大人と子供の理想関係 〜臭いモノには蓋をしろ〜
泣く子も黙る鬼兵隊―――などという風評があるかどうかはともかくとして、過激派として知られる攘夷浪士の集団。当然ながら、強面が揃っている。
そんな彼らの前に、幼い少女が一人。腕に包みを抱えて、怯えたように立ち竦んでいた。
彼らにしてみれば、別段凄んでいるわけでもなく、怯えさせたいわけではない。
何せ目の前の少女は、鬼兵隊を率いる高杉晋助が「泣かせたら殺すからな」と言うような存在である。噂では、攘夷戦争で高杉と共に戦ったあの白夜叉の妹だという話もあるが、真偽は定かではない。
そんな真偽よりも重要なのは、目の前で怯えている少女をどうにかして宥めることである。
もし怯えたまま高杉に泣きつかれようものなら、本当に殺されかねない。
だから男たちは必死になって少女に優しい言葉をかけるのだが、普段出さない猫撫で声が不気味で、それが逆にますます少女を怯えさせる。
まさに八方塞。このままでは確実に死の宣告が下される。むしろ男たちの方こそ泣きたい気分だ。
しかし天とは慈悲深い存在らしい。
「ちゃんじゃないっスか!」
「お姉ちゃん!」
姿を現した来島また子に、少女―――が嬉しそうに顔を輝かせて駆け寄る。
これで自分たちの生命の危機は免れたと喜ぶ浪士たち。
一方でまた子も密かに喜んでいたりした。初対面の時は怯えられるだけだった自分が、今では「お姉ちゃん」と懐かれている。
素直で純粋な少女に無条件に懐かれて、嬉しくない訳がない。を可愛がる高杉の気持ちが、今のまた子にはよくわかった。確かにこれは癖になる可愛らしさだ。
勿論、当の本人であるはそんな事を知る由もないだろう。自分が知っている人物が現れた、それで安心しただけに過ぎない。
「今日はどうしたんスか?」
「あのね。この前、晋ちゃんに動物園に連れて行ってもらったの。でも色々迷惑かけちゃったから、これ……」
ケーキ作ってきたの、と語尾が尻すぼみになったのは、ケーキを喜んでもらえるか不安だからであろうか。
普段の高杉であれば、そんなもの歯牙にもかけないであろう。
だがが作ったケーキとなれば話は別だ。それはもう喜んで受け取って食べるに違いないと、また子にも容易く想像ができた。その図はあまり想像したくないものではあるのだが。
それにしても、なんと他人に気を遣う少女だろうか。感歎と呆れが入り混じった視線をまた子はへと向ける。
が高杉と、そして兄である銀時と動物園に行ったのは知っている。何せ後をつけていたのだから。結局尾行はバレていたのだが、それに対する咎めは一切無かった。
それはともかく、見ていたのだから全て知っている。が何ら迷惑をかけていなかったことも。唯一挙げるならば、攘夷浪士に人質として拘束されたことであろうが、あれは全く以っての責任などではない。それでもは気に病んでいるのだろう。
ああもう、と溜息を吐きたくなる。高杉の心境がまた子にも本当によくわかる気がした。
まだ幼いのに、これほど周囲に気を遣って。当人はまるで悪くないのに、それどころか怖い思いをしただろうに、責任を感じたりして。
可愛くて健気で痛々しくて。守ってやりたい。甘やかしたい。とにかく可愛がりたい。
おそらく周囲の誰もが、そう思ってしまうのだろう。そんな空気をは纏っているのだ。勿論、本人は気付いていないのであろうが。
妙に納得し、そして自身もそう思ってしまっているということを自覚し、また子は思わず苦笑する。似合わない感情と思っても、それが嫌だとは決して思えない。
「晋助様もきっと喜ぶっスよ」
「そう、かな?」
「当たり前っス。じゃあ晋助様を呼んでき―――」
「!」
呼んでくる必要も無かった。
偶々なのか、或いはの存在を嗅ぎつけたのか。後者であれば空恐ろしいが、ありえないとは言い切れない。が、できれば前者であってほしいとまた子は祈りたい気分だった。祈ったところで現実が変わるわけでもないのだが。
今この瞬間また子にできることは、物凄い勢いで高杉から視線を逸らすこと、そして周囲にいる仲間を追い払うことくらいであった。
を前にした高杉の満面の笑みなど、正直恐ろしくて見られたものではない。そしてそれを他の仲間に見られようものなら、下手をすれば隊内の士気にも関わる。
