大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 文法

つくねる・つくなる

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私:先程は、さあ寝るか、その前にちょいと飛騨方言の記事でも、と思ってキーボードに向かった。今日も忙しかった。眠気が誘う。何気なしに表題の事が頭に浮かんだので、それじゃあ、と思って方言資料を見始めて、いっぺんに眠気が吹っ飛んだよ。
君:方言スイッチが入ったのね。
私:そういう意味では無くて、一体、僕はこの十年以上、何を学んできたのだろう、という感じ。
君:へえ、どういう事?
私:学問に終わりは無い。自分は生涯、未熟者である。「つくねる」は「物を重ねて積み上げる」という他動詞の意味だから、「つくなる」というのは「積みあがる」という自動詞だと思い込んでいた。生まれも育ちも飛騨だから、物心ついた時から飛騨方言は話し続けてきて「つくなる・つくねる」は自他の対だと思い込んでいたが、実は二者は別々の動詞という事らしい。
君:具体的にお示ししてね。
私:「つくねる」については意味の取り違えは無かった。問題は「つくなる」だが、意味は元来「しゃがむ・うずくまる」という事らしい。つまりは「つくなる」の語源は自ラ五(自動詞ラ行五段)「つくばる蹲」。これの古語は自ラ四「つくばふ蹲」。意味は同じ。「つくばふ」はやがて上方語で「つくばる」に音韻変化。その一方、「つくなふ」にも音韻変化してしまった。更にこれも音韻変化して各地の方言となるのだが、それが飛騨方言の自ラ五「つくなる」。つまりは飛騨方言では「つくばふ・つくなふ・つくなる」と音韻変化した事が判明した。
君:それじゃあ、もう一方の動詞「つくねる」の歴史はどうなの。
私:うん、これは他ナ下二「つくぬ捏」が語源だ。日葡辞書には「つくぬる Tccunuru」がある。これが他ラ下一「つくねる捏」。文語的表現という事で「つくねる捏」は飛騨はじめ各地の方言扱い。いやあ、これは昨日まで気付かなかったな。
君:つまりは「つくなる・つくねる」は自他の関係ではなく、実は自動詞「つくなる」には相方の他動詞が存在せず、また一方、他動詞「つくねる」にも相方の自動詞が存在しない、という意味ね。
私:そういう事。そして、またまたその一方、話をややこしくする日本語の動詞の特徴が僕を悩ませる。
君:どういう事かしら。
私:日本語の動詞は必ずといっていいほど、自他の対ができる。そして自動詞が「る」で終わる場合、これは他動詞から自動詞が作られた事を意味し、またその一方、他動詞が「す」で終わる場合、自動詞が元々あって、そこから他動詞が作られた事を意味する。
君:具体例でお願いね。
私:他動詞から自動詞は「曲ぐ・曲がる」。自動詞から他動詞は「輝く・輝かす」。
君:表題の場合、自「つくなる」と他「つくねる」だから、ほほほ、若しかしたら他動詞「つくぬ捏」から自動詞「つくなる蹲」が生まれたのではないか、と言いたいのね。
私:その通り。成書のどこにも書かれていないだけに、どうして皆がこんなことに気づかないのだろう。不思議で仕方ない。本邦初公開だ。
君:古語では他「つくぬ」からスタートして、やがて他自「つくぬ・つくなる」、そして現代口語(方言)では他自「つくねる・つくなる」になったとすれば、お話しはすっきりよね。
私:それに第一ね、「つくなる」が「じっとしている」という意味であれ、「かさなっている」という意味であれ、状態的には「ひとつところに静止している」という意味だから、意味の違いなんてないといってもいいだろう。古語辞典や方言辞典はどうしてこの二語を自他の対としないのか不思議で仕方ない。
君:思考実験をしましょうよ。仮に「つくなる」という自動詞があって、これから他動詞を派生させるなら「つくならす」になるわね。全国にそのような方言があるかしら。
私:実は・・無い。『日本言語地図』 第2集第51図すわる(坐る)を参考までに。あれこれ、手元資料もすべて目を通した。ネット情報も皆無に近い。その一方、「あげる・あがる」「ためる・たまる」等々、他ラ下一・自ラ五という動詞の組み合わせは大量に存在する。この辺りの言語感覚から僕は今まで「つくなる・つくねる」を自他の対と勘違いしていたのだと思う。
君:でも自他「つくなる・つくねる」は佐七の特許のようだし、古代に自動詞は無かった・他動詞「つくぬ」が元祖であった、という説も。
私:ところがここで大問題。他動詞「つくぬ」の文例がすべて近世語。上古の言葉ではないんだよ。勿論、古事記には他カ四「つく突」があるので、「つくぬ」の語源は「つく突」だと思うんだけどね。語源辞典では「つくぬ」あたりは真空スポットで実はも全くと言っていいほど記載が無い。古代に「つく突」があった。近世語で突然に「つくぬ」が出現する。謎が謎を生む。安易な発想のそしりは免れ得ないが、「つくばふ」の語源は「つく突」+自ハ四(自動詞ハ行四段)「はふ這」だろうかね。だとすれば「つきはふ」でなきゃいけないが、そう思って角川古語大辞典の「つく・つき」辺りの複合動詞をすべて当たってみたが、語源に結びつく情報は無かった。残念。
君:あなた、よくも飽きもせず、言葉を調べ続けられるわね。
私:知識を積み上げるのは楽しい。収穫が無かった訳では無い。他タ下二「つきあつ突当」という動詞を知った。文例は東大寺諷誦文稿。
君:文章が積み上がり、読まされるほうも疲れるわ。
私:いや、それを言うなら「佐七/が/ふみ/つくなりて/よませ/らる/る/は/つかる/めり」かな。久しぶりの古文のふみこそをかしけれ。
君:をこなり。

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