大人と子供の理想関係 〜風邪をひいたらプリンが美味い〜



「37.7度。完全に風邪ですね、これは」
「ごめんなさい……」
 
冷静な声で体温計が示す数値を読み上げる新八に、布団の中のは泣き出しそうな面持ちで謝った。
泣き出しそうなのは、熱のせいもあるのだろう。
潤んだ瞳に、赤く火照った頬、掠れた声。時折咳き込む姿は、見ている側も辛くてたまらない。
が寝ている布団の周りに集まった万事屋一行。皆、が心配なのだ。
 
「謝ることじゃねーだろ? はなんも悪くねェんだから」
「そうネ。悪いのはこのモジャ男ネ!」
「え、何。その『モジャ』って。まさか俺? 俺のこと言ってんじゃないよね?」
「でも銀さんの責任もあるんじゃないですか?
 昨日のあの寒空の中、ちゃんを連れ回してたんですから」
 
新八の指摘に、銀時は言葉に詰まる。
に早く馴染んでもらおうと、散歩がてら近所を案内して回ったのだ。
しっかりと防寒対策はしていたはずだが、はしゃぎ疲れたの身体は、体内に侵入したウイルスの活動を容易く許してしまったのであろう。
 
「あー。やっぱアイス食わせんじゃなかったか?」
「アンタ、真冬にアイスなんか食べさせてたんですか」
「銀ちゃんネ! が風邪ひいたのは、全部銀ちゃんのせいアルヨ!」
「…ぎ、銀ちゃんは……悪くない、よ……」
 
今にも言い争いが始まろうかというところで制止に入ったのは、掠れたの声。
服の裾をきゅっと掴んで涙目で訴えられては、さすがの神楽もそれ以上銀時を責めることはできない。
少なくとも、の前では。
そして銀時もまた、そう言われてしまっては、逆に罪悪感が募る一方である。
気まずい沈黙が、しばし流れる。
それを破ったのは、が咳き込む音。
我に返ったかのように、新八はの額に乗せていた手拭いを取ると水に浸し、絞って再び額の上に乗せる。
冷たい感触が心地よいのか、心なしかの呼吸が楽になったようだ。
 
「そうだ、。何か食えそうか?」
 
何か少しでも食べておかないと、薬を飲ませることもできない。
銀時の問いかけに、は少し考え込むようにして視線を宙に舞わせた。
即答しないということは、あまり食欲は無いのだろう。
けれども、頼りなげではあったが、の首が振られたのは縦の方向。
そのことに少しだけ安堵すると、銀時は腰を上げた。
 
 
 
 
 
 
「なんでプリンなんですか……」
「バカヤロー。プリンなめてんじゃねーよ。
 風邪の時にはプリンを食うのが坂田家の掟だ。な、?」
 
ややあって戻ってきた銀時の手にあったものは、皿の上に乗ったプリン。その周囲には生クリームや果物が添えられている。
病人に食べさせるには、無駄に手の込んだものだ。
が、そこは銀時。甘い物を他の誰でもないに出すのに、微塵たりとも手を抜いたりはしないのだ。
たとえ相手が、病人なのだとしても。
だが、そうまでされては、病人だけではなく健康な人間の食欲をも誘ってしまう。
 
「銀ちゃん。今のに、その量は無理ネ。私が食べるから、銀ちゃんは大人しくお粥でも作ってくるがヨロシ」
「心配すんな。残ったら俺が食べるから」
「むしろ食べる気満々だろ、この天パー」
「神楽テメー、性格変わってね? そんなにプリンが食いたいのかよコノヤロー」
 
今度はプリンを巡る言い争いに発展するかと思われたが。
それを制止したのは、やはりだった。
ケホケホと咳き込む姿に、くだらない争いをしている場合ではないということに気付かされる。
慌てて大人しくなる二人を横目に、新八は「大丈夫?」と問いかけながら、そっとの身体を起こす。
風邪のせいか、いつにも増して頼りなげなの姿に、神楽は心配そうにその顔を覗きこむ。
 
、本当に大丈夫アルか?」
「大丈夫じゃねーから風邪なんだよ。テメーは引っ込んでろ」
「引っ込むのは銀ちゃんの方ネ! に風邪ひかせておいて、まだ何かするつもりアルか!?」
 
にプリンを手渡したかと思えば、またも言い争いを始める銀時と神楽。
何も病人の前で喧嘩をしなくてもよいだろうに、とは思うものの、当の病人であるところのは、嬉しそうにプリンを食べている。
 
「ごめんね、ちゃん。煩くて」
 
新八の謝罪に、はふるふると首を横に振る。
そして半分だけ食べたプリンの器を置いて、にっこりと笑う。
 
「ううん。みんな、ここにいてくれるって、わかるから…イヤじゃ、ないよ?」
 
そんなだからこそ、余計に新八は心苦しくなるのだが。
いくら血が繋がっていないとは言え、あの銀時によくこんな可愛らしい妹ができたものだ。
反面教師とは、まさにこのことなのだろうか。
妙に納得しながら、に薬を飲ませて寝かしつける。
 
「アンタら、いつまで騒いでるんですか。ちゃんが寝れないですよ」
 
途端、ぴたりと争いが止まるのだから、の名前の効果は絶大だ。
横になったの顔を覗きこみ「大丈夫アルか?」と心配する神楽。
そんな神楽と新八を押しのけ、ついでに半分残っているプリンを神楽に押し付け、銀時はの枕元に腰を下ろした。
 
「じゃ、後は俺がのこと看てっから。お前らは向こうに行ってろ」
 
追い払われるような態に不満な表情を浮かべる神楽だったが、新八に促されたのと、プリンを文句一つ無く手渡されたこと、何より、病気の時には家族にそばにいてほしいという気持ちがなんとなくわかるため、特に何を言うでもなく部屋を出た。
残されたのは、銀時と、いつの間にか本格的に寝入ってしまったらしいの二人。
決して穏やかとは言いがたい寝顔ではあるが、涙目で咳き込む姿に比べれば、余程落ち着いている。
 
「ごめんな、
 
自分の不注意のせいで、に風邪をひかせてしまったのだ。
どれほど謝っても足りない気がするが、きっとは「銀ちゃんのせいじゃないよ」と笑うのだ。
が元気になったら、今度は温かい物を食べに連れて行こう。
熱の残る頬をそっと撫でながら、銀時はそう決めたのだった。



<終>



夜中に咳が止まらなくなったら、銀ちゃんならきっと背中さすってくれるだろうなぁ、なんて。
熱に浮かされた女の戯言でございます。