甘い物には手を抜かないのが、銀時の性質。
それが愛しい愛しい恋人のためならば、尚更のこと。
スポンジからお手製なのは当たり前。
甘い甘い、真っ白なクリームを塗ったその上には、厳選に厳選を重ねた果物を。
完璧なるデコレーションを施して。
箱に収め、リボンをかければそれで完成。
 
それは、愛しい恋人―――へ贈る、バースデー・ケーキ。
 
 
 
 
 
 
Cake Dance!
 
 
 
 
 
 
まずは、第一関門。万事屋脱出。
ケーキが神楽に見つかれば、騒がれることは必死。
だからこそ、上手いこと用事を押し付けて、神楽も新八も外に追い出しておいたのだが。
もはや、いつ帰ってきてもおかしくはない時間。
念には念を入れ、もう一つ二つ用事を言いつけておけばよかったと思ってみても、後の祭り。
だが、万事屋を出ないことには何も始まらない。
たった数分。数分あればいいのだ。
その数分に神楽が帰ってきてしまわないことに賭けつつ、銀時はケーキを入れた箱を手に玄関へと向かう。
が、賭けは見事玉砕。
玄関の扉に手をかけようとしたその瞬間、それより先にガラリと扉が開き、「ただいまヨ〜」と神楽が現れたのだ。
突然目の前に現れた相手に、銀時も神楽も驚愕の表情を見せる。
しかし、それも一瞬のこと。
 
「銀ちゃん! 何アルか、その箱! 私に内緒で何を後ろ暗いことしてたネ!?」
「それより神楽、酢昆布だ! 酢昆布やるから行きやがれコノヤロー!!」
 
銀時が手にしていた箱を目聡く神楽が見つけたのも束の間。
噛み付かれる前にと、銀時は懐から酢昆布を数箱取り出し、事務所の奥へと投げ入れる。
さすがに目聡い神楽は、いくつもの酢昆布が宙に舞うのを見逃さず、ものの見事に注意を酢昆布へと向け事務所内へと駆け込んだ。
切り札は用意しておくものである。
今の隙にと銀時が玄関を出ると、すぐ目の前にはやはり驚いた新八の姿。
 
「後は任せた、新八ィィ!!」
「え、ちょっ、後って何ですか銀さん!!?」
 
戸惑う新八を他所に、銀時はその横をすり抜けて階段を駆け下りる。
何としても神楽に捕まるわけにはいかないのだ。
無事に階段を駆け下りたところで、第一関門クリア。
続く第二関門も、店から顔を出したお登勢に「悪ィ、ババア! 家賃は再来月払ってやらァ!!」と言い捨てて走り抜けた。
後で烈火のごとく怒り狂って取り立てにくるのだろうが、とりあえず今を乗りきることができれば問題は無いのだ。
こんなわけで、第二関門はあっさりクリア。
 
どれほど走ったのか。
確実に追っ手が誰もいないことを確認し、銀時はようやく歩調を緩めた。
抱えていた箱を胸の高さまで持ち上げてみたが、外見は異常無し。箱は潰れてはいない。リボンも解けてはいない。
だからと言って、中身のケーキが崩れてしまっていないか否かまでは確認しようがないのだが。まぁ大丈夫だろうと銀時は楽観視する。
簡単に崩れてしまうようなものをつくった覚えはないのだから。
ここまで来れば大丈夫かと、銀時は鼻歌交じりに歩き出す。
だが、世の中とは上手くいかないものである。
 
「おや。旦那じゃねェですかィ。そんなご機嫌で、どこへ行くんでさァ?」
 
かけられた言葉にぎょっとして振り返れば、そこには案の定、今だけは絶対に見たくなかった顔が二つ。
見廻り中なのであろうか。沖田と、そのやや後ろで不機嫌な顔を隠そうともしない土方と。
唐突に、第三関門が現れてしまった。
これを突破しない事には、明るい未来はやってこない。
迂闊なことを話して、今日がの誕生日だと知られてしまうのは大いに困る。
この様子ならば知らないのであろうの個人情報を、わざわざ教えてやる義理はない上に、何よりせっかくのの誕生日、二人きりで過ごしたいのだ。
 
