それは、少しだけ昔の話―――
 
 
 
 
大人と子供の理想関係 〜七五三、成長祝って厄払い〜



 
秋風が、やや肌寒さを感じさせる11月。
風の冷たさに思わず身震いすると、すかさず隣―――やや下方から、声が投げかけられる。
 
「銀ちゃん。さむいの?」
 
繋いだ手から、震えが伝わったのだろうか。
心配そうな表情を見せるは、今日は常とは異なり、晴れやかに着飾っている。
いくつもの花が裾に染め上げられた、鮮やかな朱色の着物。髪は纏め上げられ、簪や花飾りに彩られている。
今日はのための日であるというのに。他人に気を遣いすぎる癖は、こんな日でも健在らしい。
それもまたらしいと言えばその通りで、そんなだからこそ銀時は可愛くて仕方がないのだが。
繋いだ手を握り直すと、に心配をかけまいと、殊更に何でもないような声を出す。
実際、が心配するほどに寒くはないのだから。
 
「ちょっとな。でも大丈夫だろ。がいるしな」
「わたしが?」
 
どういう意味かわからず、は小首を傾げて銀時を見上げる。
その意味を自分なりに考えようとしているのであろうが、答えが出るのを悠長に待つつもりは銀時には無い。
繋ぎ直したばかりの手を解くと、そのままの小さな身体を抱き上げる。
小さな―――それでも確かに成長している、の身体を。
 
「ほら。こうすりゃ寒くねェだろ? 俺もも」
「うん!」
 
抱き上げられ、嬉しそうに頷くに、銀時もまた笑顔を返す。
久々に会えたというのに、自分からは決して甘えてこようとはしない
銀時に気を遣っているのか、はたまた甘え慣れていないだけなのか。
どちらにせよ、今日ばかりはうんと甘やかしたところでバチは当たらないだろう。
11月15日。七五三。
7歳になった。普段、一緒にいてやれない分、せめてこういう祝い事の時くらいは一緒にいて、うんと可愛がってやりたいのだ。
自分の勝手で攘夷戦争に参加して、の事を他人に任せきりにしているという負い目があるからこそ。
そして何より、そんな銀時に対して文句一つ言わず、ただじっと待っていてくれるだからこそ。
ただの自己満足でしかないことはわかりきっているし、それがを放ったらかしにしていることに対する免罪符になるとは露ほども思っていない。
それでも、せめてもの罪滅ぼしはしておきたいのだ。
たった一人の―――血の繋がりはなくとも、愛しくてならない、小さな妹のために。
を抱き上げたまま、神社へと続く石段を一段一段踏みしめる。
何でもないことのようにを抱き上げたはいいが、こうして石段を上っていると、その重みが確かに腕にかかってくる。
いつまでも小さなままではないとわかってはいるし、の成長が嬉しくないわけではない。だがそれでも、どことなく寂しさも感じずにはいられないのだ。
一体いつまで、と一緒にいられるのだろうか。
不意に襲われたそんな不安を振り払うように頭を軽く振ると、すれ違う親子連れが目に入った。
すでに神社で御参りを済ませたのであろう。子供の手には千歳飴の入った袋が握られている。
 
ー。千歳飴、食うか?」
「いいの?」
 
まったく、そんなことまで遠慮する必要など無いというのに。
笑って頷いてやると、「じゃあ銀ちゃんもいっしょに食べようね?」と嬉しそうにしがみ付いてくる。
その程度のことで、これほどまでに喜ぶのためならば、何だってしてやりたいとすら思える。
まずは千歳飴。七五三参りが済んだら、それを食べながらの好きなところに連れて行ってやろうか。
そんなことを考えながら、銀時は最後の一段を上りきる。
鳥居をくぐれば、そこはもう神社の境内。
普段であれば閑散としているこの場所も、今日に限っては親子連れで少しばかり賑やかだ。
本殿へと続く石畳。その脇には千歳飴を売る巫女。そして更に脇へと外れた場所には―――
 
