ホラーはいつも突然に
「初めまして。私、愛の伝道師見習いをさせて頂いております、と申します」
「………………」
たっぷり数十秒。
突如として現れと名乗った目の前の女を、土方はまじまじと見つめた。
まずは顔立ち。これは悪くない。
次に立ち振る舞い。これもなかなかだ。深々と頭を下げたかと思えば、身を起こせばその背筋はピンと伸びている。
更にその声。内容は意味不明だが、声自体は鈴の音のようでいて、若い娘特有の軽々しさはあまり感じられない。この点も好感が持てる。
最後に、足元。これが地についていない。態度が浮ついているとかそういう問題ではない。文字通りついていない。要するに宙に浮いている。ありえない。普通ならば。
では普通ではないと言うことか。この女が。
宙に浮く人間など存在するはずがない。天人でもなければ、理由は一つしか思い当たらない。
「局中法度四十五条はどうしたァァァ!!?」
「隊士でもねェ娘さんに局中法度は無ェでしょうが、土方さん」
銜えていた煙草を落としたのにも気付かないのか。明らかに動揺している土方に、やけに冷静な声が投げられる。
声こそは冷静だがしかし、現れたその顔は面白いものを見たとばかりににやにやと笑っている。そしてと名乗った女は、不思議そうに目を瞬かせている。
事の元凶が沖田にあると確信した土方は、視線をそちらに固定する。目の端に映る女は気にしない方向で。気にしたら負けだ、と自身に言い聞かせて。
「テメェ、どういうつもりだコラ」
「別に。土方さん好みの女の子を見つけてつれてきただけですけどねィ」
まさか本当に見えるとは思わなかった。
そんなことを口にして笑う沖田に苛立ちを覚えずにはいられない。
おまけに、知りたくもなかったことまでわかってしまう。「見えるとは思わなかった」、それはつまり、見えなかったかもしれないということで、見えなければその存在はつまるところ―――幽霊、なわけで。
途端に血の気が引くのを感じたが、それでも冷静に振舞おうとしたのは、騒いではみっともないという自尊心からだ。沖田の思惑通りにうろたえるのが癪だという思いもある。
ちらりと視線を動かせば、原因であるところのは、相変わらず不思議そうに曖昧な笑みを浮かべている。
確かに、好みかもしれない。少なくとも、第一印象は頗る好い―――幽霊でさえなければ。
その一点が全てをぶち壊しにしていることに、当人は気付いているのかいないのか。
「沖田さん」
「なんですかィ?」
「この方が、愛の欠落者なんですか?」
「いきなり何言ってくれてんだテメェェェ!!?」
訂正。中身もぶち壊れていた。
評価を改め、思わず土方は叫んでしまう。
驚いたのだろう。ビクリと身を竦ませたを、庇うようにして沖田が前に出てきた。
その顔は至極真剣ではあるが、目が笑っている。妙なことを吹き込んだのは沖田だと知れるが、それにしたところで本人を前にそんなことを口にするもだ。
またろくでもないものを連れ込んでくれたものだ。おそらく、ろくでもない理由のために。
一体どこで知り合ったのかわからないが、迷惑極まりない。
には悪いが、局中法度四十五条を適用したいところだ。とどのつまりが、さっさと成仏してくれ。そう言いたい。
「そうなんでさァ。愛情ってもんが欠落してるんでィ、この人は」
「カルシウムも足りないと思いますが」
「人として大事なものも足りてねーや」
どんな神経があれば幽霊と普通に会話できるのか疑問で仕方ない。そう頭を抱える土方を尻目に、沖田はと言葉を交わす。
土方の怒声に身を縮こまらせていたも、沖田相手となると安心したようににこやかな笑みを見せる。
それは、沖田をして毒気を抜かれるような、裏表の無い穏やかなもので。
だからこそ少しばかり勿体無いとも、沖田は思う。
ふわふわと宙に浮いているのも、その身体に触れられないことも、他の人間には見えないという事実も。
慣れてしまえばそれだけのもの。特に困る点は見当たらない。
の存在を沖田はそう認識していた。
風変わりなところもあるとは言え、それは愛敬。外見は可愛らしく、家事は万能という話。性格とて少し会話した限りでは悪いとは思えない。
こんな彼女が最早この世ならぬ存在であるとは、世の中はなんと不条理なことか。
しかし世の中とは、とことん不条理にできているらしい。
それまでにこにこと笑って沖田の前にいたが、ふと遠くへと視線を投げる。次の瞬間には、「ちょっと失礼しますね」と断りを入れて飛んでいってしまった。
が向かった先は、屯所の入口。そしてその門前にいたのは、彼女がとり憑いているらしい相手。
何故ここがわかったのか。そして何故、は彼が来ていることを察知したのか。憑き憑かれた者同士、互いの居場所がわかりでもするのだろうか。
「銀時さん!」
事の真偽はともかくとして、その声は心なしか嬉しそうに弾んで聞こえた。
だが対する銀時は、不機嫌を隠そうともしない。
一体なにが気に入らないのか。真選組の屯所に来る羽目になったことか、自分にとり憑いている幽霊を迎えに来る羽目になったことか、その両方か。
いずれにせよ、ならば来なければよいだろうに。それでも来てしまうのは、彼が存外にも人が好いせいなのか、もしくは―――
思いついたもう一つの可能性を、まさかと沖田は首を振って否定する。
どうにも彼女に対して邪険に接している節があるというのに、まさか―――まさか、好意を抱いてる、など。何より銀時は、土方と並ぶほどに幽霊の類を毛嫌いしているはずだ。
「すみません、沖田さん。私、これで失礼させていただきますね」
ペコリと頭を下げ、すでに歩き去っている銀時の後姿をは追いかける。
結局のところ、とり憑いている相手には勝てないようだ。何となく惜しくはあるが。
どうせならば自分にとり憑いてほしかった。幽霊にとり憑かれるなどぞっとしないが、ならば構わないかもしれない。
そんなことすら考えながら、沖田はの後姿を見送ったのだった。
<終>
不機嫌ながらもお迎えにくる銀さんが書きたかっただけの話です。
沖田が連れ出したのを知っていて、放っておこうと出かけた挙句、いつの間にやら屯所に着いてしまった。みたいな感じで(笑)
('08.10.28 up)
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