例えば、へたな文章をかくな、と禁止の意味で使えば禁止の終助詞、飽きもせずせっせとよくかくな、と呆れていえば詠嘆の意味の間投助詞ですね。ただし東京式アクセントは自ずと異なります。前者は▼○○、後者は▼○▼、ですね。後者では、書くなあ▼○▼○、と長音化する事も多いのではないでしょうか。飛騨方言のアクセントは東京式ですから、聞き分けは簡単です。
ところが飛騨方言で話がややこしくなるのは、ラ行動詞終止形の撥音便という事ですね。この現象はどうも飛騨方言にユニークな言い回しのようで、つまりは飛騨方言を知らない方は奇異に感じてしまう表現です。早速に文例とまいりましょう。話はラ行動詞終止形の撥音便に限定します。
飛騨方言の言い回しで
動詞 撥音便が
種類 無し あり 意味 アクセント
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四段 やる やるな やんな 禁止 ○●●
やらぬな やらんな 詠嘆 ○▼○▼
やらぬなあ やらんなあ 詠嘆 ○▼○▼○
上一 見る みるな みんな 禁止 ▼○○
みぬな みんな 詠嘆 ▼○▼
みぬなあ みんなあ 詠嘆 ▼○▼○
下一 寝る ねるな ねんな 禁止 ○●●
ねぬな ねんな 詠嘆 ○●▼
ねぬなあ ねんなあ 詠嘆 ○●▼○
カ変 くる くるな くんな 禁止 ▼○○
こぬな こんな 詠嘆 ▼○▼
こぬなあ こんなあ 詠嘆 ▼○▼○
サ変 する せるな せんな 禁止 ○▼○
せぬな せんな 詠嘆 ○●▼
せぬな せんなあ 詠嘆 ○●▼○
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つまりはカ変動詞を見れば明らかですね。四段、上一、下一、サ変では、禁止の意味▼○○、の場合は動詞終止形に接続しており、詠嘆の意味▼○▼、の場合は実は動詞未然形に接続しているのです。ところが、飛騨方言ではともに撥音便ですから、文章を読んでは意味は不明です。文脈で判断するしかありません。がしかし会話は違います。明瞭なアクセントの違いがあり、禁止・詠嘆の別は簡単に聞き分けられるのです。
賢明な読者の方にはお伝えするまでも無い事ですが、〜な●●ないし○○で終われば禁止の意味で決まりですよね。言い換えれば、な▼で終われば詠嘆です。がしかし、差は微妙でしょう。端的には長音なあ▼○なら詠嘆です。そりゃそうでしょ、飛騨方言だって日本語です。
もう一点ですが、四段動詞、カ変動詞ならばアクセントは関係なく書き言葉で、禁止・詠嘆の区別がつきますね。文脈が若し通らなければそれはつまりは誤植です。ふふふ。ただし、上一、下一、サ変はアウトです。アクセントが判らなければ意味はどちらとも言えません。つまりは文脈をデフォルメして飛騨方言の事件小説を作る事が可能です。
話がつきませぬが、飛騨方言では上記例文を用いて撥音便なしで会話をするでしょうか。答えは、勿論ハイ。飛騨方言がモーラ方言だからです。はっきりと相手に正確に意思を伝えたい場合には、飛騨人は撥音便なしで会話ができます。簡単なこっちゃさ、おっと間違え促音便、ことじゃさ、いやまだ訛ってるぞ、ことであるさ。しゃみしゃっきり。