朝日が差し込み、鳥のさえずりが耳に届く。
耳を澄ませば通りの喧騒も聞こえてくる、朝と言うには少し遅い時間。
銀時にとってはいつもと同じ朝。
ただ一つ、いつもと違うのは。
「おはようございます、銀時さん」
朝日を浴びて尚にこやかに微笑む、幽霊女の存在だった。
博愛主義、始めませんか?
交通事故で死んで以来成仏できずにいるというは、昼間の太陽の下であろうともお構い無しに動き回っている。
幽霊なら幽霊らしく夜間に活動しろと言いたいが、真っ当と思われるそんな言い分は、あくまで生者の都合でしかないのだろう。
今日も今日とては掃除洗濯をこなし、新八と買い物の相談をしたり神楽の遊び相手になったりと、万事屋内を文字通りに飛び回っている。
すっかりを受け入れてしまった感のある二人だが、それも道理かもしれない。
家事はプロ級、作る料理は美味い。よく気のつく性格で物腰は丁寧。何より、二人にとり憑いている訳ではないのだ。無害となれば、これほどの好人物、幽霊であったとしても構わないと思うのだろう。
だがとり憑かれた当人はたまったものではない。何せ、ことある事に付いて回られるのだ。
この日も、ジャンプを買うためふらりと外へ出たのだが、気付くと左肩の上あたりにふわふわと浮いていたりする。
追い返したいのはやまやまだが、は幽霊。たまたま万事屋三人共に見えてはいるが、普通は幽霊など見えないのが当たり前。現にがこうして宙に浮いていても誰も何も騒がない。もしここで銀時がに対し怒鳴りでもしようものなら、銀時の方こそ不審人物扱いをされてしまう。
故に、ひたすら無視を貫き通すのみ。もその辺りの事はわかっているのだろう。とりたてて話し掛けてくることは無い―――何事もなければ。
「銀時さん。あそこ、猫が捨てられてますよ」
始まった。
だがいつもの事と、銀時はの言葉を無視して足を進める。
「拾ってあげましょうよ」
これも無視。
足を止めたが最後、捨て猫の鳴き声との懇願の大合唱だ。
一度それで酷い目に遭ったのだ。同じ轍を踏んでなるものか。ひたすら無視を貫き通せば溜息をついて諦めるのがの常だ。
だが。
「銀時さん!」
途端。
ぴたりと銀時の足が止まる。自分の意志で止めた訳ではない。正確に言うならば「動かせなくなった」だ。
足どころか指一本たりとて動かせない。俗に言う金縛りというものか。
この状況下。そんな事ができるのはただ一人。
「今日という今日は拾っていただきますから!」
「ふ、ふざけんじゃねェェェ!!」
思わず叫んでしまった銀時に周囲の通行人が奇異の目を向ける。が、流石にそれらに構っている余裕は銀時には無い。
白昼堂々の金縛り。力の匙加減でもできるのか、口だけは動くが他はぴくりとも動かせない。
「捨てられて可哀想ですよ。拾ってあげてください」
「ほっときゃ野生に帰るだろ!」
「その前に飢えて死んじゃったらどうするんですか!」
「弱肉強食の世界なんだから諦めろ!」
「イヤです! 今日こそは拾っていただきます! そして愛の精神を養ってもらいます!!」
「突き放す事も時に愛だと知れコノヤロー!!」
「……何やってんですかィ、旦那ァ」
足を踏み出した中途半端な姿勢で固まったまま一人わめく銀時に不審な目が集まりだした頃。
同じく不審な目をした沖田がいつの間にか銀時の隣に現れていた。
市中見廻りの途中か、それとも公務をサボっているところか。どちらにせよあまり会いたくない顔に会ってしまったものだと銀時は思う。
「見りゃわかんだろ。金縛りだよ金縛り!」
「金縛りって、そこの別嬪なお嬢さんにですかィ?」
ついと視線を動かした沖田と目が合い、はきょとんと目を瞬かせる。まさか自分の姿が他人に見えているとは思えなかったのだろう。不思議そうにが自分を指差すと、沖田は何を当たり前の事をと言わんばかりに頷く。
