餅は餅屋に、プレゼントはサンタに
「だから何でメンコなんだよ!? オメーら去年から1ミリたりとも成長してねェじゃねーか!!」
「うるせーな! 今年はメンコブームが来ると思ったんだよ!!」
夜更けの街の片隅で。
一体自分は何をやっているのかと、銀時は頭を抱えたくなっていた。
サンタクロースと怒鳴り合い。だがそんなことで何が解決するわけでもない。
今日はクリスマスイブ。世の中の子供たちはサンタクロースからのプレゼントに思いを馳せ、親たちは今宵だけは我が子のためにサンタクロースに扮してプレゼントを枕元に置く。
楽しみにしているのはも同じで、数週間も前からにこにこと「サンタさん、今年は来てくれるのかな」と期待の目で銀時に話しかけてきた。
ただしが他の子供たちと違うのは、本気でサンタクロースの存在を信じているという点だ。
世のすれた子供はサンタクロースの正体を知っているというのに、はどうやら本当に信じているらしい。我が妹ながらなんて純真で可愛いのかと銀時が悶えたのはさておいて。
これはもう、是非ともプレゼントを枕元に置いてやらねばならない。
そう決意したのはいいものの、肝心要、が欲しがっている物がわからない。
聞き出そうとしても、「サンタさんがくれるまで、ひみつ」と教えてくれやしない。悪戯っぽく笑ってそんなことを言うも確かに可愛いが、これでは一体何を用意すればよいのやら。
わからないまま、いつの間にやら今日はクリスマスイブ。
結局、何の案も浮かばないまま、イブの夜を銀時はぶらぶらとアテも無く歩いていた。
周囲は帰宅を急ぐ人間や、楽しげに笑い合うカップルばかり。特に後者は見ていると苛々してくるが、しかしを喜ばせるためなのだから仕方が無い。
何やかんやで、は何を貰っても喜ぶだろう。
そんな素直で可愛らしいの性格に甘えるのは兄として不甲斐無いばかりだが、来年こそはと気合を入れ。さしあたって今年のプレゼントを物色していたのだ。
その最中に、いつぞや出会ったサンタクロースとトナカイを見つけたのは偶然か必然か。
ちょうどいいとばかりに声をかけたまでは良かったのだが―――
「あークソ。お前らに一瞬でも期待した俺がバカだったよ! 俺のバカ! 数分前の俺のバカヤロー!!」
「って言うか、前回のアレでよく俺らに期待したな、アンタも」
「うるせェんだよ! ウマとシカの合いの子みてェなツラしやがって!!」
「バカって言いたいのか!? バカって言いたいんだろテメー!!」
実際バカだろ、と銀時は思わずにいられない。
前回のけん玉といい、何をどう予見したら今年のブームがメンコだと思うのか。この飽食の時代にそんなものが流行る訳がない。
何よりそんなもの、如何なでも喜ぶはずがない。喜んでみせたとしても、内心ではガッカリするだろう。可愛くてならない妹に、そんな思いをさせてたまるものか。
さてどうするかと悩んだところで、正真正銘のサンタクロースが持っているものはメンコ。それ以上でもそれ以下でもない。
「よし。お前ら黙ってウチに来い」
「来いってお前、俺たちには子供たちにプレゼントを配るという使命が」
「他所のガキよりうちの! 本気でサンタ信じてる俺の無邪気で純真無垢でいい子な妹を喜ばせてその笑顔目に焼き付けて帰れ! ムチャクチャ可愛いから!!」
「何その偉そうな態度。それよりお前、妹なんていたの」
「しかもシスコンか」
「シスコンじゃねェ! 人よりちょっと妹に対する愛情が深いだけだっつーの!!」
プレゼントが無ければ、サンタクロースそのものをにプレゼントしてやればいい。本気でサンタの存在を信じているのことだ。きっと喜ぶに決まっている、
どんなシチュエーションが一番を喜ばせられるだろうか。そんなことを考えながら銀時は、渋る二人を半ば引き摺るようにして万事屋へと戻ってきた。
もう夜も遅い時間。は眠ってしまったろうかと思っていたが、外から見ると部屋の明かりが煌々と点いている。
夜更かししては駄目だと言い聞かせているのだが、まだ起きているのだろうか。
「オイオイ。夜更かししてる子供のどこが『いい子』なんだよ」
「うるせーな。そんだけサンタが来るの楽しみにしてるってことだろ」
多分そうだ。きっとそうだ。
家を出る時に、帰りは遅くなるから先に寝てろと言っておいたのだ。素直なが銀時の言いつけを守らないはずがない。
言いつけを破ってでも、サンタクロースを待ちたいのか。ああ、なんて純粋な妹なのか。
「可愛いだろ。今時、本気でサンタ信じてる子供なんて滅多にいねーよ」
「アンタとは正反対だな」
トナカイのツッコミは無視して、銀時は足音を忍ばせこっそりと家の中へと入る。
起きているなら好都合。夜更かしの件には目を瞑って、このままサンタクロースとトナカイを部屋に押し込んで驚かせてやろうか。
まずはの様子を窺おうと、そっと戸を開けるものの、どうやら事務所にはいないらしい。代わりに、奥の部屋からぼそぼそと話し声がする。
「―――から、もう寝るアルヨ。夜更かしは美容の大敵アル」
「でも……もうちょっとだけ、待ってるよ。神楽ちゃんは先に寝ててもいいよ?」
耳を立てると、襖越しに聞こえてくる会話。どうやら神楽も起きているようだ。
そういえば神楽はサンタクロースの存在をどう思っているのか。場合によっては、この状況に彼等を押し込めば、神楽からは冷ややかな視線をぶつけられそうだ。
だがこの際、神楽の反応は置いておくことにする。肝心なのはで、神楽が寝ようと言ってもはまだ起きているつもりらしい。どれだけサンタクロースを楽しみにしているかがよくわかる。
