大人と子供の理想関係 〜はじめてのおつかい〜
「財布持ったか? 買物メモ持ったか? 寒くないか? 知らないヤツに話しかけられても無視するんだぞ。変なヤツがいたら大声あげるんだぞ、すぐ駆けつけるからな。の声なら地球の裏側にいたって聞き取ってやるから」
「うん! いってきます!」
「気を付けるんだぞ! 転ばないようにな! 寄り道するんじゃねーぞ!」
とてとてと歩いていくの後ろ姿を見送りながら、銀時は心配でならない。
事の発端は、何でもないことだ。ただ単に卵と牛乳がなくなった。それだけだ。
買いに行こうと思い立ったところで、が口にしたのだ。「ひとりでかいにいきたい!」と。
当然、銀時は反対した。小さくて可愛い妹は、まだ幼いのだ。一人で買物などできるわけが……ないことはないが(何せは賢いのだ。買物程度、できるに決まっている)、問題は店に到るまでの道のりだ。道端に転がる石ころから始まり変質者まで、にとっての危険が満ち溢れている。たとえ店まで数百メートルの距離なのだとしても。
それでもがあまりにもねだるものだから、最後には頷かざるをえなかった。
基本的に銀時は、のおねだりを断ることができないのだ。
気を付けるよう何度も言い聞かせたものの、心配であることに変わりはない。
小さなの背中が更に小さくなるのを見て、銀時は家の戸を閉めた。そしてそのまま歩き出す。ゆっくりと、に気付かれない程度の距離を保ちながら。
過保護と言われようとも構わない。銀時はとにかく心配でならないのだ。に何かあったらどうしてよいかわからない。
けれども、一人で行くことを了承してしまった以上、銀時にできるのは陰ながら見守ることしかないのだ。
店まで数百メートル。普段であればあっという間のその距離も、今はやけに遠く感じられる。
ああ、本当に何事もなく終わってほしい。銀時の祈りが通じたかのように、一先ずは店へと到着する。馴染みの店だ。普段は人見知りするも、この店の店員とならば臆することなく話すことができる。その点も、銀時がを一人で買物に行かせることについて妥協する理由ではあったのだが。
それはそれとして、と店員との会話の内容が気になるとばかり、その話し声が聞こえる位置にまで銀時は少しばかり近寄った。勿論、向こうからは見えないように姿を隠したまま。
「えらいねぇ、ちゃん」
「うん! ひとりでおかいものして、ぎんちゃんにいいこいいこしてもらうの!!」
―――何あの可愛い生き物。
顔馴染みの店員に満面の笑みで答えるは、その姿も口にした内容も可愛くてならない。
できることならば今すぐ駆け寄って抱き締めてやりたい。頭も撫でてやりたい。以上の「いい子」などいるものか。
しかしそれをしてしまっては、銀時がの後をつけていたことがわかってしまう。それでの機嫌を損ねてしまうことは銀時の本意ではない。
本当であれば帰りもこっそり様子を見守りたいところではあるが、断腸の思いでそれを諦めると、銀時は足早に家へと戻った。
すべてはの意のままに。
家の前で出迎えて、とびきり褒めてやろう。
「おかえり、」
「ただいま! あのね、あのね!! ちゃんとたまごとぎゅうにゅう、かえたよ!」
家の前で待つことしばし。
とことこと歩いていたが、銀時の姿を目にした途端駆け寄ってきた。
誇らしげに買物袋を掲げるその姿が可愛くてならない。
ああもう可愛すぎるんだよチクショー。そんなことを思いながら、銀時はの頭の上に手を乗せる。
そのまま望み通りに頭を撫でてやれば、が本当に嬉しそうに笑うものだから、そのまま更に頭を掻き回してしまう。
「は本当にいい子だな。大好きだぞー」
「あのね、もね、ぎんちゃんのこと、だいすき!!」
抱きついてきたを受け止めながら、信じてもいない神仏に感謝する。
こんなに可愛らしい妹がいる自分はなんと幸せなことか。
「じゃあ今日はが一人で買物ができたご褒美に、ケーキ作るか」
「ほんと!?」
喜ぶと共に家へと入り、思うことは一つ。
この可愛らしい妹とのささやかでも幸せな暮らしが、いつまでも続くよう―――
<終>
ちっちゃくて可愛いのは正義だと思います。
「ひとりでできるもん」とどちらにしようか迷った挙句、おつかいの方にしました。
深い意味はありません。
数百メートルの距離を一人で歩くにしても、包丁を握るにしても、どっちにしたって銀さんははらはらしながら見守っていると思います。
いや。ストーカーじゃないですよ。過保護なだけですよ。多分。
('11.03.22 up)
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