エジプトひもで古代文明に挑戦しよう
古代文明,幾何学の源流に学ぶ
             亀井喜久男  岐阜東高校数学科
0. はじめに
 
私たちが教えている算数や数学は、大きな枠組みで言えば人類の文化財産です。言葉を変えれば宝物です。宝物をプレゼントされる時、人は本来喜びます。しかし、授業の後それほど喜んでくれるわけではありません。それは教材が輝きを失っているか、重すぎる宝か、実は宝ではないか、あるいは渡し方がへたなせいか、何か原因があるわけです。子供にとって学ぶことで自分が一段と成長したと実感できるような、まちがいなく宝物だとわかる算数数学教材を、私たちは数多く貯えておき、それをてこにして授業を楽しいものにしていけるようにしたいと考えています。この教材は数学の源流から学んだ教材で、すでに全国の多くの学校での実践で確かめられ鍛えられて来たものです。数学は苦手で大嫌いな生徒が「エジプトひもはおもしろい」と語ってくれています。また正月NHKの教育番組‘授業がおもしろい(江口氏)’でも紹介され、全国各地から熱烈な反響を頂いた作品です。考えさせる場面も、実験で確かめる場面も、利用して役立てる場面も、いろいろ設定できる教材です。数学をある段階まで学んだ高校生にも学ぶことの意義、学問の歴史や文明での役割を考えさせるのに有用なトピックスとして使えると思います。ぜひエジプトひもを使って下さい。
1. エジプトひも序文
数学の実用性、美しさ、歴史をまとめて伝えたいという立場で,数学史の源流から推定を含めて採取した教材です。数学は短期間に成立したのではありません。民衆の営為と先哲偉才の努力が創造したものといわれます。それならば数学の源流にこそ実用性と美しさをあわせもつものが探し出せると考えました。遡ること五千年、古代エジプトに行きつきました。歴史学の父ヘロドトスによれば、図形の学問、幾何学の発生は古代エジプトにあるといいます。 
ギリシャ七賢の筆頭タレスも、そして三平方定理のピタゴラスも、エジプトに旅行しその知識を学んだといいます。古代エジプトにはどんな数学があったのでしょう。この教材は古代王朝時代に発明され、活用されていたであろう道具とその利用法の復活です。壁画やパピルスの問題に断片は残っています。
名称は、エジプトひもとします。全く単純な道具ですが、数多くの可能性を秘めています。古代十二進法,六十進法、そして後代のギリシャ幾何学もこの道具の地平から出発したふしがあります。さらにこの教材は、算数の学習を教室にとどめないで広いグランドで伸び伸びとできる良さがあります。
日本の教育に創造性が求められている時代ですが、歴史を知り、先哲の偉業に触れることなしに創造は出来ません。良いものを充分に提供し考える土台をたくさん作らせなければならないと感じています。幾何学は、その素材を充分に持っています。図形教育の責務は重いけれども意義深い仕事になります。
そのしごとの一端をこの教材を通じて実現したいと考えています。この十余年の実践で重量感のある手応えを感じています。諸先生の批判と改良、授業上の工夫をへて、この教材が生徒が算数・数学をおもしろいものだと感じる宝物となれることを願ってやみません。
2. エジプトひもとは何か
等しい長さのひもを、結び目までの長さが等しくなるように12本輪になるようにつなげたものをいいます。(図1)〔結び目から結び目の長さは、教室で使う時は,個人の時は10cmで周120cm、班で外で使う時には、1mで周12m。また5mおきで周60mのものも用意します。〕
エジプト古代人達は3:4:5の知識だけでなく、ピラミッドの方位も正確に測定していました。また時刻を測り、天体の観測もしていました。土地を碁盤の眼のように区画したり、神殿や神像の設計もしています。これらのことから、この道具あるいは同様の原理の器具が必ずあったはずです。さらに古代のバビロニアやインド、そして古代中国にも、また古代の日本にもあったと思われるのです。あまりに単純ゆえに、記録されることもなく忘れ去られたのかも知れません。しかし、どの文明にも大規模な工事運営を可能ならしめる数学的な知識とそれを実践する道具は必ずあったはずです。これらがエジプトひもが使われていたとする根拠です。
3. エジプトひもの使い方
 結び目を持ってぴんと引っ張って形を作る。これが基本操作で、結び目を固定することの出来るくい数本あれば、たいていの形を作ることが出来ます。
 3人か4人で声をかけあい協力しながら作ることのなります。この教材は、助け合いの気持ちすら育ててくれると自負しています。
 基本図形はやはり三角形で、四角形や六角形はその基本から作ります。
@ 直角三角形を作る。