いっそ「早く寝ないとサンタは来ない」とでも言っておけばよかっただろうか。今更思っても後の祭り。このあたりは来年の課題だろう。
寝ようとしないに、神楽は付き合うつもりなのか。寝ると言っておきながら動く気配はない。更に会話は続く。
「仕方無いアル。私も付き合うネ」
「……いいの?」
「残して一人じゃ眠れないアル。それもこれも、あの天パのせいネ!」
「銀ちゃんは悪くないよ。私が勝手に待ってるだけだもん」
くすくすとの笑い声が聞こえてくる。
どうしてそこで自分のせいにされるのかと腹立たしく思ったのも束の間。続く会話に銀時は言葉を失うことになった。
「どうせヤツは遊び歩いて朝帰りに決まってるネ。待ってても損するだけヨ」
「うん……でも、もし夜中に帰ってきたらね。真っ暗なおうちに入るのって、淋しいと思うの」
だから銀ちゃんのこと、できるだけ待っててあげたいの。
そう、は一体どんな顔で口にしたのか。
襖越しに見えるはずもないその表情を思い浮かべ、銀時は何とも言えない気持ちになった。
が言いつけを破ってまで夜更かしをして待っていたのは、サンタクロースではなかったのだ。銀時の帰りを待っていてくれたのだ。
今すぐ駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られながらも、これはどうにでもを喜ばせなければと、半ば使命感にも似た思いを銀時は抱く。
だが悩む間も無かった。
突然、両側から襟首を掴まれたかと思うと。
「ちゃーん!」
「メリー・クリスマース!!」
「ぬをぉっ!!?」
開かれた襖の間から、サンタクロースとトナカイの手によって銀時は部屋の中へと突き飛ばされていた。
予想外の展開に、抵抗する間も無かった。無様に転げ込む銀時に、炬燵に入っていたと神楽が目を瞬かせる。こちらもまた予想外の出来事についていけていないのだろう。
「お前ら、誰アルか」
至極冷たいツッコミが、神楽の口から漏れる。
が、いつの間に用意してあったのか、「いい子にケーキを配るおじさんだよ」「マジでか!」とトナカイが神楽にケーキの箱を差し出したおかげで、こちらは一件落着。
そしては。
「サンタ、さん…?」
「そうだよ、ちゃん。お嬢ちゃんが欲しかったのは、このまるでダメなお兄ちゃん略してマダオで良かったかな?」
「マダオとか言うんじゃねェェェ!!」
「え…う、うんっ!」
「って、も頷かないでお願い銀さん泣いちゃうから!!」
部屋に転がされた時に打ち付けた鼻を擦りながら、涙目になるのは痛みのせいかサンタとの会話のせいか。
だが更なる抗議をあげるよりも早く、炬燵から飛び出したが銀時へと抱きついてきた。
「お帰りなさい、銀ちゃん!」
「お、おぅ。ただいま、」
「ありがとう、サンタさん!」
「いいんだよ。喜んでもらえたら、それが一番だよ」
銀時を差し置いて、とサンタの間で会話が成立している。
一体どういうことかと訝しむ銀時の目の前に、トナカイが突きつけてきたもの。それは、子供たちの名前と顔写真、そして欲しいものが書かれた名簿だった。
開かれたページには「坂田」の名前と住所、顔写真。そしてその下に書かれているのは、がサンタクロースにお願いしたと思われる「欲しいもの」。
驚いた銀時が視線を上げると、サンタクロースがにやりと口の端を上げる。サンタクロースという子供に夢を与えるはずの存在にしては似つかわしくない、どこか意地の悪い笑みではあったが、それでもサンタクロース。を喜ばせたかったという思いは本物だったのだろう。実際、腕の中に目をやると、はこんなにも喜んでいる。
してやられたという思いと、結局が本当に欲しがっていたものに気付けなかった不甲斐無さ。
何やら悔しささえ感じるが、相手は腐ってもサンタクロース。実のところ最初から何もかも知っていたのではないかと再度視線を上げたが、しかしその時にはサンタクロースもトナカイも、部屋のどこにもいなかった。
いつの間に消えたのか。目を離したのは一瞬。まるで煙のように消えてしまった二人に、その存在は夢か幻だったのかと思えてくる。
「どうしたの、銀ちゃん?」
「……いや。クリスマスもいいモンだと思ってな」
不思議そうに見上げてくるに誤魔化すようにそう答え、銀時はその頭を撫でてやる。
だが確かに、悪いものではない。
がサンタクロースに願ったもの。それはある意味では、銀時が願っていたものと同じもの―――「銀ちゃんとずっといっしょにいられること」という、プレゼントとは言えない、他愛の無い願い。
何やら銀時までサンタクロースからクリスマスプレゼントを貰ってしまったような気になる。
「って、神楽ァ! 一人でケーキ食ってんじゃねェェェ!!」
「心配無いアル。の分は残してるネ」
「俺の分が無ェじゃねーか!!」
「私の半分あげようか?」
「見てみろを! なんでお前にはこの優しさの半分も無ェんだ!?」
「なんで銀ちゃんの糖尿に気を遣った私の優しさの半分も気付かないアルか」
「あ、そうだったんだ」
「も納得しないでお願いだから!!」
時にはこんな少し不思議な夜があっても良いのだろう。
賑やかに更けていく夜。
窓の外、微かな鈴の音が聞こえるような気がした。
<終>
神楽と二人、炬燵に入ってお喋りしてる図って、なかなかに可愛いだろうなぁ。とか何とか。
話とまったく違うところで萌えてしまったバカな管理人でした。
('08.12.24 up)
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