目が覚めたら、まだ朝の6時過ぎだった。 低血圧を自称する銀時が、何の用も無いというのにこんな時間に目を覚ますはずがない。 それでも、目が覚めたのだ。 ならばその原因があるはずで、どういうことかと眠い頭で思考するも、未だ睡魔に大部分を占められている脳では出せる結論も出はしない。 となれば、やるべきことはただ一つ。 二度寝を決め込もうと寝返りを打ったところで、銀時はようやく違和感に気がついた。 違和感。正確に言うならば、異物。より正確に表現するならば――― 「―――」 寝返りを打った先では、見知った女が身体を丸めて寝息を立てていた。 。ただの知り合いと呼ぶには親しく、友人と呼ぶにはもどかしい。要は、銀時が密かに好意を抱いている相手。 その彼女が、目と鼻の先で眠っているのだ。つまり、同じ布団の中にいるのだ。目が覚めた原因は、この違和感かと銀時は思い至る。 しかし、哀しいかな、この状況下で溜息しか出ないのは、二人の関係故だ。 確かに好意は抱いている。けれども想いを伝えたわけではない。あくまでにとっての銀時は「仲の良い男友達」を超えることはない。それどころか、平気で布団に潜り込んでくるのだ、異性として認識されているかどうかも怪しい。 それにしても、他人と同じ布団に寝ていて熟睡できるとは、一体どれだけ疲れているのかと心配すらしてしまう。 昨夜、銀時が起きている間には、の訪問は無かった。となれば、必然的に、が万事屋を訪れたのはそれ以降―――日付が変更してからだろうと知れる。 実のところ、がこうして夜中に万事屋を訪れるのは、今回が初めてのことではない。 流石に最初は驚いた。寝て起きたら隣にが寝ていたのだから。記憶の無いうちに一線を越えてしまったのかと焦ったほどだ。それならそれで、既成事実を突きつけて美味しい方向へ話を持っていけたのだろうが、生憎とその時はそこまで思考が働かなかったし、それ以前に既成事実も何も無かったのだから何の意味もない。 ともあれ、目を覚ました曰く「家に帰るより万事屋に来る方が近かったから」だそうだ。仕事で遅くなって帰るのが面倒になったから、近くにある万事屋を訪れたらしい。ちなみに玄関に鍵はかかっていなかったそうだ。自分のことながら不用心にも程があると銀時は嘆いた。たとえ泥棒に入られたところで、盗られるようなものなど何もない部屋ではあるが。 以来、夜更けにが訪れる頻度は次第に増していった。夜中に呼び鈴を押されるのが面倒で、合鍵まで渡してしまったほどだ。挙句に、布団を一組用意してしまったほどだ。これってもう半同棲じゃね? と銀時が首を傾げたところで、しかし当の本人であるにそんな自覚はないだろう。むしろ、タダ宿ができたと喜んでいるに違いない。 だが、相手は憎からず思っている相手。タダ宿扱いとは言え、訪問されることは百歩譲って喜ばしいことだと思わなくもない。頼りにされていると思いこもうと思えば、無理な話ではない。 問題は、布団があるにも関わらず、が銀時の布団へと潜り込んでくるという一点だ。 頼むからやめろとは、何度も言った。遠慮だとか慎みだとか恥じらいだとかいったものを持てとも言った。しかしの返答はいつも同じで、「でも、お布団敷くの面倒なんだもん」だ。 どこの世界に、面倒を理由に、何とも思っていない男の布団に潜り込む女がいるのか。 目の前にはいるが。 最早呆れることさえ諦めてしまった銀時がすべきことは、ただ一つ。 「オイ、起きろ。仕事遅れるぞ」 時計を確認すると、もうすぐ6時半になるところだ。 が仕事のために万事屋を出るのは、8時頃。銀時ならば7時半に起きたところで間に合わせる自信があるが、の場合は、朝食の準備や身支度などで時間がかかるのだ。 どのみち、はそろそろ起き出さねばならない頃合いだ。せっかく目が覚めたのだから、ここでを起こして布団から出て行かせても何ら問題はない。そして銀時は二度寝を決め込むのだ。 そんな思惑を胸に、声をかけつつその身体を軽く揺する。 「…んぅぅ……」 の寝起きは悪くは無い。けれども、決して良いとも言えない。 起こせば、愚図るように顔を敷布団へと押し付けて、もぞもぞと身体を動かす。だがすぐに観念したように、ゆっくりと起き上がるのだ。 ぼんやりとした表情に、寝乱れた着物。まだ半分寝ているような状態で、それでも立ち上がって目を擦りながらもふらふらと部屋を出て行くのは、身に染み付いた習性といったものだろうか。おそらく、朝食の準備に向かったに違いない。 目を覚まして、泊めたことに対する礼どころか、朝の挨拶すらしてこない。これが、寝起きは悪くないものの、決して良いとも言えない理由だ。 しかし、そんなの態度は今更なことだ。勝手に布団へと潜り込んでくることと含めて、諦めの境地だ。 すでに諦めている事象に対して憤るよりも、もっと有意義なことをすべきだ。今の銀時にとってそれは、二度寝を決め込むことに他ならない。 込み上げた欠伸を堪えることもなく、そのまま力尽きたかのように布団の上へと身を沈ませる。沈み込むほどの厚みもない煎餅布団ではあるが、それでもその柔らかさと温もりは、銀時を眠りへと引き戻す。 布団に残る、人の体温。そして、微かに甘い香り。 それはが布団に潜り込んできた朝にいつも感じるもので、となればこれは、彼女の存在の名残とも言えるだろうか。 心地よい布団の中で思い切りその香りを肺一杯に吸い込んだのは、無意識の行為。 しかし我に返った瞬間、銀時はそのまま枕へと突っ伏した。もはや眠気など彼方へと吹き飛んでしまった。あるのはただ、無意識の行動に対する羞恥のみだ。 誰にも見られていないだけマシなのだろうが、だからと言ってこれは無いだろう。 何せ銀時がした事は、有体に言ってしまえば、「好きな子の匂いを嗅ぐ」という、思春期真っ只中の人間にのみ許された行為なのだから。 (変態か、俺は!?) 胸中でツッコミを入れつつ、それでも布団から出ることはできない。それが、遠く去っていった眠気を呼び戻すためではないのは確かだ。ならば何のためかと言えば、あまりにも自分自身が不憫に思えてくるため、答えを明確に出すつもりはさらさらない。 結局今日も銀時は、布団をかぶって頭を掻き毟って、このどうにも遣る瀬無い時間をやり過ごすのだった。 Love is War -round1- (誰かアイツをどうにかしてくれ!!) <→ 2> 事の発端は、昨年の銀さんの誕生日に参加させていただきましたチャットです。 すっかり忘れ去られた今頃になって、頂いたネタを書き出す始末です。 コンセプトは「天然不思議系ヒロイン」、のはず……今回、まともに喋ってもいないですが(笑) ('11.07.03 up) ![]() |