「銀ちゃん。今日、夜ふかししちゃ、だめ?」
「ダメダメ。いい子だから、ちゃんと早寝しような?」
「……うん」

残念そうに頷くの様子に、銀時の心が痛む。
誰よりも何よりも可愛い妹のお願いならば、何でも聞いてやりたいのが本音だ。
滅多なことではおねだりをしてこないからのお願いは、実際のところ、ほぼ叶えてやっていると言ってもいい。
だが、いくら可愛くとも、甘やかしてやりたくとも。それとこれとは別問題。躾はしっかり、子供は夜更かし厳禁。
まるでダメな大人のレッテルを貼られている銀時が口にしたところでどんな説得力も無いのだが、それでもせめてだけは真っ当に育ってほしいと願っているのだ。
横から神楽が「夜更かしは美容の大敵アル!」と口を出してきたならば、は困ったように笑いながら再度頷く。神楽の言葉ももっともではあるが、にはまだ関係の無い話だろう、というツッコミは銀時は胸の内にしまっておくことにした。
ともあれ、聞きわけのよいの頭を撫でてやると、そのまま布団へと連れて行ってやる。
何やら汚らわしいものを見るような視線を背後から神楽に叩きつけられたが、それには気付かない振りをする。それよりも、可愛い妹を寝かしつけることの方が余程重要というものだ。

「おやすみ、
「うん。おやすみ、銀ちゃん」

それは、10月9日の夜の出来事―――




大人と子供の理想関係 〜わたしがいちばん!〜




夜も更けて、日付も変わろうかという時間。
銀時は欠伸一つして、ソファから上半身を起こした。
ジャンプを読んでいたはずが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
本当ならば夜の街に繰り出したかったところなのだが、一度、夜更けに起き出してきたに見咎められて以来、どうにも外へと出る気になれないでいる。
純真すぎる眼差しは、時に痛恨の一撃を放つ凶器にもなるのだ。
かと言って、銀時にしてみればまだまだ宵の口である時間に布団に潜り込むつもりにもなれず。
には早寝を促しておいて何をやっているのか、というツッコミを他所に、暇潰しにジャンプを読んでいたのだ。
昼日中にも寝ていたというのに、どうしてそんなに眠れるのかと、自分のことながら呆れたくなる。
そう言えば昼間にソファで寝ていた時は、寝ている間にが毛布をかけてくれたのだと、軋む身体に顔を顰めながら銀時は思いだす。
別に毛布があれば大丈夫、という訳でもないだろうが、気分の問題はあるかもしれない。本来、寝る用途に作られていないソファの上で寝れば、どうしたところで身体の節々が痛みを訴えてくる。
毛布をかけてくれ、目が覚めた時には目の前に駆け寄ってきて笑顔で「おはよう、銀ちゃん」と言ってくれるは、今は夢の世界。
自分が寝かしつけたのだからそれは当たり前なのだが、どうにも気分が降下するのを止められない。
時計を見れば、日付を跨いだところ。どうやらそれほど長時間眠ってしまっていたわけではないようだ。
特にやるべきことがわるわけでもなし。布団に入って寝直すかとソファの上で伸びをして。
そこへ、スッと襖が開けられた。

―――ぎん、ちゃん?」
?」

襖を開けて部屋へと入ってきたのは。眩しいのか目を擦りながら、どこかふわふわした足取りで銀時の方へと向かってくる。
どうやらまだ半分夢の世界にいるらしいが、一体なぜこんな時間に起き出してきたのか。
そういえば以前もこんな感じで起き出してきたのだ。その時の理由は、厠へ行きたくなったから、と。今回もそうかと思って尋ねれば、しかしはふるふると首を横に振った。

「あのね……おたんじょうび、おめでと。ぎんちゃん」
「っ!!」

言われて、銀時は気付く。
日付が変わって、今日は10月10日。自分の誕生日だと言うことに。
正直、誕生日などどうでもいいと思っているから、それで何が嬉しいということはない。だからすっかり失念していたのだ。
そう言えばそうだったな、と呑気に思っていると、がぽすんと抱きついてきた。
いくらが軽いと言っても、いきなり全体重をかけてきたのだ。それなりに衝撃はある。
普段であれば絶対にしないであろう行為を仕掛けてきたのは、半分夢心地だからだろうか。昔はよく遠慮なく抱きついてきたものだから、精神的に退行しているのかもしれない。