呆然としたままの彼らを手で追い払えば、命だけは助かったと理解できたのか、男たちはそそくさとこの場から逃げ去っていった。
できることならばまた子もこの場から逃げたいが、自分が逃げては取り返しのつかない事になりそうで、辛うじてその場に残っていた。何が「取り返しのつかない事」なのかは考えるのを放棄したが。
その間にも、が恥ずかしそうに差し出したケーキを高杉が受け取っていた。きっと満面の笑みを浮かべて。怖くて高杉に視線を向けることはできないが、そうであろうことは想像がつく。
「どうせだからも食ってくか?」
「でも、晋ちゃんのために作ったケーキだし……それに帰るの遅くなっちゃったら、銀ちゃんが心配するから」
おそらく前半の言葉だけを噛みしめているに違いない。
精神衛生上、高杉の表情が見えない位置を選んで立ち、何となくまた子はそんな事を思う。
は誘われたことが嬉しかったのだろう、困ったような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべていた。「お姉ちゃんの分もあるから食べてね?」とまた子にまで気を遣いながら。
ああもう、本当に可愛くて仕方が無い。こんな妹が欲しかった。まさに理想的な妹。とは、実際の妹ではないからこそ思えることなのだろうか。
「ならケーキは晩飯の後に食べるからな。家まで送ってやるよ。それから―――」
言いながら高杉は、受け取ったケーキの包みを下に置くと、傍にあった大きな袋を手に取る。
屈みこんでと視線の高さを合わせながら、高杉がその袋から取り出したのは、大きなウサギのぬいぐるみだった。
瞬間、また子は確信する。高杉がこの場に現れたのは、単なる偶然ではない。でなければ、あんなものを偶々持っていたりするものか。
それはつまり、高杉がの存在を嗅ぎつけたがために現れたという事になるのだが、それよりも恐ろしいのは、どうやってあのぬいぐるみを高杉が手に入れたかという点である。まさか自分自身で買ったとは思いたくはないが、その可能性は無きにしも非ず。また子はそれ以上考えるのをやめることにした。
「この前の動物園は、怖い思いさせて悪かったな」
「え。で、でも、晋ちゃんのせいじゃないよ! それにわたしの方が、晋ちゃんに迷惑かけ」
「迷惑なんかじゃねーよ。いいから貰ってろ。動物園の土産だと思っとけ」
「……うんっ! ありがとう、晋ちゃん!!」
渡されたウサギのぬいぐるみを抱いて、は礼を述べる。遠慮してはいたものの、欲しかったのだろう。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
またその笑顔が可愛らしくて。何かを予感して、また子は携帯を取り出すとパシャリとシャッターを切る。
撮影した画像を確認すれば、咄嗟にしては上々の出来。画面の中でが無邪気に笑っていた。
「……あとで俺に回せ」
「……了解っス」
予感は的中。
ここに来て色々と諦める事を覚えたまた子は、に顔を向けたままの高杉の言葉に素直に頷く。
諦めたら、やるべき事は一つ。高杉が望むことを予見し、実行するだけだ。ただし、に害の無い範囲で。とりあえず写真くらいならば大丈夫だろう。
何か間違っている気もするが、気にしないことにした。気にしてはこれから先、高杉にはついていけない気がする。要は、と一緒の時だけ、色々と見ないフリを決め込めばいいのだ。
高杉が差し出したケーキの包みを受け取って、また子はそう決心する。精神衛生のためにも、それが一番だ。
「お姉ちゃん、ばいばい!」
手を振るに、ケーキを片手にまた子も手を振り返す。とても無邪気で健気な可愛らしい少女。誰が彼女を責めることなどできよう。実際、は何もしていないのだから。だとすれば問題なのは、周囲の感覚なのか。
高杉に手を引かれて歩いていくその後姿を見送りながら、また子に出来る事は、深々と溜息を吐くことだけであった。
<終>
銀さんと同様、高杉もなんかよくわからないセンサーとか持ってるといい。
んで、ヒロインが現れると色々放り出して駆けつけてくるといいw
そんなこと考えてるものだから、高杉のイタさ加減が進行してます。スミマセン。
('08.08.23 up)
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