言うまでもなく、古代文明の成立と直角の成立は不可欠ですが、この道具で容易に出来ます。各辺の長さが3,4,5となるように結び目を持って引っ張れば良いのです。      
 エジプト文明といえば縄張師でどの本にもこのことは紹介されていますが、これはほんの入り口の知識でしかありません。
 中国古代にも、3,4,5の知識は知られています。インドでもリグヴェーダの中にアーバスタンパシュルパスートラがあります。そしてバビロニアにも縄の使い手がいました。ノイゲバウアー博士の研究によれば,直角を作る整数辺三角形は整理された上で大量に粘土板に刻まれていました。
 私たちは現在ピタゴラスの定理を証明も含めて知っています。そして3,4,5以外にも直角を作る三角形を知っています。5、12、13や8、15、17また20、21、29等です。すべての原始ピタゴラス三角形を作る方法も知っています。

 しかし、ギリシャ以前はこれらの事実は、神秘の謎であったとおもいます。5,12,13はバビロニアの神聖三角形と呼ばれます。エジプトひもの発展として、周が60等分されたロープ,周が360等分されたロープで様々な型の直角三角形を作ることが可能です。時間をかけて調べてみてください。
A 正三角形を作る。
12という数の可能性は、3+4+5=12だけでなく、むしろ約数を多く持つことから生まれています。ここでは4×3=12を利用します。辺の長さが,4,4,4となるように結び目を持ってぴんと張れば正三角形と60°が得られます。
 また1つの頂点から対辺の中点までを別のひもで引っ張ればこの直線は対辺と直交します。直角を作る方法は、三平方だけでないことをここで認識しましょう。

B 二等辺三角形を作る。
 5+5+2=12という加法的分解を利用して二等辺三角形を作ることが出来ます。
 この中線も底辺と直交します。せまい場所で直角を作る時に利用したかもしれません。
 結び目が12もあればもっと三角形が考えられそうですが、三角条件の制約でこの三種しか出来ません。四角形は名称のあるものはすべて出来ます。
C 平行四辺形を作る。菱形を作る。
三角形と違い四角形は4本の辺の長さが定まっても形は確定しません。しかし、道路を作ったり、建築に必要な平行を作りだすことは次の方法で可能です。向かい合う辺の長さが等しくなるように作れば良いわけです。2通りの方法があります。
特殊な平行四辺形である菱形は、4辺の長さが3であるように作ります。3×4=12を利用するわけです。菱形の対角線は直交するという重要な性質は、古代文明の方位決定に役立っています。まず、鉛直にくいを立てます。くいの影の先端は双曲線を描きこの線対称の軸が南北線となります。それを求めるには、くいの根元Aから影の長さがちょうど3になる午前の位置Bと、午後の位置Cでひもを固定し、残った6の長さの中心を持って引っ張るわけです。するとD位置が確定しADが南北線、CBが東西線になるわけです。

 洋だこの形で知られるカイト形は1+1+5+5=12、2+2+4+4=12で得られますが、菱形にせよカイトにせよ、任意の角を二等分出来るという重要な性質を持っているわけです。これは原論の三辺合同の源流だと思います。(図7)
D 正方形、長方形を作る。
 神殿、民家、倉庫に長方形は不可欠です。土台が長方形、柱が垂直でないと空間の有効利用が出来ないからです。
 作り方は,エレガントな方法があります。図8のように3,4,5で直角三角形を作り、A,B,C点を固定しPを持ち引っ張れば完成です。エジプト王国でも土地の方形区画で均等に土地を分け、税をとりました。この方法は、中国や日本に条里制として伝わって来ます。
E 正六角形を作る。
 正六角形も、時制と関連して重要です。南北線を定め、一辺をそれに重ねて4,4,4の正三角形ABCを作り、中点E,Dにくいを打ち、次に線対称の位置ABC' を作り、中点E'、D' にくいを打ちます。ADEBE'D'の順にロープを張り直せば、正六角形の誕生です。中心からみると12の結び目は全周角を等分する位置にあるわけです。

 正六角形の中心に柱を鉛直にたてれば日時計の完成です。南中時の影の長さで季節を知ることも観測により可能になります。星の観測とあわせて農業用には必要な太陽暦をここで作りあげたと考えています。
   
