たとえこれが、赦されない事なのだとしても。
 
 
 
 
magnet (side N)




絡み合う指。隙間など許さないかのようにピタリと重なる身体。混じり合う汗と熱に、いっそこの身ごと融け合う事ができれば幸せなのだろうかと、そんな愚にもつかない考えがの脳裏を過る。
叶うはずのない望み。先のあるはずもない、この恋。
忘れることも断ち切ることもできない。それができるほどに生易しい想いではないのだ。この恋は。
互いに互いだけを残して、他の全てを捨ててしまうという選択肢もあっただろう。けれどもその選択肢を選ぶこともできなかった。
中途半端だとはわかっている。今のままでは、いつか必ず破綻すると、わかっている。
それでも尚求めてしまうのは……
 
―――何考えてる?」
 
思考を遮るように、耳に吹き込まれる声。
低音のそれは心地良く、まるで麻薬のように何もかもを奪い上げられるよう。
奪い上げられ、ここにいるのは、恋に溺れる哀れにして愚かなただの一人の女。
 
「……晋助の、こと」
 
掠れたその声は震えてか細く、しかし一分の隙もなく身体を重ねた男の耳に届くには十分だった。
そうか、と呟いて髪を緩やかに梳く優しげな仕草が、しかし物悲しくも思えてならないのは、いつか終わりが来ることを知っているからなのか。
予感ですらない、それは確定した未来。
知らず溢れる涙を、そっと拭われる。
その指先も、抱き締める腕も、宥めるように口吻けを落とす口唇も、何もかもが甘く蕩けそうなまでに優しい。
世に知られる過激派攘夷浪士の影などどこにもない。ここにいるのは、女に溺れた憐れにして愚かなただの一人の男。
愛しくて、その身体に腕を回す。離れなければならないからこそ、より一層その腕に力が籠る。
縋るような腕に込められた祈りは、決して聞き届けられることはない。神などこの世には存在しないのだから。それでも祈らずにはいられない。この時間が、日々が、一分一秒でも長く続くことを。たとえ二人の関係が過ちなのだとしても―――
考え、思い直したようには首を振る。過ちなどであるはずがない。たとえ、たとえ自分たちの関係が他から赦されないのだとしても。
 
「……私、間違ってなんかない、よね…?」
 
ただただ、恋をした。それだけのこと。間違ったことをしたつもりはない。恋をした相手と抱き合うことに、何の罪があると言うのか。
返ってくる答えなどわかっている。それでも、答えをその口から聞きたかった。
他の誰に否定されるのだとしても、ただ一人が肯定してくれるならば、それだけで安心できるのだ。
 
「間違ってなんかねーよ」
 
低くも優しい声に包まれるよう。真摯なその声音に偽りなどあろうはずがない。
それが一時の安堵に過ぎないのだとしても。
 
「間違ってなんかねェんだよ。お前も、俺も」
 
まるで自身にも言い聞かせるかのように、繰り返される言葉。
身体に回された腕に力が込められる。これ以上できないまでに引き寄せられ、しかしその痛みが心地良くすらある。
いつかは来る別れ。だからこそ今だけは、この恋を信じたい。溺れていたい。
 
 
 







窓の外。白み始める空。
世界の始まりは、二人の恋の終焉を告げていた。



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('09.07.26 up)