飛騨方言では大阪方言と同じく、〜してしまう、のかわりに、〜してまう、
と言い、表題は、出てしまう、の意味ですが、離村するという意味で
用いられる事があります。村を出てしまう、という意味です。
例えば次男が都会に出て行き、都会に家を構えたという場合
にはあまり用いません。次男であれば出ていくのが
当然だからです。ところが長男が都会に出て行って家を構え、
次男が継いだ場合は、長男がでてまった、と話される事が
あるでしょう。残るべき長男が出ていってしまったので、
世間体がよろしくないというようなニュアンスがあると思います。
また例えば子供は娘ばかりで皆嫁いでしまい跡を継ぐ者が
いない老夫婦、という場合ですが、子供が皆でてまった、という事に
なります。いたし方ない事とは言え、いずれ老夫婦も
住み慣れた村を出て長女夫婦に世話にならねばならぬのだろう
という悲哀を感じます。
ついで大西家がでてまう、といえば
先祖伝来の土地で頑張るものの経済は傾くばかり、
この際は思い切って田畑を売り払い、一家が総出で都会に
移り住むという意味になります。
あるいは売れない家は廃屋となるだけです。
ご先祖様に申し訳ないという気持ちを抑える事は
出来ないでしょう。
もっと深刻な話になりますと、何処其処の部落は、一軒、また一軒
と家をたたんでとうとう無人の部落になってしまった、という話に
なりますと何々部落はでてまった、という話になります。
例えば開墾地ですと、痩せ枯れた土地でただ苦労しただけだった、
という結末です。またダムが出来る谷の水没する村等ですね。
まとめですが、どうしてもこの言葉には負のイメージが
つきまといます。尤も、明るくさらりと話せば、
都会へ出てしまってよかった、せいせいした、
故郷に未練はない、という意味になりましょう。
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