大人と子供の理想関係 〜世は全て事もなし〜
には誕生日がない。
正確に言うならば、の本当の誕生日を銀時は知らない。
しかし、だからと言って知らぬ存ぜぬで通す訳にはいかない。表向きは兄妹となっているのだ。銀時がの誕生日を知らないのはおかしいし、祝ってやらないのも奇妙だろう。
だからと言うべきか。暫定的にではあるが、銀時はを拾った日を誕生日と見なしてきた。生まれて間もない状態だったのだから、然程の差違は無いだろう。
誕生日など節目に過ぎない。さえ喜べばそれでいい。
今日はの誕生日―――銀時がと出会った日。そう考えれば祝うのも悪い気はしない。むしろ楽しい気さえする。はずなのだが。
新八と神楽はいい。にしてみれば家族同然。二人を排除するのは気が引けるし、大勢に祝ってもらえるのはも嬉しいだろう。
だが物事には限度というものがある。
手始めは、お登勢だった。着物と、たまが作ったという機械仕掛けのオルゴールを、誕生日祝いだと持ってきた。
その次は坂本。普段のボケを如何無く発揮して町内を彷徨っていればよいものを「のいる場所を間違えるワケにいかんからの〜」などと迷わず辿り着かれてしまった。
「たっちゃんも一緒にケーキ食べよ?」
「すまんの〜。すぐに戻らんと陸奥に怒られるんぜよ」
プレゼントを渡すだけ渡し、頭を掻きながら笑う坂本の、珍しくも空気を読んだかのような発言に、銀時は内心安堵した。の背後から「帰れ! 空気読め!!」と全身全霊をかけて念じていたおかげかもしれない。
だが、調子良く事が運んだのはここまでだった。
「、今日は誕生日だったな」
「こたちゃん!」
指名手配犯が来るんじゃねェェェ!!
という銀時の心の叫びは、しかし誰に聞かれることもなかった。
誰に促された訳でもないのに勝手に上がり込んできた桂を銀時はいっそ殴りたかったが、がその隣でにこにこと笑っている以上、それは叶わない。邪魔とは言え、それはあくまで銀時にとっての話。にしてみれば、祝ってくれる人間がまた一人増えて嬉しいばかりだろう。
「これはプレゼントだ。良かったら着て見せてくれないか?」
「あ、うん。こたちゃんも着物なんだね」
何気無くが口にした言葉に、桂はやや眉根を寄せる。だがお登勢からは着物、そして坂本からは可愛らしい帯を貰ったにしてみれば、つい口に出てしまったのだろう。しかしそれは不満から出た言葉ではなく、単なる事実を口にしただけ。着物が増えてむしろは素直に喜んでいるのだが。
「これだから男共はセンスが無いネ。同じ物ばかり贈っても印象薄くなるだけアル。女の気を引きたいなら酢昆布一年分くらい用意してみるヨロシ」
「なに!? そうだったのか!?」
「それはお前限定だろうが」
「ちゃんは何を貰っても素直に喜んでるよ」
神楽の言葉を間に受ける桂と、そんな二人に呆れの面持ちを浮かべる銀時と新八。
だがそんな会話を交わしつつ、が着替えたらさっさと桂にご退場願おうと銀時は考える。せっかくのの誕生日。銀時とが出会った日。いわば記念日とも呼べる今日くらい、他の誰にも邪魔されず過ごしたいという思いが銀時にはあるのだ。
しかし現実とは往往にしてままならないものである。
「こたちゃん。こんな感じでいいの?」
「おお! やはり似合っているな!!」
「…………」
「…………」
「…………」
恥ずかしそうに着替えてきたに、桂は絶賛。そして銀時、新八、神楽の三人は。
『何やってんだテメェはァァァ!!?』
一斉に桂を殴り付けた。
「ちょっ、桂さん! いくら何でもこれは犯罪ですよ!?」
「ヅラァ。に何させるつもりアルか。変態か? 変態行為アルかゴルァ!!」
