朝目覚めたら、幽霊にとり憑かれていました。
さて、どうする?
君が僕に憑依した!
「初めまして。私、先日交通事故で死んだと申します」
「……なに冗談言っちゃってるの。俺の血圧がいくつかわかってんの、お前」
目を覚ましたら、見知らぬ女が枕元で正座をして三つ指をついていた。
昨夜こんな女を連れこんだりしただろうかと記憶を辿るものの、生憎と途中で途切れる記憶の中に目の前の女の姿は無い。
それにしても随分な自己紹介の仕方ではある。交通事故で死んだなどとは。世の中、そんなタチの悪い冗談が流行っていたりするのだろうか。
「あー、ったく。わぁったよ。いいから向こう行ってろ」
冗談に取り合わず、のそりと身を起こすと、と名乗った女を追いやろうと銀時は手を伸ばす。
しかし。
その肩口を押すはずだった手は、何に触れることなくするりと通り抜けてしまった。
起こした上半身を勢い余ってよろめかせながら、一体何が起きたのかと銀時は思う。
腕を伸ばした先にはがいる。届かない距離ではない。事実腕は確かにの元まで届いて―――何故か、手首から先が、の身体の中に埋もれていた。いや、この言い方は正しくない。正確には、の身体を通り抜けていた。
ありえない事態。
これは夢だろうかと銀時が目を瞬かせる前で、もまた不思議そうに目を瞬かせる。
ややおいて、が少し身体をずらして銀時の伸ばした腕から離れる。するりと抜けた腕はもちろん、どんな感触も感じない。
未だ目を瞬かせている銀時には構わず、再びは居ずまいを正した。
「愛の伝導師見習いとして頑張らせていただきますので。今後よろしくお願いいたします」
にこりと微笑んで頭を下げる。だが銀時にしてみればそれどころではない。
交通事故で死んだという弁。そして触れることなくすり抜ける身体。
弾き出される答えは一つ。
「………マジでか」
瞬間、目の前が真っ白になり。
あまりの衝撃に意識を遠のかせた銀時は、ぐらりと布団の上に倒れ込んだのだった。
「―――ったくよォ。ろくでもねェ夢見ちまったよ」
用意されていた朝食の席で、銀時はボヤきながら頭を掻く。そんなに昨夜は酷い飲み方をしただろうかと思い返してみても、記憶が途中で途切れているのだから思い出しようもない。せめて今後は無茶な飲み方をしないようにしようと、テレビの中で爽やかに今日の天気を告げる結野アナに誓ってみる。
机の向かい側では神楽が一心不乱にご飯を口の中へとかきこみ、新八はゆっくり味わうようにして食べている。
いつもと何ら変わりばえの無い食卓の風景。
変わった事と言えば。
「味噌汁の味付け、変わったか?」
「ああ、それは……」
「おかわり!」
「お前なァ。メシくらい自分でよそえって―――」
新八の言葉を遮って椀を持った手を伸ばす神楽を咎めかけた銀時だったが、その腕はあらぬ方向へと差し出されている。
一体誰に向けられているのか。疑問に思った瞬間、「は〜い」と明るい声が台所から聞こえ。
「お待たせしました、神楽ちゃん。もう御櫃ごと持ってきちゃいました。あとこれ。『ごはんですよ』もどうぞ」
「最高ヨ、!」
「新八君。お茶入れましょうか?」
「あ、ハイ。お願いします」
こぽこぽと茶が注がれるその隣で、櫃を抱えた神楽がご飯をかきこむ音だけが響く。
満ちた静寂は一瞬だったか。
急須を手に、女がふわりと宙に舞う。比喩などではなく、本当に。笑みを浮かべ振り向いた顔は、夢で見たはずの女。
「おはようございます、銀時さん」
ふわふわと宙に浮いた状態でが朝の挨拶を告げる。
足はある。だが地についていない。
膝を揃えて軽く曲げられたその両足は、確かに床の上数十センチのところに重力を無視して浮かんでいる。
これもまた、夢の続きだろうか。
本日二度目。またも銀時は意識を手放したのだった。
しかし現実とは大概甘く出来ているものではない。三度目の正直。目覚めた銀時の顔を覗きこんでいたのは。
「やっと気が付いたアルヨ、この天パ」
神楽と。
「大丈夫ですか、銀さん」
新八と。
「お水か何か持ってきましょうか?」
幽霊女だった。
どうやらこれは現実らしい。認めたくはないが。事実は小説より奇なり。その言葉は正しい。何せ幽霊のくせに足がある。そして足があるくせに地に足をつけていない。
色々と理解できない、理解したくない現状に頭痛すら覚えながら、銀時はが差し出してきた水の入ったグラスを引ったくるように手に取った。
その中身を一気に飲み干し、まず最初に銀時が目を向けたのは新八神楽の二人。
「お前ら何いきなりコレに馴染んじゃってんだよ!?」
ビシッと銀時が指差した先では、が不思議そうに小首を傾げている。その仕草だけを見てとれば可愛いのかもしれないが、幽霊に可愛いも何もあったものではない。
問われた新八と神楽は互いにしばし顔を見合わせていたが、ややあって銀時に向き直り。
「ご飯は美味しいですし、掃除洗濯は丁寧ですし」
そういう問題ではない。
「幽霊なんてカッケェアル! 私、初めてお目にかかったネ!!」
だからそういう問題でもない。
そのまま視線をずらしに向ければ、「愛の伝導師ですから」と意味のわからない言葉を笑顔で返されてしまった。
