大人と子供の理想関係 〜お兄さんは心配症〜



「オヤ。しかいないのかィ?」
「ううん。定春もいるよ?」
 
それはつまり、今ここにいる人間は、だけだということだ。
 
「銀ちゃんたち、お仕事なんだって。だからわたし、定春とお留守番してなさいって言われたんだけど……」
 
どんなご用ですか? と尋ねられ、お登勢は迷う。
滞納されている家賃を取立てに来たのだが、しかいないのでは、取立てようがない。
ここは出直すべきか。
そう思うが、それではいつまでたっても家賃を回収することができないかもしれない。
かと言って、に伝言を頼んだところで、銀時は軽く無視してくれることだろう。
一度、ガツンと言ってやらねばならないのだが……
 
「お登勢さん?」
 
に呼ばれて、はっとお登勢は我に返る。
目の前には、可愛らしく小首を傾げるの姿。
それは、銀時が何よりも誰よりも可愛がっている、まさに溺愛していると言っても過言ではない妹。
兄とは似ても似つかない、素直で大人しく、実に可愛らしい
に何かあってはたまらないと、仕事先には絶対に連れて行こうとしない銀時ではあるが、それはあまりに過保護であろう。
銀時が思う以上に、は幼げな外見からは想像がつかないほどにしっかりしているのだから。
そう。しっかりしているのだ。は。
 
「……アイツらがいないってなら、に頼もうかね?」
 
銀時に思い知らせ、尚且つ家賃を回収できる。
そんな一挙両得の手段を思いつき、お登勢は煙草を片手ににやりと笑みを浮かべたのだった。
 
 
 
 
 
 
「ババア! 俺のどこにやったんだァ!!?」
 
ガラリと乱暴に扉が開いたかと思うと、銀時がいつになく真剣な表情で怒鳴り込んできた。
予測していたこととは言え、その声の大きさにお登勢は顔をしかめる。
 
「営業妨害するなら、帰んな」
「俺の至福を妨害してんのはババアの方じゃねーか!!」
 
ずかずかと店内に入り込む銀時に、店の客達は何事かと一様に振り向く。
だが、その視線を気にするような銀時ではない。
第一、今は何よりのことが気がかりなのだ。
依頼をこなして帰ってきてみれば、家の中には定春一匹。肝心のはどこへ行ったのかと思いきや、机の上にはお登勢の字で「は預かった」との文字。
 
「なに勝手に持ち出してんだよ!? は俺のだよ、俺の! 今すぐ返せコノヤロー!!!」
「あ。銀ちゃん! お帰りなさい!」
 
今にもお登勢に詰め寄らんとした銀時だったが、店の奥から聞こえてきた声に、表情を一変させる。
耳慣れた、可愛らしい声。
パタパタと駆け寄ってくる気配に、「ただいま、」と振り向き。
そのまま、硬直してしまった。
そんな銀時に、は不思議そうに小首を傾げて「どうしたの、銀ちゃん?」と問いかけてくる。
銀時のことを心配してくるは、それはもう可愛らしい。
その可愛らしさは、普段と変わりない。ないのだが。
問題は、その格好。
いつもの着物ではない。見慣れない着物だとか、そういうレベルですらない。
腰で絞られた濃紺のワンピース。膝丈でふわりと揺れる裾の下からはレースが覗き、白いソックスと革靴を履いた足が伸びる。
ワンピースの上には、染み一つ無い真っ白なフリル付のエプロン。襟元には赤いリボンが。頭上でもレースが揺れている。
それは俗に言うならば「メイド服」というもので。
 
「銀ちゃん?」
「あ、イヤ、そのカッコは……」
ちゃん! 水持ってきてくれないかい!」
「あ。はーい!」
 
銀時が言いよどんでいる間に、は客に呼ばれてぱたぱたと行ってしまう。
水を持っていき、客に礼を言われると、恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
そんなの姿に、ようやく銀時の思考回路が動き出す。
 
「オイ、ババア」
「なんだィ」
「ババアの仕業か、アレ」
「似合ってんだろ?」
 
似合っている。確かに。それはもう似合っている。犯罪だと思えるほどに似合っている。
この点に関しては、銀時にも異論は無い。
深々と頷いて肯定したところで、しかし銀時は我に返った。
 
