大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 語源

こつける

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ぶつける、という事を飛騨方言で、こつける、というのですが、 実はこの数日ほど語源を調べ続けています。 結論としては、よくわからない、という 事なのですが、鍵となりそうな重要な情報もあり、 この際はすべて記載しておきましょう。

ぶつける、が、こつける、にいつの間にか変化してしまったのだろうか、 そんな事は断じてありません。そもそも、ぶつける、の語源は、 五段動詞・ぶつ、の連用形・ぶち+つける、でしょう。 要は、複合動詞の連母音融合・短呼化なのです。 更には促音便となり、ぶっつける、と言う事もあります。 ぶちつける>ぶっつける、と変化したであろう事は書かずもがな。

ところで一部の国語辞典に、ぶつける、は、打ち付ける、の転、との記載も ありますが、いかがなものでしょう。もっとも、ぶつ、の漢字表記は、打つ、 のようですから、ぶつける、の語源は、うちつける、と 考えてはいけない、という筆者への戒めです。 ともあれ、ぶつける、の語源は、ぶちつける、で一件落着。 この事を調べるのに五分とかかりませんでした。

その一方とてもやっかいなのが、こつける、です。 実は博多方言でもありました。 意味は飛騨方言に同じく、ぶつける、です。 また、ぶつけるという意味の方言で全国各地に、 かつける、かっつける、等の言い回しがあるようです。 こつける・かつける、この二者の言葉は畢竟、母音交替、 という事でしょう。よくある話、あれこれ考察する事など 馬鹿げています。 ただし、かつける>こつける、となったのか、あるいは その逆か、これは大問題でしょう。 しかしながらこのあたりの問題が、語源・こつける、の 泥沼事態の始まりです。

つまりは更にまたここに上手・うわてを行く問題が。 土田吉左衛門著・飛騨のことば、を読みますと、 かつて飛騨では、明治時代あたりに、 こつける・こっつける・かつける・かっつける、 ともに話されていた言葉のようです。 こつける・かつける、どちらが古いのか、 これも不明と言わざるを得ません。

素朴に考えて見ましょう。 例えば、ぶつける、が、ぶちつける、という複合動詞ならば、 こつける、もやはり何らかの複合動詞ではないか、と 考えたくなるのが人情でしょう。 ただし、こつ、と言う動詞はありません。 古語辞典・国語辞典、あれこれ手元辞書を片っ端から 引いてみても該当動詞なし。 ネット検索を試みるも、ゴミ情報ばかり、青息吐息です。 丸一日、語幹に、こ、の言葉がある前項動詞候補を探し続けて いますが、終に候補ナシでした。 なにせ佐七は厳しいのです。 絶対これ、というもの以外は信じない堅物ですから。 かつける、を考えても結局は語源には至りませんでしたが お好きな方はどうぞ。

さて、コツンとあてる事を、こつける、というのですから 複合動詞ではなく実はオノマトペの接頭語の可能性は ないでしょうか。 山口仲美編・講談社擬音擬態語辞典に登場願いましょう。 コチン、コチコチ、コツコツ、コツン、ゴツン、等々ですが 実は、これだ!と叫びたくなる語源候補のオノマトペはゼロでした。 唯一古典情報としては、コチコチ、ですが、室町時代の言葉で、 濃し、が由来だそうで(四河入海、1534 A.D.)。残りは全て近世語です。 つまりコツンとつけるから、こつける、これは完全に落語の話なのです。 真実とは無縁です。

接頭語+つける、が語源でしょうか。 小躍りする、とは、すこしばかりの躍りをする、という意味です。 ただし、つける、という意味を敷衍しても、 ぶつける、という意味にはなりません。 こつける、とは、激しくつける、という意味に他なりません。

あれこれ調べたが結局は語源の発見には至りませんでした。 がしかし、ここまでは調べた、と言う事を記載しておく事は 大事な事でしょう。が心無い人はこれを佐七の自己満足と笑う。

ところで方言学の専門書が数多くありますし、 佐七は渉猟したわけでもなく、 見落としている可能性もありますが、 しかし小さいでしょうね。 佐七ひとりなのでしょうか、こつける、の語源を知りたい人間は。 若しかして、私は変わり者なのでしょう。

我こそは方言学者と名乗っていらっしゃる人々に公開質問いたします。 飛騨と博多にある言葉、こつける(=ぶつける)、の語源はなんですか。

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