が普段通りだったから。
あまりにも、いつもと変わらない様子だったから。
―――などということが言い訳に過ぎないのは、銀時にもよくわかっている。
確かには、同年代の子供たちに比べれば、よほどしっかりとしている。
他人に迷惑をかけるような我が儘など口にも出さない。子供なら許されるような我が儘すら、滅多に言わないのだ。
けれども。
「ねぇ、銀ちゃん。明日もお仕事あるの?」
「ん? 依頼はあるけど……どうした? のお願いがあるなら、そっち優先しちゃうよ、俺は」
「ううん、いいの。お仕事あるなら、頑張ってね」
何でもないからと言うの笑顔は、いつもと同じで。
つい銀時は忘れてしまっていたのだ。
はまだ決して大人ではないのだということを。
そして翌日が、にとってどんな日であるのかということを―――
大人と子供の理想関係 〜忘れちゃならない事がある〜
昼間は暖かくなったとは言え、夕刻にもなれば肌寒さを感じるこの季節。
それが墓地となれば、余計に感じずにはいられない。
だが今の銀時には、悠長に寒がっている余裕など無かった。
愛想も何も無い墓石の間を目的地に向かい、早足で進む。
やがて目指す場所を視界に捉えた銀時は、同時に、探していた人物をも見つけることができた。
「!」
その名を呼べば、とある墓石の前に蹲っていた少女が、弾かれたように顔を上げる。
駆け足にも近い歩調で近付けば、泣き腫らしたと思われる真っ赤な瞳が真っ先に目に入った。
一体どれだけ泣き続けたのだろうか。誰もいない、こんな場所で。
を一人で泣かせてしまった。その事が銀時には悔やまれてならない。
「銀ちゃん…今日、お仕事じゃなかったの……?」
「今何時だと思ってんの。とっくに終わってんだよ」
すでに太陽は地平線の向こうに沈もうとしている。
仕事を終わらせて帰ってきたならば、万事屋の事務所内はもぬけの殻。帰りを待っているはずのは、いくら待てども現れない。
買物にでも出かけて、迷子にでもなったのかもしれない。
アテも無く、それでも探しに出ようとした銀時に、新八が不意に思い出した一言。
おかげで悩む必要も無く、この場に来られたわけなのだが。
「……もう四十九日か。早ェよな」
「知ってたの、銀ちゃん?」
「当たり前だろ?」
実のところ、新八が「そういえば二、三日前にちゃんが、四十九日のこと聞いてきたんですけど」と言うまでは、すっかり忘れていた。
だが、それをに言う必要は無い。
に並んでしゃがみ込むと、銀時もその墓前に手を合わせる。
こういう行為は所詮、生きている人間の自己満足なのだろう。
人が死ねば、煙と灰になり、最後には土に還るだけなのだから。
それでもこうして手を合わせてしまう。
冥福を祈るというよりもむしろ、生前に伝えることのできなかった言葉を伝えたいがために。
色々と口うるさい老婆ではあったが、のことを可愛がってはくれたし、何よりここまで育ててくれた。そのことに対する感謝の念は、確かにあるのだ。
墓周りは綺麗に清掃され、墓前には花が供えられている。
どう見ても店で買ったとは思えない、そのあたりに咲いているような花ではあったが。
それでもが選んで摘んだのであろう。小さくとも美しく咲いた花を。
派手さこそ無いものの、だからこそらしいとは思う。
一体がどんな気持ちで墓を綺麗にし、花を供えたのか。銀時には量り知ることなどできない。
にとっては育ての親。しかも銀時よりも長い時間を共にしたと言えるかもしれない、そんな相手の死。
泣き腫らした目を見るだけでも、その傷が未だ癒えていないことがわかる。
一人で泣かせたくなど、なかったというのに。
再び、墓石に目をやる。
温かみなどまるで感じられず、冷たく突き放してくる。
まるで、『死』そのものを示しているかのような、そんな墓石。
それでも、言いたい事はある。伝えるべき事は、あるのだ。
たっぷり数十秒。
墓石と睨み合った銀時は、「よっこらせ」と腰を上げる。
「そろそろ帰っか、」
「うん―――ひゃぁっ!!?」
立ち上がりかけたを抱きかかえると、驚いたような声があがる。
年よりも幼げに見えるその身体は小さく、軽い。
だからこそ余計に、脆く感じずにはいられない。
「ぎ、銀ちゃん! わたし、歩けるよ!?」
「いーのいーの。俺が抱っこしたいだけだから」
だから大人しく抱かれてなさい、と言えば、は言われるままに大人しくなる。
実に素直なのはよいことだが、この先、これほどまでに素直なままで生きていけるのかと、思わず心配になってしまう。
もちろん、が独り立ちしてしまうまでは、何がなんでもを守り通すという覚悟は、銀時もできているのだが。
「。今度ここに来る時は、銀サンに言え。俺も一緒に来るから」
「でも……銀ちゃん、お仕事は?」
「そこはが心配するトコじゃねーの」
安心させるように背中を軽く叩いてやる。
他人に対して気を遣いすぎなところも、の問題点なのかもしれない。
それが悪いとは思わないものの、少しは甘えたり我が儘を言ったりすることを覚えさせるべきなのかもしれない。
年相応の、子供らしく。
しかし、さしあたって銀時が思うことは、別の事である。
(今度来る時は、を泣かせたりしねェよ)
胸中で呟き、何気なく視線を背後へとやる。
―――墓前で、死んだはずの老婆がにやりと笑っているのが見えた気がした。
<終>
そろそろ四十九日なのは、我が家の婆ちゃんなのですが。
ネタにしてごめんよ、お祖母ちゃん……
こんなんじゃ供養にもなってないっての。
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