大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

こぜる

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「こぜる」は「すねる」という意味の飛騨方言特有のカ行下一動詞のようですが、小学館・日本方言辞典によれば岐阜県高山市・郡上郡となっています。俚言といってもよいでしょうね。文例があり「あのおじがまたこぜっせる」、即ち促音便化するようです。実は私自身は聞いた事が無く、使いませんが、飛騨地方の方言ネット情報として若干の発信がありました。

語源が気になるところですが、「すねる」という意味の古語は、「うちむつかる打憤」「くねる」「じくねる」「じぶくる」「そばむ側」「ひがむ僻」「ひぞる乾反・千反」「ふすぶ燻」「むつかる憤」「かたむ姦」「くせむ癖」「ねぢく拗」「かだまし奸」「くせぐせし癖癖」「ひすかし・ひずかし恨」辺りですから、「こぜる」の語源の候補は古語には該当なしといったところでしょうか。注目すべき事と言えば、飛騨方言では「すねる」という意味で「こぜる」以外に「つる」を用いるようで、これは高山市の俚言のようです。土田辞書・飛騨のことば、の例文は「なんでもない事にすぐつる人じゃ。」。

或いはもっと素直に童心に戻って考えましょう。「こぜる」の語源は「こじる」「こじらせる」「こぜりあい小競り合い」辺りからの音韻変化からかも知れません。ただし土田辞書には「こじれる」の意味で「こじやる」「こじわる」「こじらかす」「こじわらかす」の記載がありました。つまりはこれらの言葉は「こじる」と同根の言葉でしょう。私が知りたいのは「こぜる」の語源です。それでも全国の方言を渉猟すれば「すねる」という意味で「こじぐる秋田」「こしくれる愛媛」「こじくれる山梨」「こじける青森・秋田・山形・岡山」等々のオンパレードでした。「すねる」そのものの方言量は非常に多く、ざっと全国に百種類です。方言量という学術語は、一つの共通語品詞に対して同じ意味の方言が全国に幾つあるか数えた量、の事です。トウモロコシの方言量が最大で,確か200個ほどです。

私見としましては、ラ上一「こじる」がいつの間にかラ下一「こぜる」に変化したのでは無いかと思いますが、「こじる」「こぜる」以外の音韻対応が無いだろうかと言えば、結論から申しますと、絶望的です。い-->え、もあるし、え-->い、もある。それが飛騨方言。
飛騨方言における「い」から「え」への音韻対応は、「いちえ一位」「えが毬」「くえ杭」「えんろう印籠」等があるようですが、死語に近いでしょうね。

また逆に飛騨方言における「え」から「い」への音韻対応は、「かいろ蛙」「いんぴつ鉛筆」「いくぼ笑窪」「てまい手前」等がありましょう。
どちらにしても、・・動詞においては<いきしちに・・>+<うくすつぬ・・>の組合せに対して<えけせてね・・>+<うくすつぬ・・>の組合せの対応があるかという(かなり手間のかかる)孤独な内省実験です。該当なし、というのが一応の結論です。ふうっ、前頭葉フル回転、疲れました。

ところで、私は死語にも近い、聞いた事も無い飛騨方言に何故、のめり込んでいるのでしょう。ラテン語の勉強と同じだからです。ラテン語を話す現代人はいないが、ラテン語は英語のルーツ。ラテン語を知れば英語はわかりやすい。Cogito ergo sum ... ラテン語を知らない人に真の英語の理解は不可能です。古語辞典の言葉の数々といい、死語の飛騨方言といい、正に日本版ラテン語じゃないでしょうか。私は国語をより理解したいと思って飛騨方言を学んでいるのです。

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