「ぎんちゃん。『さんたさん』って、だぁれ?」
可愛らしく小首を傾げたのその疑問から、全ては始まった。
大人と子供の理想関係 〜すべては「いい子」のために〜
いつかは出てもおかしくない疑問だった。
どこか浮わついた空気が漂う今時期の街中。その中に身を置けば、物心のつき始めたがそれらに対して興味を示してもおかしくはない。
さて。これはどう説明してやるべきかと銀時は思案する。
いい子にしている子供にプレゼントを配って回るジイさんだと、答えるだけならば簡単だ。真実存在するかどうかはともかくとして、それが世間一般に知られているサンタクロース像だ。
問題は、それをに教えることは即ち、今年のクリスマスにはのためにプレゼントを用意しなければならないということだ。
何しろは「いい子」だ。それはもう可愛らしくて素直で自慢の妹だ。プレゼントが貰えない訳がない。サンタクロースが実在するならば。
しかし、クリスマスには親が子供のために買っておいたプレゼントを枕元にそっと置いておくのが慣例だ。どんないい子の家であろうとも、本物のサンタクロースが現れたなどとは聞いたことがない。
つまりサンタクロースの存在をが知ったが最後、何が何でも銀時はプレゼントを用意しなければならないということだ。それも、がとびきり喜びそうなものを。
何もを喜ばせたくないわけではない。むしろ逆だ。
だがそれは、先立つものがあればの話だ。早い話が、金が無いのだ。実に世知辛い世の中だと思う。金が無いだけで、サンタクロースの説明すら躊躇う羽目になるとは。
真っ直ぐに見つめてくる瞳は、小さくもぱっちりと開いて、銀時の答えを待っている。
嘘や誤魔化しはしたくない。さてどう説明すべきか。
堂々巡りの自問自答。それに終止符を打ったのは、第三者だった。
「サンタってのはな、クリスマスの夜に、いい子にプレゼントを配って回るジイさんの事だよ」
「しんちゃん!」
一体いつの間に人の家に入り込んでいたのか。高杉がさも当然のようにの疑問に答えを提示した。
パッと笑顔を見せたとは対照的に、銀時は露骨に顔をしかめる。
だがその程度で怯む高杉でもない。銀時を無視しての頭を撫でると、手にしていた菓子を渡す。餌付けするなと言いたかったが、「ありがとう!」とがにこにこ笑うものだから、突き返したくなる気持ちをどうにか堪える。いつものことだ。
「いいこには、『さんたさん』がプレゼントくれるの?」
「そうだな。だからも貰えるからな?」
「……ううん。は、いいこじゃない、もん……」
意外な言葉に、思わず銀時と高杉は顔を見合わせる。
がいい子でなければ、一体誰が「いい子」だと言うのか。可愛らしくて素直で我儘も滅多に口にしないが「いい子」ではないのならば、この世の中に「いい子」など存在するはずもない。
だがにはなりの理由があって、自分がいい子ではないとの判断に至ったらしい。「だって」と、小さな指を折って一つずつ理由を挙げていく。
「ごはんつくるときに、たまご、ゆかにおとしちゃったし」
世間一般の子供はそもそも、食事の準備などしやしない。
「おせんたくしたふく、おとしてよごしちゃったし」
だから世間一般の子供はそもそも、洗濯などしない。
「おうちのおそうじ、ぜんぶできないし」
しつこいが世間一般の子供は以下略。
「あと…………おねしょ、しちゃうし」
ようやく世間一般の子供らしい事柄が出てきたことに、銀時も高杉も胸中でこっそりと安堵した。
炊事洗濯掃除と、所帯じみた悩みばかり出てきたらどうしようかと思っていたのだ。
それはともかくとして、家の中のことをそれだけこなしてみせれば、十分に「いい子」のはずなのだが、どうやら本人はそうは思っていないらしい。
そんなところも含めて「いい子」と呼びたくなってしまうのだ。
自分で口に出したことで落ち込んだのか、の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
宥めてやらなければと慌てたところで、しかし銀時よりも先に伸ばされた手があった。
誰のものかなど、考える間でもない。
「いいか? はな、にこにこ笑ってるだけで『いい子』なんだよ。生きてるだけで『いい子』なんだよ」
「そうだぞ。銀さんの妹に生まれただけで、は十分『いい子』だからな?」
奪い返すように高杉の腕からを抱き上げると、頭を撫でてやりながらそう言い聞かせる。
それはを宥めるためだけの方便などではない。真実、そう思っているのだ。自分の「妹」として存在してくれて、こんなにも慕ってくれて。それだけでも銀時にとっては十分過ぎるほどに「いい子」だ。