「って、ソコじゃねーだろ問題は!! なんでがメイドやってんだよ!!?」
「胸に手を当てて考えてみな」
「……俺的にはロング丈を希望してたんだが、膝丈ってのもなかなかオツなモンだよな」
「テメェの妹に欲情してんじゃねェェェ!!!」
 
別に欲情はしてねーよ、と反論しかけたところでがぱたぱたと戻ってきたものだから、銀時はそれ以上の言葉を止める。
代わりに、有無を言わさずにを抱き上げると、くるりと方向転換をした。
 
「じゃーな、ババア。は連れ帰っから」
「待ちな」
「ダメだよ、銀ちゃん」
 
お登勢の言葉だけならば、無視したところだ。
しかし何故かからもダメ出しを食らい、どういうことかと銀時は足を止める。
無言で問うと、困ったようには説明を始めた。
 
「だ、だって……お家賃、溜まってるんでしょう? お登勢さんに悪いよ。
 お家賃の分、働いてくれたらいいって言われたから、それでわたし……」
 
それで、何がどうしたらがこのような格好になるのか。
以前にも働いて返せと言われたことはあるが、精々が店内の清掃程度だったはずだ。
が人見知りしがちな性格だということは、お登勢も知っているはずである。尚の事、普通ならば店内の清掃程度の仕事を任せるだろう。
となれば、確実に意図があるわけで。
その意図を読み取った銀時は、舌打ちをしながら懐を探る。
出てきたのは、今日の仕事の依頼料。
を抱き上げたまま、片手で器用に家賃分だけ取り出すと、それをお登勢の前へと叩きつけた。
 
「ほらよ、ババア。家賃だ。これで文句無ェだろ」
 
そう言うと、今度こそ銀時は店の外へと出た。
二階へと続く階段を上りながら、頭を占めるのは今後の生活費をどこから捻り出せばいいのかということだ。
近いうちに新たな依頼が来ないことには、水と砂糖とスーパーの試食品コーナーという食生活も覚悟しなければならない。
できればそんな侘しい目にを遭わせたくはないのだが。
しかし今後も家賃を滞納すれば、すぐさまがお登勢に攫われるのであろう。そしてメイドで給仕。
確かにメイド姿は可愛いのだが、だからと言ってその姿でがどこの誰とも知れぬ男達の前で働くのは我慢ならないものがある。
 
「……銀ちゃん。怒ってる?」
「あ? 怒ってねーよ」
 
怒ってはいない。それは確かだ。
に対して怒る理由は何も無いのだから。
ただ一つだけ、言うことがあるとするならば。
階段を上りきり、玄関の前でを下ろすと、銀時はと視線を合わせるために屈みこむ。
 
はな。家賃の心配なんか、しなくてもいーの」
「でも……」
「心配すんなら、俺の心配しよう。な?」
「銀ちゃんの?」
 
不思議そうに首を傾げるに、銀時は苦笑いを浮かべる。
悟れという方が無理かもしれない。
感覚ではわかるかもしれないが、説明しなければ理解にまではいたらないだろう。
自分のことを心配してくれる人間がいるということが、どれほど安心できることなのか、ということは。
だから、というわけでもないが。
には、家賃などという所帯じみた心配をさせるくらいならば、自分のことを心配してほしいと思ってしまうのだ。
どういうことなのかわかっていないであろうの頭をくしゃりと撫でると、玄関を開けてその背中を押す。
促されるままに中へと入りかけ。
しかし不意に振り返り、は銀時を見上げる。
 
「銀ちゃん。銀ちゃんは、わたしの心配してくれる?」
「ん? 当たり前だろ?」
「うん! じゃあわたしも、銀ちゃんの心配してればいいんだね!」
 
嬉しそうに笑うと、はぱたぱたと中へ駆けていってしまった。
わかっていないと思ったが、どうやらわかってしまったらしい。
心配して、心配されて。
それは他人に縛られているような気分にならないでもないが、相手がならば構わないと銀時は思う。
少なくとも、が嬉しそうにしている限りは。
頭を掻きながら、銀時もまたの後を追って部屋の中へと入る。
 
のメイド姿と生活費の喪失に、銀時が新八と神楽から非難を浴びせられるのは、また別の話。



<終>



思ったより長くなった……
単にメイドさんが書きたかっただけです。メイドさんが。
文章で書いてもイマイチのような気もしますけどね。

タイトルは気にしないでください。ええ。もう気にしてはイケマセン。