「……いちばん?」
「ん?」
「おめでとう言ったの、わたしが、いちばん?」

抱きついてきたを膝の上で抱え直すと、眠そうな瞳でそんなことを問いかけてくる。
とろんとした目で見上げてくるその表情は、幼い子供のよう。今でも銀時にしてみれば子供だが、それでもそんな表情は最近ではすっかり見なくなっていた。
子供扱いしていても、それでもしっかり成長しているのかと、そんな感慨が脳裏を過る。
だがその感慨を他所に、「ねぇ、わたし、いちばん?」とが再度問いかけてくる。
一番も何も、日付が変わったばかりで、この家にはと銀時、神楽しかいない。そして神楽が寝ている以上、銀時の誕生日を祝う人間など、一人しかいるはずもない。
頷いてやれば、は何とも嬉しそうに笑った。

「あのね。いちばんでいいたかったの。おめでとうって」

銀ちゃんのいちばんになりたかったから。
眠そうな声で紡がれた言葉の最後の方は、正直なところ聞き取りにくかったが。聞き間違いでなければ、確かにはそう口にした。
しかし睡魔に耐えきれなかったのか、銀時に抱きついたまま眠りに落ちてしまったようで。不意に重みを増したその身体をもう一度抱え直しながら、銀時はふと思い出す。
寝る前に、珍しくがねだった夜更かし。それは、日付が変わったその時に、銀時に「おめでとう」を言いたかったからではないのか。
今とて、眠いだろうに、ただその一言のためだけに起き出してきて。しかもその理由が「銀ちゃんの一番になりたかったから」とは。
この妹は、一体どこまで可愛ければ気が済むのだろうか。真剣そのもので銀時は思う。
腕の中ですやすやと眠っているの表情は、気のせいでなければひどく満足そうだ。それはそうだろう。いつもはしない夜更かしをしようとしたり、眠い目を擦って夜中に起き出したりして、目的を達成することができたのだから。
いちばん。
言われなくても、銀時にとってはの存在は「いちばん」だ。何よりも、誰よりも。今更頼まれなくとも、とっくの昔から―――出会った日から、生まれて間もないであろうが懸命に手を差し伸べてきたあの瞬間から、銀時にとっての「いちばん」は以外には存在しえない。
だから、というわけでもないが。
同じように、とまでは言わない。けれども、にとっての「いちばん」の存在が銀時であってほしいと思う。今だけではなく、これからもずっと。
それは「兄」としては行きすぎた感情なのだろうとわかっている。けれどもこの思いは、時を経るごとに肥大化する一方で、そのうちシスコンもロリコンも甘んじて受け入れなければならないかと本気で考え始めたところだ。
ともあれ今は、が兄として銀時を慕う以上は、「兄」としての役割を全うするつもりだ。
眠っているを布団に寝かせてやるため、腕に抱いたまま立ち上がる。ついでに自分もそのまま寝るつもりで。

「心配しなくても、俺の『いちばん』はだけだよ―――今も、今までも。これからも、な」

聞こえてはいないであろうが、伝えてやりたくて。
言葉を口にして、丸く小さい額へと口唇を落とす。
こんな行為をする「兄」がどこにいるのかと苦笑するが、それも今だけの話だ。朝、目が覚めた時からはの望む「兄」の役割を演じ切ってみせるから、と。
すやすやと腕の中で眠る「妹」の表情を愛しさが溢れんばかりに見つめ、銀時は布団の敷いてある隣の部屋へと向かった。



<終>



日付変わった瞬間の「おめでとう」のネタを何回やれば気が済むのか(笑)
でも書いてる人間は飽きてません。
何となく、この二人の出会いというかなんというか、そんな話を書きたくなりましたが、さてどうなるか。

('10.10.10 up)