二人から散々「いい子」と言われて、頭も撫でられて、嬉しくなったのだろう。にこにこと笑って、が二人の顔を見上げる。
「じゃあ、おうちにも『さんたさん』、プレゼントくれるかな?」
そんな訳での、本日はクリスマス。すっかり夜も更け、は布団の中ですやすやと寝息を立てている。
その隣の部屋には、男が三人。それぞれ手に、ラッピングされた箱や袋を持っている。
「なんでヅラまでいるんだよ」
「ヅラじゃない、桂だ。サンタクロースがいないのであれば、俺がのためにプレゼントを用意するしかあるまいよ」
「相変わらず寝顔も可愛いな、は」
「見てんじゃねーよ、このロリコン!!」
隣の部屋を覗き込んでいた高杉の頭を叩きながら、銀時は頭を抱えたくなった。
何が哀しくてクリスマスの夜に男三人が顔を突き合わせなければならないのか。
ついでに桂は、一体どこから話を聞いて現れたのか。
しかし今はそれを追究するどころではない。
この場に男が三人。プレゼントは三つ。子供は一人。
ここは先手必勝。
「させん!」
「出し抜こうったって、そうは行かせねェ」
真っ先に隣の部屋に入ろうとしたところを、足を引っ掛けられ盛大に転んで顔面を打ち付ける羽目になった。
だがここで諦めては、の枕元へプレゼントを置くことはできない。それでは、他人に借金までしてプレゼントを用意した意味が無くなってしまう。
少し低くなったんじゃないかと鼻をさすりながら、銀時は立ち上がる。
「うるせーよ! のサンタもお兄ちゃんも俺の役目なんだよ!!」
「うるさいのは貴様だ、銀時。そしてその役目は俺のものだ」
「言ってろ。は俺のモンなんだよ」
男三人、互いに譲る気は一切無い。のサンタクロースになるのは自分だと、を笑顔にするのは自分だと。そう主張して一歩も引きはしない。
まだ幼いばかりの少女一人を巡っての攻防は端から見れば滑稽でしかないが、本人たちはいたって真剣。自分が用意したプレゼントこそに喜んでもらえると信じている。
隣ではが眠っている。起こすわけにはいかないから、騒ぎ立てることはできない。
互いに牽制し合い、誰もが動きをとれない。一人が動けば、残る二人が止めにかかる。それならまだしも、一人が止めに入った隙に残る一人がの元へ行きかねない。
三人ともに迂闊に身動きがとれないまま、時間だけは淡々と過ぎていき―――
「ぎんちゃん! さんたさん、くれたよ!」
翌朝。
嬉しそうにプレゼントを抱えて報告に来たに、しかし銀時は生返事を返すことすらできなかった。
可愛い可愛い妹に返事すらしないなど、銀時にしてみればあってはならないことなのだが、今はそれ以上に疲れ果て、そして眠たかった。
何せ一晩中起きて、神経を磨り減らしていたのだ。明け方頃になると記憶が飛んでいて、高杉と桂の二人がどうしたのか、銀時にはまるで覚えがない。
しかしはクリスマスプレゼントが貰えた嬉しさで一杯なのか、銀時の様子には気付いていないらしい。にこにこと、嬉しそうに笑っている。
「さんたさんっていい人だね。4つもプレゼントおいてくれたよ!」
「……4つ?」
の言葉を疑問に思い、銀時は顔を上げる。
プレゼントは、銀時自身が用意したものと、高杉と桂が持ってきたもの。それで3つのはずだ。昨夜はを除けば家にはその三人しかおらず、ならばプレゼントも3つしかないはずだ。
「それ、全部置いてあったのか?」
「うん! おきたら、4つもおいてあったの!」
見ればの腕の中には、見覚えのない箱が一つ収まっている。
一体誰がいつの間に、と思うものの、まるで検討がつかない。のためにクリスマスプレゼントを用意する人間など、心当たりはない。のだが―――
「……まさかな」
サンタクロースなど存在するわけがない。だからこれはきっと、お節介な近所の人間の仕業なのだろう。そうに違いない。
頭を振り、銀時は自身に言い聞かせる。
誰が用意したプレゼントであろうとも構うことはない。
嬉しそうにプレゼントを開封しだしたを見ながら、思うことは一つ。
自分が用意したプレゼントをが一番喜んでくれれば、それでいい。
<終>
坂本が出てこないのは、まだ出会う前だからです。
攘夷戦争参加前、と言うことで。
で、知り合った年からは、枕元のプレゼントが更に一つ増えるのです。
('09.12.25 up)
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