途端、ぱっとが嬉しそうに目を輝かせた。
「初めまして。私、先日交通事故で死んだと申します。今は愛の伝導師見習いをさせて頂いてます」
「あァ、こりゃどうもご丁寧に。俺は真選組で一番隊隊長をやってる沖田と言う者でさァ」
深々と頭を下げるにつられたかのように、沖田もまた馬鹿丁寧に自己紹介をしてしまう。
傍から見れば、誰もいない方向に向かって挨拶をしている沖田の姿もまた奇異に映ることだろう。
だが、固まったまま一人叫ぶ人物と、中空に向かい挨拶する人物と。奇異な人物が二人も揃っていれば、通行人の反応は一つ。
関わるまいと無視してそれぞれの日常に戻る通行人たちだが、もちろん最初からそんなものを気にする沖田でもない。
「で、さん? 一体どうしてまた旦那を金縛りに?」
「あの……あそこの捨て猫を、拾ってあげてほしくて」
そう言ってが指差したのは、細い路地の奥。耳を澄ませば確かに猫の鳴き声が微かに聞こえてくる。
招かれるようにして路地に足を踏み入れると、果たしてそこには段ボール箱に入れられて鳴いている仔猫が三匹。
どこにでもいるような捨て猫。沖田でも普段であれば無視していたに違いない。
江戸中の捨て猫捨て犬に構っていてはキリがない。
だが、と沖田はちらりとを見る。
拾ってくれと懇願するのその意図まではわからないが、きっと捨てられた仔猫たちを哀れんでいるのだろう。沖田にとっては、そんなこそが憐れで、何かをしてやりたくなってしまう。
初対面の、しかも相手は幽霊だというのに。
「まァ、飼ってやることは流石にできねーけど」
言いながら、沖田は仔猫の内の一匹を抱き上げる。
鳴きながら身体を擦り寄せてくる猫特有の仕草には、特段の感情を抱くことはないが。
「見廻りのついででよければ、飼い主を探すことくらいは、やってもいいですぜィ?」
「本当ですか!?」
の本当に嬉しそうな笑顔には、敵わないような気さえしてしまう。
すでに死んでしまっているのが勿体無い。生きていたら……とは詮無い思考か。
「ありがとうございます」とまたもや深々と頭を下げ、まるで自分のことのように喜ぶに、何やら無図痒い思いに駆られる沖田だったが。
「素晴らしいです! 沖田さんは、愛に満ち溢れた方なんですね!」
「……は?」
目を輝かせるの言葉が理解できず、沖田はポカンとする。
愛がどうのと言われたが、何がどうなればそんな大袈裟な単語が出てくるのだろうか。
反応に困っているところへ、どうやら金縛りが解けたらしい銀時がふらりと姿を見せた。
「あー、考えるだけ無駄だって。ソイツ、愛の伝導師自称してっから。俺たちみてェな愛とは縁遠い人間にしてみれば理解不能な思考回路してんだよ」
「心配いりません! 銀時さんもいつかきっと愛の溢れる方に私がしてみせますから!」
「してんじゃねェェェ!! それが余計なお世話だってんだよ! 聞いてる? 聞いてんの、お前!?」
こと愛に関してはまるで人の話を聞かずに主張を押し付けてくるに、辟易しながらも銀時は毎回反論をしてしまう。流石にそろそろ言い飽きてきたが、ここで折れては負けな気がして、一方通行の反論を繰り返してしまう。
互いに噛み合っていない会話を続ける二人に置いていかれる羽目になった沖田は、正直なところ面白くない。
だが、どうやらが銀時にとり憑いているらしい以上、どうする事もできないのかもしれない。
二人に口を挟む事も叶わず、かと言って立ち去る事もできず。
所在なく立つ沖田の腕の中で、慰めるように仔猫がにゃあと泣いた。
<終>
スミマセン。調子に乗って第2弾です。
ちなみに幽霊なヒロインが見える基準は適当です。気が向くままです(ヲイ)
('07.12.23 up)
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