「帰るぞ
「え? 銀ちゃん?」
 
どうしたの? とが目を瞬かせるのには気付かない振りを。
神社は他にもあるのだ。七五三参りなど、そちらでやっても差し支えはあるまい。ここに来たのは、ただ単に近所だったという程度の理由に過ぎないのだから。
強引に自身を納得させ、銀時が180度方向転換したのと。声がかかったのは、ほぼ同時だったか。
 
「どこへ行くつもりだ、銀時。本殿は向こうだぞ」
「久しぶりだな、
「その着物、よう似合っちょるのー。可愛いぜよー」
「小太ちゃん! 晋ちゃん! たっちゃんも!!」
 
気付いてんじゃねェェェ!!! との銀時の心の叫びは、一体どちらに対してのものだったか。
しかしいくら叫んだところで、外れた場所に立っていた、明らかに場違いの男三人―――桂、高杉、坂本はこちらに気付いてしまったし、も向こうに手まで振っていたりする。
今から逃げ出したとしたら、に不審がられるどころか、下手をすれば非難される可能性とてある。
結局銀時にできることはといえば、せっかくの兄妹水入らずの一日を邪魔された事に対する恨みを誰に投げつければよいのか、思案することくらいだ。もちろん、だけは対象外だが。
そわそわするを下ろしてやると、歩み寄ってくる三人の方へと駆け寄っていく。
その後姿は可愛いのだが、向かう先があの三人というのが銀時は気に食わない。
何故、三人がこの場にいるのか。揃いも揃って戦争を放棄して7歳児に構いに来ているこの状況は、何か間違っていないか。
自分がその筆頭であることを棚に上げ、どうにかして追い払えないものかと考える銀時ではあったのだが。
それでも三人に構われ楽しそうにしているの姿を見てしまうと、そんな気も失せそうになる。
近所には年の近い子供もおらず、いつも一人で遊んでいるという。口には出さないが、きっと寂しい思いをしているのだろう。
あの三人がの友人だと認めるつもりは一切無いが、それでもが楽しそうにしている以上、引き離してはが傷つくかもしれない。
それに。
 
「銀ちゃん! ちとせあめ! みんながくれたの!」
 
それに結局のところ、誰がいようとも、今のにとっての一番は銀時なのだ。
三人のところにいたはずのが、いつの間にか銀時の元に戻ってきたかと思うと、袋の中から一本の千歳飴を差し出す。
どうやら「一緒に食べよう」と約束した言葉を、しっかりと守るつもりらしい。
にこにこと笑うの手から千歳飴を受け取ると、空いている手で差し出されたままのの手を取る。
 
「んじゃ、あとは厄払いしねェとな。厄払い。その辺に厄が三つも転がってるみてェだし?」
「やく? やくってなぁに?」
「それは銀時のことだ、
「そしてテメーも入ってるんだろうぜ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ。むしろ貴様の方が厄であろう、高杉」
「アッハッハッ。つまりわし以外の全員が厄っちゅーことじゃ、
「さりげなく自分を頭数から外してんじゃねェェェ!!!」
 
そしてやはりいつの間にか、の周囲に集まる男達。
7歳の少女の周りに男が4人という一種異様な光景はやはり目につくらしく、周囲からも訝しげな視線が向けられる。
けれども、その視線を気に留める者は、この5人の中には誰一人として存在しない。
男4人は互いを牽制しつつを構おうとし、はそれらを受けてにこにこと笑いながら、それでも銀時の手をぎゅっと握り返してくる。
それに気付いた銀時は、繋いだ手に少しだけ力を込める。
 
その小さな手を決して手放さないように。
いつかは、手放さなければならないのだとしても。今だけでも、手放さないように―――



<終>



突発で。ええ。書きたくなったので。
4人に猫可愛がりされてるといいなぁ。呼び名は……まぁ、気にしない方向で。
細かい設定とか状況とか、ツッコんでしまったら矛盾点が山ほど出てきそうですが。
こう……ノリと勢いで書いてるので、スルーしていただけるとありがたいです。色々と。
ところで七五三って、成長のお祝いにお参りするってだけで、厄払いとかは特に関係なかったと思うんですけどね。多分。