F                                                                             美しい形として円を尊んだのはギリシャの学者たちですが、円は太陽や月の形として、車輪の形やろくろと関連して、文明や生活の中にあったと思います。円はくい一本にロープをかけて回りながら描くことが出来、楕円はくい二本にロープをかけ、ぴんと張りながら回れば描けます。運動場に巨大な楕円を描き、一周して元の位置に戻ってきた時,子供は感動していました。 
G十字形、六芒星
基本図形に変化をつけ工夫することができます。例として正方形の各結び目の位置を固定し、頂点の結び目を内側へ折り返すことで十字形に、正六角形では六芒星になります。
後代に彼の地で誕生したキリスト教や、ユダヤ教の初期の指導者が美しい形としてシンボルに採用したのかもしれません。クロスとダビデの星は確かに良い形です。  
H正五角形、正八角形、正十二角形
 12は、5や8の倍数ではありませんから、ロープの方を60等分、120等分、あるいは360等分したものを準備していきます。それらを工夫するとかなりの図形が出来ます。無理数の長さも必要になります。数学としてはその後論理を重視する抽象的幾何学にのりこえられます。経験的合理は、抽象的論理により統一止揚されます。しかしながら、幾何学の起源はエジプトやバビロニアにあった素朴な経験からの合理的技術にあったのです。
4.教材化
前節で見て来たように古代人の知恵は現代においても実用性があり、また学んでいることの歴史や価値に気付かせるためにも教材として位置づけるべきです。
現代の図形教育は経験や実用から遊離し、論理が浮いてしまっている状況があります。科学的精神、創造性の教育のためには、充分なだけの経験的合理を体得せしめ、その上でその限界を打ち破るための合理の背景としての論理をめざすべきです。
この思潮に立って、既に諸先生の新しい幾何教育の提案や実践があります。私のこの新作教材も現在の数学教育に対する実践的な批判として準備されたものです。
5.エジプトひも教具化
実践のためには良い教具が必要であり、特に長さという計算から美しい形が導かれるわけで、長さがいいかげんでは、生徒はとまどってしまいます。
@ 12mエジプトひも 1mおきに印をつけカラーテープでわかりやすくする。
A 60mエジプトひも 5もきにカラーテープ、1mごとに黒い印をつける。
B 1a(アール)ひも 3単位長で10m 1aを作図し1aを実感させる。
C 120cmエジプトひも 机の上で試行するために画紙で固定できる太さ必要。
D 360フィートロープ 野球の公式ダイヤモンド作成可能。
E 120mエジプトひも ハンドボールコート作成可能、8a、9a作成可能。
材質の良いのは測縄か巻尺の利用ですが、探せば伸びないものはあります。時間がない時は、協力してくれている数学教具会社の製品を使って下さい。
6.実践のために
 図形の応用、文明での役割は先生の話が必要と思いますが、子供たちが工夫する時間を充分とって欲しいと思います。そして教室の中で終わらせないで運動場でも授業をして下さい。作図したものを高い所から見せてあげて下さい。授業の組み方は、高知の江口俊造氏の良い例があります。ぜひNHKのビデオを見て下さい。近くにない時にはNHKの再放送を依頼して下さい。「授業がおもしろい(江口氏)」です。
 ある6年生はこんな感想をくれました。「みんなと協力して作った満足感、一つ一つ作り上げていく喜び、今まで経験しなかったことを味わった。すごいことだ。すごく神秘的だ。12という数が好きになったしエジプトひもも好きになった。」これは1980年のエジプトひも初授業の時のグラウンド実習の後のものです。こんなうれしい感想を持ってくれると思います。
 0時(素材提示)エジプトひもの図と工夫しだいで正方形や正三角形が出来ることを伝え、120cmで自作し、考えておくように指示。結び目を押え、ぴんと引っ張って形を作ることを注意。小説風の導入プリント当方にあり。
 1時(基本作図)正三角形、直角三角形、二等辺三角形を生徒の発表で示したい。その後正方形、菱形、正六角形の工夫は、生徒が発案出来るよう基本三角形の応用というヒントを渡して充分に待つ。定規とコンパスで、1辺を1cmでグラフ用紙に正確に作図させる。古代文明での応用を考えさせる。
 2時(古代文明の中での活用のされ方)東西南北、日時計、カレンダーや土地の方形区画の話、できたら日本の条里制との関連を話したい。またノイゲバウアー氏の解説した粘土板で多くのピタゴラスの三角形が知られていたことや、インドのリグヴェーダの図も紹介。写真や本を持ち込み、天文の話もしたい。
 3時(グラウンド実習)各班に12mか60mのロープを渡し、グラウンドに三角形各種、正方形、菱形、長方形、正六角形、楕円を作図させる。石灰のライン引きでとめ、校舎屋上から眺める。もし時間が充分にあればインドのアグニという巨大な鷹の絵を描かせたい。感想文を宿題にして終わり。
 小学校6年生の時は、もっとゆったりと時間が欲しいと思います。
 目標は図形の総合的認識で良いと思いますが、コート作りやビッグアートの技術習得という側面を重視したいと思います。大胆に一歩進めて運動場を10mの方眼に区画し、巨大タイルの説明をした上で、1万分の1の地図上の1cmを100倍の1mに拡大して、校区の1/100スケールの地図を描くことをねらいたい。
 こんな実践を待っています。ピタゴラスの定理に発展していく側面もありますが、3,4,5や5、12、13の数値例からふれる程度にしておきたいと思います。実践記録が出来たら送って下さい。全国に普及する目標と世界の初等学校に伝える大きな目標を持っています。諸先生の協力をお願いしてペンを置きます。


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