大人と子供の理想関係 〜男と女の友情ゲーム〜
「銀ちゃん、銀ちゃん」
「どうした、?」
「あのね、お買物行きたいの……一緒に、行こ?」
可愛い可愛い、それこそ目の中に入れても痛くないと思うほどに溺愛している妹のお願いを、銀時が断るはずも無く。
請われるまま、銀時はと連れだって江戸の町を歩いていた。
「で、なに買うんだ?」
「んとね、神楽ちゃんとお菓子作るから、その材料が欲しいの」
「なに、。お前、菓子まで作れんの?」
「うん。美味しくできたら、銀ちゃんにもあげるね!」
にこーっと笑うに、銀時も思わず頬が緩む。
の料理の腕は、決して悪いものではない。それどころか、その年を考えればかなり上手いだろう。
となると、神楽と作るというお菓子も、かなり期待できる。
たとえ不味かろうとも、が作ったものであれば、いくらでも食べてやるつもりなのだが。
返事の代わりに頭を撫でてやると、は嬉しそうに笑い―――ふと、不思議そうな表情を見せた。
その視線の先は、銀時の後方。
つられるようにして振り返った銀時は、その行為を激しく後悔した。
「。行くぞ」
「あの人たち、銀ちゃんのお友達じゃないの?」
「違う違う。知らないヤツらだから。銀サン、あんな年中黒づくめの怪しい人間とは関わらないから」
嫌な予感がして足速にその場を去ろうとしたものの、しかしそれはかなわなかった。
逃げ出すよりも先に肩を掴まれ、銀時は観念する。
「オイ、何―――」
「旦那。残念ですが、逮捕させていただきやす」
「あ?」
振り向きたくもなかったが、仕方なく振り向けば。
そこには、にやりと笑う沖田が。
だが、その台詞は聞き流せないものである。
眉を顰めれば、沖田はいかにも作りものの沈痛な面持ちを浮かべた。
「どう見ても幼女誘拐ですぜィ。
お嬢ちゃん。もう大丈夫だから、こっちに来なせェ」
そう言って沖田が手招きするものの、は逆に銀時の後ろに隠れてしまう。
見知らぬ人間だということに加え、先ほど銀時が避けようとした相手ということで、警戒しているのだろう。
人見知りする性格も、この時ばかりはありがたい。
そんなを宥めるように頭を撫でてやりながら、銀時は沖田を見据える。
「誰が幼女誘拐なんかすっかよ。
こいつは俺の妹なの、妹。可愛い妹。妹連れて買物することの、何が犯罪だって?」
「妹って、ちっとも似てないじゃねェですかィ」
沖田の言葉に、がびくりと身体を強張らせる。
どいつもこいつも余計な事を言うんじゃねーよ、と銀時は怒鳴りたくなったが、一度発せられた言葉を取り消す事などできないのだから、怒鳴ったところで意味はまるでない。
ぎゅう、としがみついてきたを庇うようにして「似てねェ兄妹なんか、山ほどいるだろーが」と言い返せば、「そりゃそうですけどねィ」と、沖田は何やら意味ありげな表情を浮かべている。
それが何やら苛立って、銀時は沖田を睨みつける。
が、そのおかげで、もう一人の存在と行動を見逃す羽目になってしまった。
「オイ。お前、名前は?」
止める間も有らばこそ。
横に回った土方が、やや胡散臭そうな目でを見下ろしていた。
途端、銀時にしがみつくの手に、少しだけ力が込められる。
世の中には、を追い詰めるような人間しかいないのかと、銀時は嘆きたくなる。
これでは、純粋培養育ちのは、いつか参ってしまうのではないか。
再びを庇おうとした銀時だったが、それよりもが口を開くのが早かった。
「さっ、坂田、…です……
あ、あのっ…わたし、ちゃんと銀ちゃんの妹、です……っ!」
瞬間、三人の脳裏を過ぎったのは、「『ちゃんと妹』ってのはどういう日本語だ?」などという事だったのだが。
揃って直後には、そんなツッコミは野暮だとの判断を下していた。
注目されて恥ずかしいのか、紅く染まった頬に、今にも泣き出しそうな表情。それでも真っ直ぐに土方に向けられた瞳。
ぎゅっと銀時の着物を掴んでいるところなど、庇護欲をそそられずにはいられない。
そんなの姿に、最初に我に返ったのは、それなりに免疫のできている銀時だった。
「わかったろ。だからさっきから言ってんじゃん。は妹だって。な?」
同意を求めると、嬉しそうにが頷いた。
の視線が自分に戻ったことで、銀時はささやかな満足感を覚える。
子供じみた独占欲だとはわかっているものの、それでもの注意が他の男に向いているのは面白くないのだ。
何より大事な妹なのだ。変な男に引っかかってしまってはたまらない。
だが、そんな銀時の思いを嘲笑うかのように、「可愛らしい名前だねィ、お嬢ちゃん」と沖田がに呼びかける。
褒め言葉が嬉しかったのか、やや警戒を解いたが、ひょっこりと銀時の後ろから顔を出した。
その仕種が、また何とも言えず可愛らしい。
「せっかくでィ。旦那が犯罪に走る前に、俺がツバつけておきましょーかねィ」
「てめーでも犯罪だ、このバカ」
土方が冷静に言うものの、それで怯む沖田でもなく。
「。俺のことは総悟って呼んでくれればいいでさァ」
「総悟、くん…?」
「そうそう。まずは友達からってことでィ」
沖田にしては、邪気の無い笑顔をに向ける。
その笑顔のせいか、もはやの警戒心は完全に解けてしまったようで、つられるように無邪気な笑顔を沖田に見せている。
が、それが銀時にとって面白いはずもない。
の手を取ると、やや強引にその手を引く。
「、行くぞ」
「あ、うん! え、えと……総悟くん」
突然のことに戸惑いながらも、は手を引かれるままに大人しく歩きかけ。
それでも、様子を窺うように沖田を振り返る。
何かを迷っているような、その瞳。
それを読み取った沖田は、笑みを浮かべたまま、に向かって手を振った。
途端、安堵したようにも手を振り返す。
の注意がまたも他の男に向けられていることに、銀時はやはり不満なのだが。
「銀ちゃん! お友達できちゃった!」
そう、嬉しそうに言われてしまうと、結局のところ大抵の事は許せてしまうのだ。
内向的で人見知りも激しいのこと。
友達ができる、ということは、大事件にも等しいことのようだ。
が他の男に、しかもよりによって真選組に近付くというのは気に入らないが。
それでもが向こうのことを「友達」だと思っている間は、のためにも耐えるべきなのかもしれない。
「って、コレって『お父さん』じゃね……?」
「え? 銀ちゃん、何か言った?」
思わず呟いた言葉を聞き返されるものの、銀時は「何でもねーから」と誤魔化す。
誤魔化したところで、口をついて出てしまった言葉が無かったことになるわけでもない。
まさに今の銀時の心境は、娘の男友達は片端から気に入らない父親そのもの。
何やら複雑な気分に陥る銀時。
だが、手の先にある温もりに愛しさを覚えるのは、間違えようの無い事実。
「アレだ。の作る菓子が楽しみだなー、って思ったんだよ」
「ほんと? じゃあ、頑張って作るね!」
繋いだ手は、離れない。
その温もりに、また別の感情が込められていることを知るのは―――もう少しだけ、先の話。
<終>
妹なんだから、苗字は同じなんだよなぁ、と。
そんな当たり前なことに今更気付き、少しばかりトキメいてしまいました。
つまり、それだけのためのネタです(何)
|