「イヤ、アレだよアレ。仕事だ。届け物頼まれてんだよ。じゃ!」
 
もきっと、自分が来るのを待ちわびているだろう。
そそくさとその場を離れようとした銀時だったが、そうは問屋が卸さないのがこの世の中。
がしっと肩を掴まれては、無理に振り払う事もできない。
そんなことをすれば、何かあると思われるに決まっている。
 
「イヤ、旦那。実はですねィ。届け物装った爆弾テロがまた流行ってんでさァ。
 決まりなんで、ちょいと中を改めさせてもらってもいいですかィ?」
「沖田君。旦那を信じろ。
 この俺が、テロだペロだペドロだ、そんなものに関わると思ってんの?」
「てめーが信じられるんなら、この世に警察はいらねェよ」
 
ずいっと足を踏み出してきた土方が、冷たく言い放つ。
銀時にしてみれば別に土方に信じられたいわけでもないが、しかしこの場だけはどうにか誤魔化さなければならないのだ。
箱の中身を見せてさっさと解放されるならば、それが一番早いのかもしれないが。
しかし、我ながら手の込んだ、大作ともいえるケーキ。それを手に歩いていて「なんでもない」では通らないだろう。
テロの疑いは晴れようとも、何のためのケーキなのかと、別の疑惑は持たれるに決まっている。
疑惑を持たれたが最後、どうやってのことが知れてしまうかわかったものではない。
 
「アレだよアレ。依頼主の秘密は死んでも守るのが俺の主義なんだよ。だから見せられねェっての」
「いいじゃねェですかィ。減るもんじゃねェし」
「大体、頑なに見せようとしねーところが怪しいんだよ、てめーは」
 
迫る二人に、銀時の背中を汗が伝う。
この調子では、誤魔化すことは不可能に近いだろう。
誤魔化せたとしても、一体どれだけの時間を費やすことになるのか。
そんなものは時間の無駄である。
となれば。
 
「悪ィな。俺、急いでんだわ。じゃっ!」
「あ、旦那!」
「てめっ、待ちやがれっ!!」
 
余計に疑われることになろうとも、ここは強行突破。
後で何を言われようとも、とりあえずこの場をやり過ごすことができれば、そしてのもとへ一刻も早くたどり着くことができれば、それでいいのだ。
全力でその場から走り出した銀時を、しかし土方と沖田が大人しく逃すはずもない。
第一、逃げ出すということは何か後ろ暗いことがある証拠だというのは、基本中の基本である。
基本に忠実に、というわけでもないが、何かあると踏んで二人が銀時を追うのは自然の流れともいえる。
この二人の追跡を振り切るのは至難の業かもしれない。
が、男には不可能を可能にしなければならない時もあるのだ。
死に物狂いで、それでもケーキだけは死守すべく抱えて全力疾走すること幾許か。
いい加減に息も切れそうなところで、銀時にとっては天の助けとも思えるような人物を目前に発見した。
 
「ヅラァァァ!!」
「ヅラじゃない、かつ―――
「後は頼んだぜ、ヅラァァァ!!!」
 
桂のいつもの口癖を最後まで聞くことなく、銀時は勝手に後を押し付けるだけ押し付けて、その横を走り抜ける。
それこそ、桂に何かを問い質させる暇も無く。
ややあって、走り続ける銀時の後方から「か〜つらァァァ!!!」との声が聞こえてきたところを見ると、どうやら土方と沖田は、銀時から桂に狙いを変えたようである。
まさに狙い通り。首尾は上々。
どうにかこうにか、第三関門は見事に突破。
ようやく走るのを止めた銀時は、呼吸を整えながら歩く。
箱の中身に関しては、もはや無事を祈るしかない。
 
「無事だよな。無事のはずだよな。俺はお前をそんなヤワなヤツに作った覚えは無いぞ。な?」
 
思わず箱に向かって話しかけてしまうものの、それで返事が返ってくるわけでもない。
己の行動に苦笑いしつつ、銀時は歩を進める。
向かう先はの家。
これ以上の邪魔は入らないだろうと、そう思っていたところへ。
 
「あら、銀さん。お仕事ですか?」
 
耳に届いた声に、銀時は足を止める羽目になり―――
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
―――なんだよ。厄日かよ、今日は」
 
