答えは考えずともわかる。
呼べば、高杉から貰った飴を手には当然のように銀時の元へと戻ってくる。
その事にささやかながらも優越感を覚えながら、銀時はの身体を抱きしめる。不満そうな他三人の事など知ったことではない。
膝の上で大人しく飴を舐めているの頭を撫でつつ促せば、桂らも不承不承ながらも黙って周囲に腰を下ろす。おそらく絡みでなければ、これほど大人しく言う事を聞いたりはしないだろう。
「んで、このままだと俺のが危ねェワケだけど」
「一つ訂正させてもらおう。俺のだ」
「ヅラ、てめェも間違ってんだよ。危険なのは俺のだ」
「アッハッハッハッ! 確かに銀時の膝の上は危険区域じゃ、わしのには」
「誰がテメーらのだァァァ!!?」
隙あらばに構おうとする三人の手を払いのけながら、やはりここは危険だと銀時は再認識する。たとえ本人がそう思っていなくとも、だ。
これは早々に問題を解決しなければならない。出来る事ならば目の前の三人を今すぐ抹殺したいくらいだが、いくら何でもそれは流石に現実的判断ではない。何よりの目の前でそんな事ができるはずもない。
現実的判断として至極真っ当なものは。
「確かに銀時の傍も俺ののためにはならない。が、その前に近所を徘徊する変質者をどうにかすべき、という事であろう」
「あ? 変質者だァ? てめェら以外にもいたのかよ。ったく、よってたかって俺のに」
「そーかそーか、それは怖かったじゃろ。もう心配いらんきに、わしのトコへ来るぜよー」
「テメーらまとめて変質者だろうがァァァ!!!」
慌ててを抱く腕に力を込めた銀時が力の限りに叫ぶが、言われた本人らは欠片も気にした様子がない。そして腕の中のも、不思議そうに銀時の顔を見上げている。
やはり早々に片をつけなければならない。今ならば実害も最小ですむはずだ。
銀時の抱く殺意に気付いているのか気付いていないのか。どちらにせよ三人の態度が変わる事はない。
だがそろそろ真面目に話を進めるべきだと判断したのだろう。を構おうと差し伸ばした手はそのままに、至って真剣な表情となった。
「要は俺たちでその変質者をどうにかすれば良いだけだろう」
桂の言葉は、まったくもって銀時が考えていた通りのもの。他の二人にしたところで同じ考えだったらしく、同様に頷いている。
わかっているならば話は早い。しかしその手は邪魔だ。そう言わんばかりに払いのけたものの、素早く差し出された菓子をが嬉しそうに受け取っているのだから何にもならない。
知らない人間から物を貰うなとは言い聞かせてきたが、この三人からも貰うなと言い聞かせるべきだったのか。嘆いても後の祭であり、仮に今更ながらに言い聞かせたところでが納得しないだろう。
両手一杯に菓子を貰って嬉しそうにしているの頭を撫で、銀時は思わず溜息を吐きたい気分に駆られた。
だが悠長に構えている場合でもない。がいると気が緩んでつい忘れそうになるが、仮にもここは戦場。いつまでもを置いておくわけにはいかないのだ。
「手っ取り早い方法はソレだろうな」
「場所も場所じゃき、ここも危険じゃからのー。が早ぅ帰れるようにするぜよ」
の身が絡めば、ここにいる面子は一致団結する―――わけでもないが、それでも協力しあうことはできる。
かくてのためにと、行動を起こす事にした四人。のはずだったが。
「俺はここでの面倒見てるから、お前ら行ってこいよ」
「いや、の面倒を見るのは俺でいいだろう」
「バカかてめェら。俺の役だろ、ソレは」
「はわしが守ってやるきに。のー、?」
始まりから既にして協力態勢は崩壊していた。
まさかを、そんな変質者がうろついているかもしれない場所へ連れていく訳にはいくまい。ならばここに残すしかないのだが、その場合当然ながら面倒を見る人間が必要だ。
一体誰がここに残っての面倒を見るのか。
そんな重要且つ美味しい役割を、誰が大人しく譲るものか。それでなくとも、目を離した隙にに何をされるかわかったものではない。
確かに、変質者を捕らえるなり何なりすれば、から「すごーい!」と褒められるかもしれない。尊敬されるかもしれない。
だがそんな自己満足よりも、本人の身の安全が第一だ。
牽制しあう姿勢は変わらず、誰一人として妥協する者は出てこない。
膠着状態に陥る場。ただだけが、飴を舐めながら不思議そうに四人の顔を順に見回していく。
「ならは? 誰と一緒に留守番したい?」
この膠着状態を解くには、やはりだろう。
そう判断した銀時は、膝の上に抱えたままのに問いかける。
が決めた事ならば、誰も文句を言わないに違いない。そしてが選ぶのは自分だと、そんな自信が銀時にはあった。
何せ兄だ。誰が何と言おうとも兄なのだ。相応しくないと言われようとも兄は兄であるし、とて銀時のことが一番好きなのだと。そう信じている。と言うよりもそう願っている。もし違っていたらこの先一ヶ月泣き暮らすこと請け合いだ。
銀時の顔を見上げきょとんと目を瞬かせただったが、すぐにはにかんだ笑顔を浮かべる。
そんな笑顔を向けられては、期待せずにはいられない。四人が注目する中、が恥ずかしそうに小さな口を開いた。
「みんなといっしょじゃ、だめ?」
可愛い可愛い、目の中に入れても痛くない程に溺愛している妹に「だめ?」と聞かれて、「ダメだ」と言える兄が果たしてこの世にいるであろうか。
当然ながら銀時も、に冷たくそんな事を言えるはずもなかった。そして桂、高杉、坂本の三人にとってもそれは同様で。
何かに騙されているような気分に陥りはしたものの、がそう言うのだから仕方が無い。
それに変質者と対峙するよりも、可愛らしいと遊んでいる方が余程いいに決まっている。
変質者の存在など、いつしか忘却の彼方。銀時でさえ、がすぐ傍にいて笑っているならそれでいいか、とまで思えてきたその数日後。
旅行から戻りを迎えに来た老婆が、呆れた面持ちで言い放った。
「揃いも揃って何やってたんだい、この役立たず共」
不審者一人片付ける事もできないようだね、と続けられた台詞から、どうやらをダシに変質者退治をけしかけられていたらしいと知れる。
確かに当初は、その思惑通りに事が運びそうだったのだ。だが計算外だったのはの可愛らしさであって、が可愛い事についてはまったくもって罪は無いのだから、責められる筋合いもどこにもないだろう。
などと言ったところで馬鹿にされる事はわかりきっていたものだから、銀時は黙っていることにした。反論したところで最終的には言い負かされる事は目に見えている。の前でそれはあまりにも情けない。
他の三人も思いは同じなのだろう。物言いたそうな表情を浮かべながらも、それでも結局誰も何も言わない。
馬鹿にしきった表情の老婆と、不自然に視線を逸らす四人の男。
そんな大人たちが不自然に落とす沈黙の下で、ただだけが不思議そうに彼らを見回していたのだった。
<終>
単に小さい頃の話が書きたかっただけです。
ここまでバカじゃないよコイツら、と思いつつも、でもこれだけバカでも面白いよな、とうっかり考えてしまいます。
('08.06.07 up)
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