大人と子供の理想関係 〜買物帰りは寄道厳禁〜
うだるような暑さの、昼下がり。
見廻りに出てきたものの、この暑さ。どこでサボろうかと店を物色していた沖田の目に、見覚えのある少女の姿が飛び込んできた。
重そうな買物袋を手に、少しばかり危なっかしい足取りで歩く少女。
気付くや否や、考える間も無く沖田は少女に向けて声をかけていた。
「!」
「―――あ、総悟くん!」
きょろきょろと周囲を見回していたは、沖田の姿を認めると、にこにこと笑って手を振る。
その可愛らしい姿に、沖田もつられて笑顔になってしまう。
こうして見ると、この可愛らしいが、あの銀時の妹だとはとても信じ難い。未だに9割方は疑わしいとすら思っているのだ。
だが自身が妹だと言ったのだから、事実は事実として受け止めるしかないのだろう。
が言ったのでなければ、10割方の疑わしさで銀時を尋問していたかもしれない。
世の中に奇跡というものがあるのならば、自身が奇跡の産物というわけだ。
つらつらとそんなことを考えながら、へと歩み寄る。
「総悟くん、お仕事の途中?」
「は買物かィ?」
そんなことは見ればわかるのだが、はにこにこと笑ったまま頷く。
幼げな少女には明らかに重過ぎるであろう、買物袋。
それをひょいと取り上げると、は慌てたような仕種を見せるが、沖田はそれを軽やかに無視する。
重い荷物を持たせ続ける方が、よほど問題だと思ったからだ。
荷物を取り上げたついでに、サボる絶好の口実を発見する。
視界に入ってきたファミレスを指差すと、「ちょっと一休みしていかねェかィ?」とを促した。
「これから昼メシ食おうと思ってたんでさァ」
「でも銀ちゃんが、帰る時は寄り道しちゃダメって……」
一見チャランポランに見える銀時も、一応は真っ当な教育を妹に対してしているらしい。
とは言え、溺愛していると言っても差し支えないほどに銀時がを可愛がっているのは、一緒にいる場面を一度見ただけでもよくわかる。
あの様子からしてみれば、を一人で買物に出していることに違和感を覚えるほどだ。
だがそれは、今はどうでもよいことである。
いくら銀時が真っ当な兄だろうとも。保護者らしいことを言い聞かせていようとも。
せっかくサボる口実が目の前に転がっているのだ。利用しない手は無い。
どう言えばが頷くか。
「一人で食うメシは、味気無くていけねェや」
それが本心というわけではもちろん無く、これでが頷いてくれれば儲けもの、程度の気持ちで口にした言葉。
しかしその言葉は、思いのほかの心を揺さぶった。
沖田には知る由もないことだが、一人で食事をすることの淋しさをは痛いほどにわかっているのだ。
いつも一人だったわけではない。普段は育ての親にあたる老婆と一緒だったし、今では銀時たちと一緒の賑やかな食卓だ。
それでも、独りにされることの辛さは、幼いながらには知っている。
だからこそ、「一人」という言葉には過敏に反応してしまうのだ。
「あ、あのね……ちょっとだけなら、いいよ?」
銀時に言われたことを守らなければならないと思う反面、一人で食べる食事は味気ないと、身に染みて知っているからこそ。おずおずとだが、は頷く。
そんなの心境を知らない沖田は、の承諾を見た目通りの優しい心根故だと解釈したが、とにかくの承諾を得たことに違いは無い。
これで後は、誰に見つかって何を言われようとも、「一人で危なっかしげに歩いている少女を保護して家に送り届けようとしただけ」と言い張ればよいだけだ。
しかし、サボることに今更口実など必要なのか。そのようなものが無くとも、普段であれば構わずサボっているのではないか。
そんな自身に対する問いかけを無視して、沖田はをファミレスへと促したのだった。
が、今。
目の前には、沖田が半ば強引に注文してやったショートケーキを美味しそうに食べると。
その隣には、こちらは勝手に注文したチョコレートパフェを平然と食べる銀時がいた。
「……よくここがわかりやしたねィ」
「あ? 俺のセンサーなめんじゃねーよ」
な? とに笑いかけて頭をくしゃくしゃと撫で回せば、は嬉しそうににこにこと笑う。
しかし一体、どうやってこの場所を突き止めたのか。
仮にも万事屋なのだから、様々なツテはあるのだろうが。それにしたところで尋常でない早さだ。
何せ、注文した品が来るか来ないかのうちに、銀時が押し入ってきたのだから。
それとも本当に、センサーでも搭載しているのだろうか。バカげた話ではあるが。
ともあれ、のことを心配しているのはよくわかる。
が、この可愛がり方は尋常でないようにも沖田は思う。過保護というよりも溺愛、溺愛というよりもシスコン。
自身も十分シスコンであることを棚に上げて呆れた視線を銀時に向けるが、向けられた本人はまるで気にしていないようだ。
パフェを食べながらも、隣でケーキを頬張るを構うのに余念が無い。
「ほれ、口元に残ってんぞー?」
笑いながら、銀時がの口元についていた生クリームを指先で拭う。
傍から見たならばそれは、兄と妹というよりも、恋人同士のやりとりに近い。年の差さえ考えなければ。
年の差を考えたならば―――むしろ、犯罪に近い。
「あ、ダメだよ銀ちゃん! それわたしの!!」
銀時が拭い取ったクリームを舐めようとしたのを見て、慌ててがそれを止める。
のこの子供らしい行動は、見ていて微笑ましいものがある。あくまで、だけならば。
だが、微笑ましいのはここまでだった。
生クリームのついた銀時の指先を引き寄せる。
自分の指に掬い取るのかと思いきや―――そのまま指先を銜えて舐めたのだ。微塵の躊躇も無く。しかも一度では舐めきれなかったのか、幾度か。
あまりに唐突なの行動に、沖田だけでなくさすがに銀時も硬直した。
だが、当の本人であるは何もわかっていないのか、きょとんと一人小首を傾げている。
そんな純真無垢な少女だからこそ、余計に犯罪性が増すというもので。
「どうしたの? 銀ちゃんも総悟くんも」
「……旦那。アンタ、なんて教育してんですかィ」
「旦那じゃねーよ。ババアだよ。ババアだからな。なんて教育しやがったのは」
呆然とする銀時の様子を見れば、確かにその言葉に嘘は無いのだろう。
不思議そうに銀時と沖田を交互に見るの様子を見ても、たった今自分がした行為を特に何とも思っていないのがわかる。
けれどもそれはどちらも、今この時点では、の話だ。
はともかくとして、銀時がこの先どう転ぶか。
舐められた指を呆然と見つめ、ゴクリと唾を飲み込む姿を見れば、それは一目瞭然。あまり考えたくない未来が待ち受けていそうだ。
しかしは完全に銀時のことを信じきっているのであろう。
一体どうすれば、いつか本当に犯罪を起こしかねない銀時からを守れるのか。
珍しくも他人を心配し、沖田は思案に暮れる。
「銀ちゃん? 総悟くん?」
ただ一人。だけが、わけもわからず目を瞬かせていた。
<終>
まぁ、アレです。
指舐めるのってエロい感じするよね、ってそれだけのことです。
ただそれだけが書きたかった話(ヲイ)
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