「どいてろ、新八、神楽。俺が細胞単位まで消滅させてやらァ」
奥の部屋から出てきたが着ていたのは、色だけならば黒と白が基調の、地味な取り合わせの着物。
だがその形が地味どころの話ではない。膝丈までの裾がふわりと拡がり、その下からレースが覗いている。襟合わせや袖口にも施されたレース。金糸が縫い込まれた帯に、赤い帯紐が全体を引き締めている。極めつけは、レースに縁取られた白い小さな前掛けと、頭上で揺れるレース。
一体に何を求めているのかと、を可愛がる三人が殺気立つのも当然と言えば当然の話。
普段であれば他二人を引き止める役割に回る新八ですらも一緒になって、桂に殴りかかる。
おかげで、その時インターホンが鳴ったことも、が玄関に出たことも誰一人気付かなかった。バタバタと乱暴な足音が部屋に駆け込んでくるまで。
「テメェら、に何てことしやがる!?」
『それはこっちのセリフだァァァ!!』
新たに現れた人物に、部屋にいた全員が即座に言い返した。
現れたのは高杉晋助。しかもを抱き上げた状態で。狭い室内、抱き上げる必要がどこにあると言うのか。だがはいつものことと慣れてしまっているのか、大人しく抱かれるままになっている。それが銀時には面白くない。
「大体、何でテメェが抱いてんだよ。いいから下ろせ」
「あァ? がいたら抱っこするのは当然だろうが」
「どこの常識だそれは!?」
「そうだ! その常識は我が家限定だ!!」
桂に続いた銀時の反論には、しかし冷たい視線が返ってきただけであった。
ともあれ、一先ずは満足したらしい高杉は、ようやくを床に下ろす。と同時に、手にしていた紙袋を手渡した。
「、誕生日おめでとうな。プレゼント、良かったらここで着て見せてくれるか?」
「うん、ありがとう、晋ちゃん!」
また着物か。
一同、胸中で突っ込むものの、受け取るが嬉しそうにしているのだから構わないのだろう。
だが一方で銀時は、全員が全員して着物の類いを贈りたくなるほど、の着物は古ぼけて見えるのだろうかと、少なからず衝撃を受けずにはいられなかった。
新しい着物が欲しいとは一言も口にしなかったから、気付きもしなかったが。これでは兄失格だろうか。
「どうかな。似合う?」
「あぁ。よく似合―――っ!?」
『何やってんだテメェはァァァ!!?』
だが人間失格よりは確実にマシであることだろう。
着替えて姿を見せたに満足する高杉の頭を、他四人が一斉に殴り付けた。
うって変わって、今度は桜色の着物。
だがこれもまた普通の着物ではない。襟合わせから控え目に覗く白いレース。裾はふわりと円形に広がる。頭上には着物と同布のリボンが揺れ、白い靴下が膝上まで細い脚を包んでいる。甘い甘い、砂糖菓子のよう。しかし小花を散らした黒い帯と濃いピンクの帯締めが、甘過ぎない仕上がりにしている。
確かに似合っている。確かに可愛い。だが送り主を考えると、そこには犯罪臭さが漂う。
「やっぱりにはこの色だろ」
「いや、俺の『めいどさん』風も良かったぞ」
「お前らバカアルか。は何着ても似合うに決まってるネ」
神楽の言葉に、高杉も桂も頷いている。
ことの可愛らしさについては、二人共に異論は無いだろう。それは勿論、銀時にも異論は無い。
しかし、それとこれとは別問題。可愛ければ、似合えば何を着せてもいい訳ではない。指名手配の罪状にロリコンも加えてもらえないものかと銀時は本気で悩む。
を取り囲んでしきりに褒めそやす三人と、その横で抹殺計画にまで思考が至る銀時。またもや鳴ったインターホンに気付いたのは、新八だけであった。
だが、応対に出た新八の制止も無視して部屋に上がり込んできたのは。
