ケーキとか花とかの贈り物に女は弱い



ー。そろそろ『真・愛の嵐』始まるアルヨー」
「え、もうそんな時間なんですか? あ、良かったら銀時さんも見ませんか?」
「あ?」
「あのドラマを見たら、きっと真実の愛に気付けると思うんです!」
「昼ドラの愛が真実なワケねーだろ。もしそうなら、今頃世の中は昼ドラ並みにドロドロした陰険な世界になってるだろ」
「そのドロドロがいいんじゃないですか!」
「お前、それ単に自分がドラマ見たいだけだろ!!」
「違います! ドロドロの中だからこそより一層真実の愛が輝くんです!!」
「んな真実いらねーよ!!」
 
今日も今日とて、万事屋は賑やかである。
愛の伝道師を自任するは、相変わらず何かにつけて銀時に対し愛とは何であるかを訴えてくる。
銀時にしてみれば迷惑な事この上ない存在なのだが、特に愛を押し付けられる訳でもない新八や神楽にとっては、家事全般をこなせるはむしろ歓迎すべき同居人である。
だからと言うか、時折、部屋の主であるはずの銀時の意見が無視されることもままある。
まさに今がそれで、テレビの占有権は現在進行形で神楽との二人にある。銀時が裏番組のドラマの再放送を見たいと言ったところで完全に無視されるだけ。ならばまだいいのだが、から昼ドラの中で演じられる愛とやらについて滔々と語られるので堪ったものではない。
いっそのこと、今の隙に外へ出てしまおうかとも思う。普段であれば何を放ってでも銀時に憑いてまわるだが、この昼ドラの時間だけはテレビに釘付け。銀時がどこで何をしようともお構いなしなのだ。
実際昨日も、ふらりとジャンプを買いに出たのだが、結局はついてこなかった。帰ってみれば、昼ドラの展開について神楽と熱く語っている始末。
いつもならば煩いほどに憑いてまわるくせに、銀時のことよりも昼ドラの視聴の方が重要なのかと、何やら腹立たしい―――などということはない。断じてない。むしろ清々する。
誰にともなく胸中で強調し、一人銀時は頷く。
そして神楽と並んでテレビに釘付けになっているを放って、今日はパチンコにでも行くかと玄関を出たところで。
 
「おや。どこに行くんですかィ、旦那。って言うかさんは?」
「中で昼ドラに夢中だよ。って言うかソレ何だよ」
「旦那には関係のねェことでさァ。俺の用はさんにあるんで」
 
それはそうだろう。
玄関を出たところで鉢合せた沖田が手にしているのは、鉢植えの花。そんなものを自分のところに持ってこられても困る。
どうやらに用事があるらしいが、花を手に一体どんな用事があるというのか。その鉢植えを贈るつもりだとでも言うのか。まさか。相手は幽霊だと言うのに。
だが自分には関係のないことだ。せっかくから解放されているこの一時、有効に使わないでどうするのだ。
それは誰に問いかけたところで正しい選択だと。そう理性ではわかっているのに。
何故だか銀時は、勝手に中へと上がりこんでいく沖田の後を追うように、家の中へと戻ってしまった。
コレはアレだよ、コイツと神楽がかち合って大人しく済むはずねェからな、部屋の中を破壊されないようにするためだよ。と、やはり誰にともなく胸中で主張する。
案の定、沖田の姿を認めるや、「何しに来たアルかこの変態サディスト!!」と神楽が殴りかかり。そして平然とそれを受け止める沖田に、諦めの溜息をつく新八、そして目を瞬かせている。そのの手には、沖田が持ってきた鉢植えがある。と言ってもが持っているように見えるのは見せかけだけでしかなく、実際はそう見えるように宙に浮かせているだけなのだそうだ。なんとも器用な話だが、金縛りの程度を加減できるほどだ、この程度は容易い事なのだろう。
直に物が持てる訳ではないとあっさり告げたの表情がどこかしら淋しげで思わず慰めてやりたくなったとかそういったことは、断じて無い。
普段は気に留めない、けれども忘れる事ができずにいるその会話を頭から振り払い、銀時は掴み合いの喧嘩になっている神楽と沖田を引き離した。
 
「離すネ、銀ちゃん! 勝手に人の家に上がり込んで、図々しいにも程があるネ、あの腹黒サディスト!!」
「図々しく居候してるお前が言ってんじゃねーよ。ここは俺の家だってーの」
「正確にはお登勢さんの家ですよ。って言うか沖田さん、アンタもさん見えてんですか」
「これ以上無ェくらい、はっきり見えやすぜィ」
 
に向かって沖田がひらひらと手を振れば、それに応えるようにもまた笑顔でひらひらと手を振り返す。
そんな沖田の何が気に入らないのか、尚も掴みかからんとする神楽を、銀時は片手で押しとどめて。
空いているもう片手で、が手にしている鉢植えを指差した。
 
「それよりお前さァ、アレは何なワケ? まさか幽霊にプレゼントってワケじゃあねェよな?」
「そのまさかなんですけどねィ」
 
存外あっさりと認めたのは、どういった了見なのか。
些か拍子抜けした銀時に対し、何でもない事のように沖田は続ける。
 
「先日の捨て猫の引き取り手が花屋の娘でしてねィ、代わりにその鉢植えを貰ったんでさァ」
「だったらテメェんトコに置いとけばいいだろ」
「俺が花なんか育てる人間だと思うんで?」
 
思わない。似合わない。ありえない。
沖田の言葉に納得した銀時だったが、頷いてから気付く。だからと言って、何故鉢植えをわざわざの元へと運んできたのか。
鉢植えを愛でる沖田の姿というのもありえない。だが、花を育てる幽霊というのはもっとありえないのではないか。墓前に供えるというのならばともかく。
確かにならば、鉢植えの花を育てることも可能ではあるだろうし、それを愛でる姿はきっと絵になる―――と思いかけて慌てて銀時は首を横に振る。何にせよそれは、桜の木の下には死体が埋まっているなどという都市伝説並みに空恐ろしい事態だろう。幽霊が花を育てる、などとは。
世の中の都市伝説を悪戯に増やさないためにも、鉢植えは熨斗をつけて返品すべきだ。
だと言うのに、当の本人達は着々と都市伝説の基礎を作り上げている。
 
「それにあの猫たちは、元々さんが見つけたものですからねィ。俺よりもさんに育ててもらった方が、猫も花も喜ぶってモンでさァ」
「でも……本当にいいんですか?」
「その代わり、時々ここに花を見に来てもいいですかねィ?」
「まだ来るつもりアルかこの税金ドロボー!!!」
 
が頷くよりも先に、銀時の手の中から抜け出した神楽が沖田に向かって躍りかかる。
それはそれで、いつもの光景。諦めてしまえばそれだけの話で、新八などはとうの昔に諦めているのか、さっさと日常に戻っている。
そしては。
視線の先で、は嬉しそうに鉢植えを抱いていた。気のせいか、ほんのりと頬を桜色に染めて。
それほど嬉しかったのか、花を貰った事が。
大切に抱えた鉢植えをどこかうっとりと眺めているのその様子に、反比例するかのように銀時は面白くなくなっていく。
理由などわからない。が、先程よりも腹立たしさが増したのは確かだ。
だが何故腹立たしいのか。の興味が他に逸れれば逸れるほど自由の時間は増え、清々するではないか。
言い聞かせてみても、胸の内に燻った何かは消えはしなかったが。
敢えてそれに気付かない振りをして、騒ぎを背に銀時はふらりと外へ出たのだった。



<終>



なんだかツンデレ発動しそうな予感が(笑)

('08.04.26 up)