かぶき町の街並みにも慣れて、買物も一人で行けるようになって。
自身、もう大丈夫と安心していたのだろう。
しかしそれは決して、近隣の道を熟知したとは到底言えないということに、は気付いていなかったのだ。
慣れたのは、あくまで表通り。
一歩路地裏へと入り込んでしまえば、そこはもう未知の世界。
買物帰り、道端で見つけた白い子猫。
その可愛らしさに、つい追いかけてしまい―――気付けばは、まるで見知らぬ場所に一人で立ち尽くしていたのだった。
大人と子供の理想関係 〜油断は大敵を呼び寄せる〜
そして今。
来島また子はこれ以上無いほど途方に暮れていた。
明らかに迷子と見られる少女を見つけ、気紛れで声をかけたまでは良かったのだ。
しかしその少女、見知らぬ人間に突然話しかけられたためか、買物袋をぎゅっと抱えたまま、怯えたように身を竦ませるのみ。何を聞いても、涙目のまま口を開こうとはしない。
そのまま放っておけば良かったのかもしれないが、また子も何やら意地になってしまったのだ。
どうにか少女の口を開かせよう、自分を頼りにさせようと、強引に連れ帰り―――結果、どうしたところで口を開かない少女を前に、途方に暮れているのだ。
自分がイラつけば少女がますます怯えるとわかっていても、苛立つ心を抑えきれない。
「また子さん。どうしたんですか、その娘は。あと5,6年もすればとんでもない事になりそうな」
「黙れ変態」
どこからともなく現れた武市の言葉に、反射的に銃口を向ければ、少女はますます怯えたように後ずさる。
まさに事態は悪化の一途を辿っている。これでは一体なんのために連れ帰ってきたのか。
諦めて警察に届けるというのが、この場合の一般的な対処法ではあろう。迷子は警察へ。面倒ごとは警察へ。
しかし指名手配中の身。のこのこと警察になど行けるわけがない。
誰か顔の割れていない下っ端あたりにでも連れて行かせるか。
そこまで考えたところで、また子にしてみれば救いの神とも言える声の主がやって来た。
「何やってんだ、テメェら。揃いも揃いやがって」
「晋助様!」
この状況、高杉が来たからと言って、何がどうなるわけでもないはずなのだが。
それでも、二人よりは三人。しかもそれが何よりも敬愛する高杉なのだから、意図せずともまた子の声には喜びが混じる。
が、それも束の間のことでしかなかった。
やって来た高杉が少女を視界に収めると同時、少女もまた、高杉の顔を見て小首を傾げ。
「じゃねーか!」
「晋ちゃん! やっぱり晋ちゃんだ!!」
瞬間、また子と武市の二人を襲ったのは、驚きよりも衝撃だった。
迷子になっていた少女―――と高杉が知り合いだったという事実は、確かに驚きではある。
だがしかし、それは単なる偶然で片付けられなくもない事象だ。
それよりも。
ありえない現実に、二人は衝撃を受けたのだ。
二人の目の前には、あってはならない「モノ」があった。
喜色満面の笑みを浮かべたが買物袋を抱えたまま小走りで高杉のもとに駆け寄る姿は、むしろ可愛らしい。
押し黙っていたのは見知らぬ人間に囲まれていたせいかと、納得しないでもない。
問題はそこではないのだ。
小走りに駆け寄ってきたを抱き上げた高杉―――その顔に浮かべられたのは、満面の、一般的には爽やかと言っても差し支えないであろう、そんな笑み。
高杉の中身を知る人間にしてみれば、正直に言って、不気味なまでに怖い。
武市の背を冷たいものが伝い落ち、また子ですら怯えて後ずさる。
まるで、見てはならないモノを見てしまったかのような。
目の前にいるのは、高杉であって高杉ではない。少なくとも鬼兵隊を率いている高杉ではない。高杉の皮をかぶった、他のイキモノだ。そう、が「晋ちゃん」などと大の大人には似合わない呼び名で呼ぶ、見知らぬ人間だ。
そうとでも思わなければ、とてもではないがこの現実に折り合いをつけることなどできそうにない。
「大きくなったじゃねェか、」
「だって。久しぶり、だもん。それより晋ちゃん、どうしたの、左目。ケガしたの? 痛いの?」
「心配いらねェよ。ただのカスリ傷だ、こんなモン。そんなことより、どうしてがここにいるんだ?」
「あ、あのね……帰り道がわかんなくなって……そしたら、あのお姉ちゃんが……」
カスリ傷ってなんですかアナタ!? と言いたくなる衝動を抑え。
黒い獣はどこに行ったんですか!? と叫びたくなる激情を堪え。
何やら虚無感に襲われたまた子と武市の二人だったが、不意に話を向けられたことで、はっと我に返る。
二人に向けられた高杉の表情は普段どおりで、先程までの現実は幻覚だったのではと思うほどだ。
むしろ、そう思い込みたい。
そんな二人の思いを知ってか知らずか、あくまで二人に向ける顔はいつもと変わらぬもの。なのだが。
「。安心しろ。俺がちゃんと家まで送ってやるからな?」
「ほんと!? ありがとう、晋ちゃん!!」
その顔がに向けられた途端、この世のものとは思えぬ笑みがその顔に浮かぶ。
あまりの変わりように呆然とするしかないまた子は、未だ抱き上げられたままのが、おずおずと「お姉ちゃん、ありがとう」と手を振ってきたのに対し、なんとか手を挙げるのがやっとだった。
ようやく地面に下ろしたの手を取って、高杉が歩いていくその後姿を、いつまでもいつまでも見送って。
口か利けるようになる頃には、二人の後姿はとっくに見えなくなっていた。
「……まったく恐ろしい娘ですね。5,6年を待たずして男を虜にするとは」
「……それは、晋助様がロリコンだという意味っスか?」
「あの様子では、間違いない―――って、また子さん!? 何するんですかあなたは!!?」
「訂正するっス! 晋助様を愚弄するヤツは、たとえ武市変態でも許さないっス!!!」
「先輩だから! 変態じゃないから!! って言うか銃口下ろしてくださ―――っ!!?」
高杉のに対する態度に、同じ不安を実はまた子も抱いていた。
が、他人からもそれを指摘されると、その不安が確固たるものになってしまうのだ。
だからこそ余計に、強硬に否定を迫ることになる。
思い込んだら一直線。そんなまた子を口先だけの懇願で止められるはずもなく。
夕闇迫る空の下。乾いた音が響き渡ったのだった。
<終>
えー。キモい高杉さん書きたかったのですがね。なんかね。字面だとね……
絵を想像すると、激しくキモいものが出来上がる気がします。ええ。
とりあえず、攘夷組な面々はちゃんのことを知ってるという設定で。
時折戦場まで銀ちゃんに会いにやってきては、みんなのアイドルになってるといい(笑)
さて。これは続きで銀ちゃんと高杉さんの対決編を書くべきか、んなモン無視して次いっちゃうか……
あ。七五三ネタとか書きたい。時間的に無理か? 来年か?(来年までやるつもりかよ)
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