大人と子供の理想関係 〜VS 家庭内害虫〜
銀時にとって、の存在は特別なものだ。
血の繋がりなど関係ない。は銀時のことを無条件に慕ってくれているし、銀時もまたこれ以上無いほどにを可愛がっている。どんな時も、ただそこにいるだけで銀時を救ってくれる、可愛い可愛い妹の存在。
可愛くてならないからこそ、いかなる状況であってもその気配に気付くことができる。
と言うわけで、枕元にじっと座られている気配を感じて、銀時は目を覚ました。
お世辞にも寝起きが良いとは言えない銀時だが、が絡むのであれば話は別だ。しかもその様子が普段と違うのだから尚更だ。
いつもであれば、朝食の用意を終えたが、にこにこと笑いながら銀時を起こしに来るはずなのだ。しかし、寝起きに心地好い味噌汁の香りが漂ってくることはなく、開いた目に映るには表情がない。
それに気付いてガバッと銀時が起き上がると同時、待ち構えていたかのようにが胸の中へと飛び込んできた。
ギュッとしがみついてくるを条件反射で抱き締めながら、銀時は信じてもいない神に感謝する。神様ありがとう生きてて良かったは今日も可愛い可愛い俺だけの天使だ!!
理由はさておいてひとしきりの温もりを堪能した銀時は、さてと思考を切り替える。
朝の挨拶もなく、銀時を起こしてしまった事に対する謝罪もなく、がいきなり抱き着いてきたということは、何かがあった筈だ。正直こんなサプライズなら毎日ほしいところだが、流石に毎日ではサプライズにはならない。いっそ坂田家の習慣にしてしまおうかそれがいいそうしよう。
と、ここで思考が逸れている事に気付き、銀時は軌道修正を図る。今問題にすべきはそこではないのだ、一応。
「どうしたんだ、?」
宥めるように頭を撫でてやれば、がゆっくりと顔を上げる。
大きな瞳に涙がうっすらと膜を張っている。本当に何があったのか。
真剣になったところで、の口が開く。
「……たの」
「ん?」
「ご、ごきぶりが、いたの。台所……」
言うや、身震いしては再び銀時の胸に顔を埋める。
対照的に銀時は、なんだそんなことかと拍子抜けのする思いだった。
確かにゴキブリは気分のいい存在ではない。しかしこのかぶき町に住む限り、ソレは縁を切りたくても切ることのできない存在でもある。
「あのな、? かぶき町に住むってのは、ゴキブリと共同生活するってことで」
「じゃあ前のおうちに帰る」
「今すぐ銀さんがゴキブリ抹殺してやるからな!!」
の体を引き離し、銀時は勢いよく立ち上がる。低血圧の体には勢いが良すぎたのかクラリと目眩が起こるが、そんなことを気にしている場合ではない。このままではがここから出ていってしまう。
たかが虫けらの分際で俺とを引き離そうとしてんじゃねーよ!と歩き出せば、一人が怖いのかもまた銀時に着いてくる。
すがるように銀時の寝間着を握るその姿は可愛いにも程があるが、今はそれよりもゴキブリの駆除が最優先だ。
床に放ってあった新聞紙を適当に掴んで丸め、向かう先は台所。敵は家庭内害虫。
「で、どのあたりにいたんだ?」
「あ、あのね…さっきは冷蔵庫の……っ!?」
指をさしたの言葉が不自然に固まる。
その小さな指の先。視線を向けたならば、確かにそこには黒光りする物体が止まって……と思いきや、何を思ったか突如此方へとカサカサ突進してきた。
「うぉっ!?」
「きゃあぁぁぁっ!!」
「ちょっ、!?」
いきなりゴキブリが動けば銀時も驚くが、はそれ以上だった。何を思ったか、飛び跳ねて銀時の首にしがみついてきたのだ。
一番に頼りにされていると思えば悪い気はしないが、流石にいきなり首にぶら下がられるのは怖い。慌てての体を支えれば、震える体でぎゅっとしがみついてきた。
しかし、を抱えたままでは、ゴキブリを叩き潰すのは至難の技だ。
足下を駆け抜けていくゴキブリを目で追いながら、銀時は考える。とりあえず、は別の部屋に避難させた方がいいだろう。
「なぁ? ちょっとあっちの部屋行っててくんね?」
「や、やだ!」
「抱っこしたままだと、ゴキブリ倒せねーんだけど」
「じゃあおんぶでいいよ?」
違うだろ。
思わずツッコみかけた言葉を寸でのところで飲み込んだのは、ひとえにが相手だからだ。
おまけに銀時の返事も待たず、は器用に体の位置をずらし、あっという間に銀時の背中へと落ち着いてしまった。勿論、銀時もが落ちないように反射的に手を貸してはいたが。
「これで大丈夫だよ?」
そういう問題じゃない。
再度浮かんだツッコミは、しかし今度は喉元まですら上がることなく霧散した。
可愛い妹に可愛い声で耳元で話され、可愛い手でぎゅっとしがみつかれているのだ。しかも普段大人しいが、銀時の話も聞かずに抱っこだのおんぶだの我が儘放題だ。これはツッコミを入れている場合ではない。
ゴキブリありがとう。家庭内害虫も今だけは益虫だ。主に銀時にとって。何せがこんなにも可愛い。自ら甘えるように我が儘を言うなど貴重な出来事だ。
「銀ちゃん?」
感無量の銀時を流石に不思議に思ったのか、背中でが首を傾げる気配を感じる。
しかしには悪いが、銀時としては今のこの貴重な時を一瞬一秒でも長く堪能したいというのが本音だ。
の願いどおり、速やかにゴキブリを退治するか。それとも今この瞬間の幸せをもう少しだけ噛み締めるか。
さて。起きてきた神楽が血相を変えてゴキブリを叩き潰し、があっさりと銀時の背から降りて神楽に抱きつくまで、あと数分。
<終>
最終的に美味しい思いをするのは神楽ちゃん、という話。
それにしても、ゴキブリに感じるあの恐怖ってのは、いったい何なのでしょうね……人類のDNAに刻まれてるとしか思えない。
('14.09.14 up)
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