お妙に出くわし、そこへ近藤が現れて一騒動。
そこから逃げ出すだけでも一苦労だったというのに、その後も次から次へと、今だけは会いたくもない人間や面倒事に出くわす羽目になり。
やっとのことでの家に辿り着いた時には、すでに日も暮れようとしていた。
昼過ぎに万事屋を出たのだから、数時間も江戸の街中を駆け回っていたことになる。
いささかげんなりとした面持ちで、呼び鈴を押すと、ややあってガラリと目の前の扉が開かれた。
 
「よ!」
「銀ちゃん! 来てくれたんだ!」
 
嬉しそうな笑顔で迎え入れてくれるに、銀時は散々走り回らされた疲れも吹き飛ぶような心地になる。
箱を手渡せば、「ありがとう!」と大事そうに抱え、部屋の中へと入っていった。
そのの行動一つ一つが、愛しくて嬉しくてたまらない。
重症だという自覚は、銀時にもある。
それでもどうにもならないのが、恋愛というものだろう。
勝手知ったるの家。玄関に鍵をかけると、銀時もの後を追うように部屋の中へと入っていった。
そこには、すでに箱をテーブルの上に置いて、準備万端のの姿。
「開けていい?」と目だけで聞いてくるに頷いてやると、銀時はテーブルを挟んだその正面に腰を下ろした。
 
「見て驚くなよ? 俺、のために張り切ったんだからな?
 銀サン自信作のケーキがご登場―――……するはずだったんだよコノヤロー」
 
意気揚々とに話しかけていたその声が、箱が開かれると同時に小さく萎んでいってしまう。
それもそのはず。
が開けた箱の中から出てきたのは、銀時の自信作であるケーキ―――のなれの果てだったのだから。
いくら気を遣って持ち運んでいたとは言え、数時間もの間駆け回っていては、ケーキの形が崩れてしまうのも当然の結果だろう。
目の前の崩れ落ちたケーキに、目を瞬かせる
そして、そんなの様子に落ち込む銀時。
本来ならば、我ながら素晴らしい出来栄えだったケーキに、が目を輝かせてくれるはずだったのだ。
あわよくば、お礼のチューまでも貰おうと思っていた銀時にとって、この状況はまったくもって望んでいなかったものである。
やはり今日は厄日なのか。
思わず頭を抱える銀時だったが。
 
「はい、銀ちゃん」
 
不意に声をかけられ。
無視するわけにもいかずに視線を上げると、目の前には突き出されたフォークと、その先に乗せられたケーキの一片と思しきもの。
そのフォークを手にしているのは、もちろん
状況が状況でなければ、非常に美味しいばかりのシチュエーションだが、今は素直に喜べる気分ではない。
が、身を乗り出して「はい」と更に促してくるに観念して、銀時は口を開く。
途端、口の中に広がる、極上ともいえる生クリームの甘さ。
 
「美味しい?」
「当たり前だろ。誰が作ったと思ってんだよ」
 
自画自賛ともとれる銀時の言葉に、はただ笑顔を返す。
見事なまでに崩れてしまっているケーキを一口分だけ切り分けると、今度は自分の口の中へと放り込む。
甘い甘い、それだけで幸せになれそうな味。
たとえ形が崩れてしまおうとも、その味までは変わらないのだから、それで十分。
「おいしー」と幸せそうなに、落ち込んでいた銀時の気分も上昇してくる。
 
「誕生日おめでとう、
「ありがとう、銀ちゃん」
 
ケーキの崩れた部分から、また一口分だけ切り分けて、銀時に差し出す
はにかむその表情に束の間見惚れながらも、口だけはしっかりと開けて。
 
どれほど不恰好でも。
どれほど見苦しくとも。
それでもがこうして受け入れてくれるのならば。
このケーキも。
この想いも。
 
銀時の口の中に再び広がったのは、甘い甘い、幸せ。



  → 後編 (エロ有り。苦手な方は、ここでお引き返しくださいまし)



はい。一周年記念物でございます。
「一周年って、つまりサイトの誕生日だよな〜」という安直な考えからの誕生日ネタ。
実は某所にあったFLASHを見て思いついたネタなのです……
御存知の方もいるでしょうが……割と、そのまんま(ヲイ
 
気付けば、35000hitでございます。
何なんですか、この数値。想像の範囲外ですよ、本当。
これもひとえに、サイトに足を運んでくださる皆々様方のおかげでございます。
本当にありがとうございます。
いつまで続くサイトかわかりませんが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。