大人と子供の理想関係 〜とある一夜の攻防戦〜
「ぎんちゃん、どこいくの?」
玄関の戸に手をかけたところで突然声をかけられ、銀時はビクリと身体を震わせる。
夜も遅い時間。良い子は寝る時間。
勿論も、兄である銀時の言う事をしっかり聞いて、早寝早起きを心がけている。自分の事を棚に上げて、と新八らには言われるが、自身が素直に頷いているのだからそれでいいではないかと銀時は思うのだ。
それはそれとして、「良い子」などという単語では表現しきれないほどに出来た妹は、今日も素直に「おやすみなさい」と布団に入ったはずだ。間違いない。自分が寝かしつけて、寝息を立てるまでその横にいたのだから。神楽からは軽蔑が力の限りに込められた視線を叩きつけられたが、可愛い妹の可愛い笑顔だとか寝顔だとかの前にすべては吹き飛ぶのだ。
その可愛い妹が、夜中に起き出している。
「ど、どうしたんだ、こそ」
何でもない風を装いながらも、冷や汗が背中を伝う。妹を寝かしつけておいて、自分は夜の街に繰り出そうとしているのだ。流石の銀時も、良心が咎めた。
眠いのだろう。目を擦っているは、そんな銀時の動揺に気付く様子は無い。もっとも、銀時の言うことには大概素直に頷き、その言葉を欠片も疑わないだから、銀時が「何でもない」と言えばそれを素直に信じるだろう。
「おといれ……」
まだ半分夢の中のようで、普段よりも幼げな口調。たどたどしくも懸命に話しかけてくるその姿が可愛らしかった、そんな時期もあったと銀時は束の間思い出に耽る。今も十分可愛いが、昔はまた違った意味で可愛らしかったのだ。
どんな意味であれ、昔から変わらず可愛らしいだからこそ、居た堪れない。可愛らしく、素直で従順、純真無垢で純情可憐、きっとどうしようもない僕に降りてきた天使、と浮ついた単語を並べ連ねても足りないだからこそ、後ろめたさを感じずにはいられない。
何せ、銀時が向かおうとしていた先は―――
「ぎんちゃんは? ……もしかして、きれいなおねえさんがいるいかがわしいおみせにいくの?」
―――誰だに余計な事を吹き込んだのは!?
瞬間、怒鳴りつけたくなったのは、ただの八つ当たりと現実逃避に過ぎない。
現実に帰れば、犯人を探し当てるよりも先に、銀時の方が断罪されている気分だ。
とろんと、瞼を重そうにしたその瞳はそれでも澄んでいて、真っ直ぐに銀時へと向けられている。まるでその罪を問い質すかのように。
別に何か悪いことをしようという訳ではないというのに。世の中の成人男性ならば一度や二度は足を踏み入れる場所に行くだけだ。疚しいことなど何一つ……
「……すみません。俺が悪かったです」
疚しかった。の純粋な瞳の前では、世俗に塗れた行為は須らく薄汚れた犯罪行為と堕ちていく。
その口調からするに、はその意味をよくわかっていないのだろう。ただ誰かに言われたままをなぞっているようではあったが、だとしてもの前でその行為を肯定することは流石の銀時にも憚られた。肯定して、万が一にでも「銀ちゃんなんか嫌い!」とでも言われようものなら、この先一生立ち直れそうにもない。
結局今の銀時にできることは、寝惚け眼のを厠へと連れて行き、何事も無かったかのように添い寝してやることくらいだった。
「おかげで今月の出費が大分抑えられましたよ」
「言ったでしょう? ちゃんに言われるのが一番堪えるのよ」
「流石は姐御アル!」
後日。
万事屋にて、通帳の残高を覗きこみながらそんな会話をかわす人々があったとか何とか。
<終>
小話というのも憚られるような……
以前に某J様に提供していただいたネタです。
教えられたまま言う妹と、それをわかっていても言葉に詰まる銀さんの図。が書きたかっただけです。ので、こんな短く……
('09.08.25 up)
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