大人と子供の理想関係 〜桃の節句と大人の階段〜
事の発端は、今日がひなまつりだという事だ。
ひなまつり。桃の節句。女の子の祭。要するにのための日。
などという極論に達したのは、もちろん銀時だけではなかった。
日頃からを可愛がってやまない人間は、掃いて捨てるほどにいる。少なくとも銀時はそう考えている。
その掃いて捨てたい人間の筆頭たる人物が次々に万事屋へと押しかけてきたのは、今から数時間前。
寿司だの振袖だの雛人形だの持ち込まれ、ウチはそんなに貧乏に見えるのかと叫びたくなったものの、見えるも何も、実際に通帳の残高は常にゼロに近い。
だが銀時のひっそりとした溜息に気付く人間はここにはいなかった。
いつもはその様子を窺っているはずのでさえ、ひなまつりのお祝いを貰えたことが嬉しいのか、そちらに夢中になっている。
のその様子に銀時の溜息が更に深くなったのは言うまでもない。
俺だって人形の一つや二つ買ってやりてーよ、などと胸中でぼやいたところで、それが誰に知られる訳でもない。そもそも、買ってやりたくとも先立つ物がない。金が全ての世の中だとは思いたくないが、世知辛くはある。
何やら情けなくなって、柄にも無く落ち込んで。
一体どれほど経った頃だろうか。
「―――どうしたの、ぎんちゃん?」
おなかいたいの?
不意に顔を覗きこんできた二つの潤んだ瞳に、銀時は慌てて頭を振る。理由は何であれ、に心配をかけさせたくはない。それに泣かせたくもない。
だがここで、ふと思う。いくら心配とはいえ、が泣き出すほどの状況だろうか、これは。
首を傾げかけた銀時だったが、ぎゅっとに抱きつかれ、違和感の正体に気付く。
慌てての身体を離せば、潤んだ瞳に火照ったように赤い頬。仄かに熱を持った身体。何より呼気からうっすらと漂う香り―――あまりにも馴染んだその香りに、思わず銀時は声を荒げた。
「誰だ! に酒飲ませやがったのは!!?」
気付けば部屋の中に転がっている酒瓶。
甘酒くらいのものかと思っていたが、どうやら立派なアルコール飲料だったらしい。白酒だったのだろうか。
おそらく遠慮無しに飲んだのであろう神楽は潰れており、新八の様子も何やら怪しげだ。平然としているのは大人だけ。しかも未成年に酒を飲ませるような、ダメな大人ばかりだ。いや、ダメな未成年も一人混じっていた。
「旦那ァ。無礼講でさァ、無礼講」
「沖田君? 君、『無礼講』の使い方間違ってるからね?」
「この場合、放置していた銀時にも責任はあるぞ」
「テメーの責任を棚に上げてんじゃねーよ」
「そんなことより俺のを離しやがれ」
「誰がテメーのだァァァ!!!」
まったくもって油断ならない連中だと、銀時は腕の中にいるを抱きしめる。
確かに、から注意を逸らした銀時にも落ち度はあるのかもしれない。だが、目の前の三人に比べたら、些細な罪もありはしないはずだ。
腕の中で窮屈そうにが身を捩るものの、しかし手を離したら目の前の男たちにあっと言う間に奪われかねない。可愛い可愛い大事な妹を、ろくでもない人間に渡すつもりは無いのだ。
こういう輩はとっとと追い出すに限る。
そう判断して銀時が声を荒げれば、対する三人もさも当然のように居座る権利を主張する。
それはいつもの光景。日常茶飯事と言っても差し支えない程に、にとってもそれは大人たちのいつものやり取り、見慣れた光景であったはずだ。
普段であればにこにこと笑い、時には「みんな仲良しだよね」などとまで言い放っていただったが、今この時ばかりは違っていた。
銀時が腕の力を緩めた瞬間を見計らったかのように、が顔を上げる。そして。
「めっ、なの!」
ぺちん。
その小さな手で、銀時の額を打ったのだ。
とは言え、小さな掌で、更に自身も本気で打ったわけではないだろうから、まるで痛みは無い。痛みは無いが、しかしの予想外の行動に、銀時は衝撃を受けた。
が銀時に手をあげるなど、反抗するなど、どんな些細なことでさえ無かったのだ。
これが世に言う「反抗期」なのだろうか。何か違う気もするが。だが「反抗期」が成長の証と思えば、それはそれで喜ぶべきことなのだろう。
それより何より。
「おこっちゃ、めっ! なの!」
ぺちんっ。
再度、額を叩かれる。
だがそんなことは銀時には正直どうでも良かった。
の人生初の反抗期に感慨に耽っているわけではない。
ただただ、可愛らしかったのだ。酒のせいか色づいた頬を膨らませて銀時を睨みつけてくるが、可愛くて仕方が無かったのだ。
そういえば、と今更ながらに気付く。人の感情は喜怒哀楽の4種類と言うが、が怒っているところなど今まで見たことがなかったのだということに。
初めて目にする表情というのは、どんなものであれ愛らしく思えるものなのだろうか。それともが可愛すぎるだけなのか。
「……確かに、銀河レベルで可愛いとは常々思ってたですがねィ」
「最早銀河が崩壊するレベルだな、あの愛らしさは」
「銀河の前に俺の理性が崩壊しそうだぜ」
しかし、いくら可愛らしく怒られたところで、目の前の三人を許せるわけでもない。むしろより一層危険度が増しただけだ。
一体どうやったらに気付かれることなく三人の存在を抹消できるのか。
物騒な思考を巡らせながら銀時は、火照ったの身体を抱きしめたのだった。
<終>
「めっ」がやりたかっただけです。「めっ」が……
ひなまつりも何もあまり関係ない感じですが、3月3日はとっくに過ぎてるので、こっそりアップです。
('10.03.08 up)
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