だが意味がわからなかったのはありがたい事に銀時だけではなかったらしい。新八も疑問に思ったらしく、「何ですか、それ」と半笑いの表情でに尋ねた。
その顔からするに、新八は完全にの存在を受け入れている訳ではないようだ。神楽はあっさりと餌付けされてしまっているが。
とりあえずは味方になりうるかもしれない新八の存在に安堵したものの、銀時にしてみれば有無を言わさずを追い出したいところだ。幽霊の身の上話など聞いたところで何になると言うのか。
しかしいくら銀時がそう思ったところで、人の好い新八はすっかり聞く態勢になっているし、神楽も神楽で初めて見る幽霊に興味津々といった様。今この瞬間、部屋の主よりも未成年二人の意向が優先されている現状に銀時は疑問を覚えずにはいられない。
問われたは「少し長くなりますけど」と前置きすると、ぽつりと話しだした。先程までとは違う、少し悲しそうな笑みを浮かべて。
「私……先日、交通事故で死んでしまったんですけど。成仏できなかったんです。初めは両親の事とか友達の事とかが心残りなのかと思ったんですけど、どうも違うみたいで……」
言葉を切り、ふとが遠くへと視線を向ける。その家族や友人のことでも思い出しているのだろうか。
交通事故という事は、何の前ぶれもない死だったわけだ。見た目通りの年齢ならばまだ若いの事だ。これからまだまだやりたい事はあったろうし、両親や友人に伝えたい言葉もあったはずだ。
寂しげなの表情につい同情心が湧きかけ、慌てて銀時はそれを否定する。同情したところで何もならないし、世の中若くして死ぬのは何もだけではない。
「だから成仏できない理由がわからなくて。彷徨っていたら、エンジェルさんに出会ったんです」
「エンジェル?」
「もしかして、天使…ですか?」
まさかとは思ったが、案の定は首を横に振る。
「エンジェルさんも成仏できない幽霊で、愛の伝導師をなさってる方なんです!」
途端、の顔が生き生きと輝く。既に死んでいる人間に対するものにしては妙な表現ではあるが、確かに今のは目を輝かせ、今にも拳を握り締めて力説を始めかねない、そんな様相ではある。余程そのエンジェルという人物に心酔しているのだろう。
「この世界に本当の愛を広めるため! それがエンジェルさんが成仏しない理由なのだと! そして色々とお話を聞いて思ったんです。私が成仏できない理由もこれなんじゃないかって。愛の伝導師としての使命を神様から与えられたんじゃないかって!!」
何故そうなる。
至極冷静なツッコミが銀時の胸の内に湧く。それはあまりにも論理が飛躍しすぎではないだろうか。見れば新八も半眼になって何か言いたそうな視線をに向けていた。神楽はぽかんと口を開けているだけ。要するにの話についていけていないのだろう。
だが三人からの微妙な視線に気付いていないのか、構わずは熱の篭った演説を独壇場で繰り広げる。
「私、すぐにエンジェルさんにそう言いました。そうしたらエンジェルさんも同意してくれまして。愛の伝導師としての道は辛く険しいけれど……でも私は決めたんです! エンジェルさんのように立派で素敵な愛の伝導師になろうって! 愛を知らない人達に真実の愛を! そしてこの世界に本当の愛を広めようって!!」
だからまだ見習いですけど、よろしくお願いします。
そう締め括ったの演説に、乾いた拍手と、一つ派手な拍手が返された。派手に叩くのは神楽。何が彼女の琴線に触れたかは謎だが、興奮した面持ちで手を叩いている。
それに対して男二人は何をどう反応して良いのやらわからない。とりあえず理解できたのは、彼女が愛を広めたがっていることくらいだ。わかったから帰れと、銀時に至ってはそう言ってやりたい心境だ。
「それでさんがここにいるということは、愛を広めに来たということなんですか?」
「はい。エンジェルさんに教えていただいたんです。ここに愛に飢えた方がいらっしゃるって」
誰、と言った訳でもないのに、新八と神楽が同時に銀時へと顔を向ける。一瞬の間の後、二人は納得したかのように揃ってうんうんと頷いた。
更には、笑顔を浮かべて銀時の顔を真っ直ぐに見つめてくる。
何やら楽しくない予感しかしない。
だが銀時が何を言うよりも先に、が口を開いた。
「まだまだ見習いですが、これからよろしくお願いしますね、銀時さん」
「いえ。こちらこそお願いします」
「銀ちゃんに本当の愛をしっかり教え込んでやってほしいネ」
「はい! 頑張ります!!」
「余計なお世話を勝手に決めてんじゃねェェェ!!!」
かぶき町内中に響くかと思われるほどの絶叫を、しかし誰も聞いてはいない。
かくして万事屋にまた一人、仲間が加わったのだった。部屋主の意向を無視したまま。
<続く…?>
「拝み屋横丁顛末記」からネタ引っ張ってきてます。エンジェル(笑) 拝み屋横丁は現代の話なので、時間軸のズレは無視してくださいお願いします。
ご当人が登場するかどうかわかりませんが、気が向いて時間もあったら続き書いてみたいです。書いてる本人は非常に楽しかったです。
('07.12.02 up)
|