「! 誕生日―――」
「総悟くん!」
おめでとう、の言葉を沖田が継げなかったのは、偏に反応に困ったからにすぎない。
ロリータ調の着物を着ているもだが、こちらは似合っているから良しとしよう。それよりも捨て置けないのは、を囲んでいる面子に桂と高杉がいる事だ。
この二人が並んでいるのも奇怪ならば、揃ってここにいることも解せない。普段であればどんな状況であろうともバズーカを打つなり斬りかかるなりするところだ。
だが今日は。
「総悟くん?」
「あ、イヤ……そちらさんは?」
「あのね。こたちゃんと晋ちゃん。あ、総悟くんはね、お友達なの!」
別に要りもしないのに、は無邪気に沖田のことを二人へと紹介する。
お互い、紹介されずとも相手のことはよく知っている。何故お前がと知り合いなんだと互いに叫びたかったが、まさかの前で斬り合いを始める訳にはいくまい。しかも今日はの誕生日。
と言うわけで。
「ハジメマシテ」
「こちらこそハジメマシテ」
あまりにも白々しい挨拶を交わすものの、はその白々しさには気付かなかったようだ。ただ、立ち会う羽目になった万事屋の三人にとっては、茶番以外の何物でもなかったが。
「それより。誕生日プレゼント、受け取ってくれるかィ?」
「いいの? ありがとう!」
気を取り直し、沖田が手にしていた袋からプレゼントを取り出す。
現れたのは小さな籠に入った花束。両の掌に乗る程度のそれは見た目にも可愛らしく、は一目で気に入ったようで嬉しそうに花を見つめている。
だがプレゼントはそれだけではなかった。沖田が更に袋の中から取り出し、へと手渡す。
「これ、なぁに?」
「ああ、それはこうやって……」
『…………』
しばし落ちる沈黙。そして。
『何やってんだテメェェェ!!』
一斉に沖田を殴り付けた。
沖田がに贈ったのは、黒いリボンのチョーカー。首の後ろでリボンを蝶結びに結わう、至ってシンプルな作りだ―――首の前で揺れる、小さな鈴を除いて。
が身動きするたび、チリンチリンと鳴る鈴の音は軽やかであると同時、どうしても他の印象も抱かずにはいられない。
つまるところ、猫の首にかけた鈴のようだと。もっと言ってしまえば、首輪のようだと。
「一先ず、調教の第一歩ってことで」
「オメーは何考えてんだ!?」
「チッ。その手があったか」
「その手もこの足も無ェよ!!」
続けざまにツッコミながら、やはり抹殺計画を立てなければと銀時は確信する。
このままではの未来が危ない。これは人として正しい決断だ。聖戦だ。
「バカ共が。は私のプティスールネ。何人たりとも邪魔はさせないアル」
「てめェなんかマリア様じゃなくて酢昆布様が見てるだろィ。は俺が今から唾つけとくんでィ」
「冗談を言うな。は俺とエリザベスで蝶よ花よと可憐に育てあげることになっているのだぞ」
「テメェの感性こそ冗談じゃねーか。第一、は俺の嫁だ」
「…………」
最早誰に何をどう突っ込んでよいのやら銀時にはわからない。いっそ全員を叩き斬ることができればどれほど気が楽か。
「銀さん。これは一体どういうことなんですか?」
「知らねーよ。アレじゃね? の可愛さは最強なんだよ」
でなければ、攘夷浪士と真選組が同じ空間にいて何事も無いなど、有り得るはずがない。
四者四様四竦み。どうしたらよいのかわからなくなったのだろう、困ったように銀時へと寄ってきたの頭を撫で、銀時は嘆息したのだった。
<終>
高杉に「俺の嫁」発言をさせて満足したという話です(何
('09.01.16 up)
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